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第15話 暴風圏



 ハリケーン二日目。


 《ブルー・パロット》の空気は、もはや避難所に近かった。


 酒。


 煙草。


 濡れた服。


 発電機。


 誰かの寝息。


 誰かの笑い声。


 嵐はまだ街を叩いている。


 だが下層の人間たちは慣れていた。


 どうせ止まない。


 だったら飲む。


     *


「おい」


 カイが目を丸くする。


「マルコ?」


 入口に立っていた。


 象印の上着。


 濡れた髪。


 少し疲れた顔。


 だが普通に歩いている。


「検査じゃなかったのか」


「早く済んだ」


 マルコは肩を竦める。


「今んとこ問題なしだってよ」


 ロイドが小声で言う。


「……おい、こいつ象印の連中だろ?」


「平気だ」


 リコが即答する。


「少なくとも今は」


「“今は”って言ったぞ」


「ネオマイアミだぞ?」


 アーリックが苦笑する。


「感覚麻痺してんなお前ら」


 笑い。


 マルコはカイの席へ近づく。


「お前ら前回は世話になったな」


 小汚い包みを放る。


 ガムテープだらけだった。


「プレゼントだ」


「……何これ」


「まだ開けんなよ」


 マルコは少しだけ笑った。


 その笑い方に、カイはまた微かな違和感を覚える。


     *


 店の奥では古い映画上映会が始まっていた。


 半分壊れたスマホ。


 そこからケーブルを伸ばし、プロジェクターへ映している。


 壁へ映る荒野。


 改造車。


 爆音。


『マッドマックス2』


 古典。


 終末世界では妙に人気があった。


「俺たちより終わってるな」


 ロイドが呟く。


「いや似たようなもんだろ」


「向こう砂漠だぞ」


「こっちは湿地だ」


 アーリックが酒瓶を掲げる。


「つまり芸術的には我々の勝利だ」


「何言ってんだお前」


 酒場は笑いに包まれる。


 ミレーナが大声を張る。


「吐くなら外!」


「前回みたいに発電機止めたら殺すからね!」


 歓声。


 野次。


 歌声。


 外では暴風。


 中では映画。


 ネオマイアミの人間たちは、世界が終わった後も娯楽をやめなかった。


     *


「始まるぞ!」


 地下リング側から歓声が上がる。


 嵐の日だけ開かれる非公式試合。


 ハリケーンボクシング。


 賭けは何でもあり。


 配給券。


 保存食。


 酒。


 時には薬。


 地下スペースは熱気で曇っていた。


 濡れた観客。


 怒号。


 血。


 発電機ライトだけで照らされたリング。


 リコは数分で熱くなった。


「いや今の入ってただろ!」


「右だ右!!」


「そこ倒せ!!」


 ロイドが呆れる。


「ほっとこーぜ」


「また全部溶かすぞ」


「ギャンブルってそういうもんだ」


 リング横では、別の連中が政治の話をしていた。


「ラゲルタまた再選だろ」


「人気あるからな」


「下層切り捨ててるくせに?」


「でも港維持してる」


「ビーチも守ってるし」


 アーリックが鼻で笑う。


「富裕層エリアなんか別世界だよ」


「今頃ビーチ整備してんだろ」


「警戒線ヤバいらしいぞ」


 ロイドが言う。


「近づいただけで撃たれる」


「同じマイアミとは思えねえ」


 カイは少し考える。


 湿地。


 停電。


 配給。


 崩壊した下層。


 そして遠くにある富裕層区域。


 本当に別世界なのかもしれなかった。


 リングから歓声が上がる。


 リコが立ち上がる。


「よっしゃあ!!」


「勝ったのか?」


「まだ一勝」


「もうやめとけ」


「次で取り返す」


 ロイドが呆れた顔で煙草へ火をつけた。


 外ではハリケーンが街を揺らし続けていた。

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