第16話 暴風明け
明け方。
ハリケーンは少しだけ勢いを弱めていた。
《ブルー・パロット》の中には、死体みたいに寝ている連中が転がっている。
酒瓶。
煙草。
吐瀉物。
湿気。
発電機の低い唸り。
カイは重い頭を押さえながら起き上がった。
「……最悪だ」
「おはよう生存者」
ミレーナが薄いコーヒーを置く。
「泥水みたいだな」
「実際ちょっと混ざってるかも」
「聞かなきゃよかった」
カイは周囲を見る。
ロイドは椅子で寝落ちしていた。
歪んだメガネがずれている。
アーリックは床で大の字。
リコはまだ地下リング側らしい。
そして。
マルコの姿がなかった。
*
酒場裏の通路。
湿った風。
排水路の臭い。
そこでカイはルシアを見つけた。
煙草を吸っていた。
「あんたもここにいたのか」
「ハリケーンの日は稼ぎ時だから」
ルシアは肩を竦める。
「情報も人も集まる」
カイは少し黙る。
それから小声で言った。
「……能力の件」
「黙っててくれ」
ルシアは煙を吐く。
「セドが見えること?」
カイは頷く。
「私はフリーだ」
「信用してくれ」
以前と同じ言葉。
だが今回は少しだけ声音が違った。
「代わりに」
ルシアが続ける。
「私が能力者のフリしてること、黙ってて」
後ろから声。
「だと思ったよ」
リコだった。
まだ少し酒臭い。
「こんないかにもなセドヴードゥー、本当にいるわけねえと思ってた」
ルシアは笑う。
「生存戦略」
「この街じゃ普通だろ」
遠くで雷鳴。
酒場のネオンが一瞬だけ明滅する。
カイは少しだけ安心した。
ルシアは嘘つきだ。
でも少なくとも、今すぐ自分を売る気はなさそうだった。
*
「おいリコ!」
地下リング側から歓声が聞こえる。
「また賭けてんのかあいつ」
リングでは試合が続いていた。
濡れた観客。
怒号。
血。
熱気。
リコは完全に熱くなっている。
「いや今の入ってただろ!!」
「左だ左!!」
「そこ倒せ!!」
ロイドが呆れ顔で近づいてくる。
「ほっとこーぜ」
「また全部溶かすぞ」
「昨日からずっとテンションおかしいんだよ!」
リコが真顔で言う。
「人生は勢いだろ」
「破滅一直線のやつの台詞だな」
アーリックが突然割り込む。
「でも嫌いじゃないぜ」
「お前が乗せると余計悪化する」
周囲が笑う。
その時。
酒場入口側が妙に騒がしくなった。
誰かが怒鳴っている。
外で揉め事らしい。
ミレーナが眉をひそめる。
「また避難民?」
「いや違うな」
ロイドが耳を澄ます。
「警察だ」
一瞬だけ空気が冷えた。
軍警が酒場に来る時は大抵ろくでもない。
カイは入口の方を見る。
だが次の瞬間、地下リング側からさらに大きな歓声が上がった。
「うおおお!!」
「決まったァ!!」
リコが机を叩く。
「見たか今の!!」
「お前ほんと切り替え早いな……」
騒音と熱気がまた酒場を飲み込む。
だがカイだけは、妙な胸騒ぎを拭えなかった。




