EP 5
空を切り裂くような轟音が、ポポロ村の広場を嵐のように蹂躙した。
「鼓膜が破れるかと思ったわ……ッ! なによあの鉄の鳥、ふざけないで!」
砂埃の中でドレスをパタパタと払ったキュルリンが、怒り心頭で巨大なレンチを振り回した。
彼女の視線の先には、空の彼方へ消えゆく銀色の機影。
間違いなく、前世の記憶にある地球の最新鋭ステルス戦闘機『F-35B』だ。
「おい、キュルリン。あんたが畑に埋めたっていうトラクター偽装の対空魔導砲。あれ、まさかロックオンしてねぇだろうな?」
「当たり前じゃない! あんなナメた速度で村の上を飛ばれて、黙ってるドンガンの技術者だと思わないでよね! いつでも撃ち落としてやるわ!」
「バカ野郎、絶対撃つな! システムを切れ!」
俺は慌ててキュルリンの首根っこを掴み、怒鳴りつけた。
「え、な、なんでよ!? あんたが防衛システムを作れって――」
「相手が悪い。あれはルナミス帝国のワイバーン部隊とは次元が違う。あんなもんを撃ち落としたら、明日にはこの村の上空から『精密誘導爆弾の雨』が降ってくるぞ」
キュルリンは不満そうに頬を膨らませたが、俺のただならぬ剣幕に圧倒されたのか、しぶしぶとツールベルトのスイッチを切った。
俺は大きく息を吐き出し、胸のポケットからコーヒー飴を取り出して口に放り込む。
ガリッ。
奥歯で噛み砕いた飴の苦味が、強引に脳を冷静な思考回路へと引き戻す。
状況は最悪だ。
大陸規模の転移なのか、あるいは次元の融合か。
理由はともかく、このアナステシア世界は、俺の故郷である『地球』と繋がってしまった。
地球の軍事力は、この世界の魔法や闘気とはベクトルの違う脅威だ。
ルナミス帝国がドワーフの技術で辛うじて近代化の真似事(魔導ライフルや魔導戦車)をしているが、地球の洗練された大量破壊兵器と組織力の前では、大人と子供ほどの差がある。
その地球の軍隊が、今まさにこの未知の大陸の偵察を始めているのだ。
「義正、くん……」
背後から、震える両手で俺のスーツの袖を掴む者がいた。
キャルルだ。
長いウサギの耳をぺたんと寝かせ、大きな目を不安げに揺らしている。
「あの鉄の鳥さん……怒ってるのかな? 村のみんな、大丈夫だよね……?」
「心配すんな。ただの迷子だ。……それに、何があってもこの村は俺の算盤だ。俺が守る」
俺はキャルルの頭を軽く撫でた。
彼女の柔らかな銀髪の感触が、俺の中の『絶対に守り抜く』という決意をさらに強固なものにする。
このお人好しの村長は、相手が未知の軍隊だろうが、傷ついていれば自分の血を吐いてでも治癒しようとするだろう。
そんなふざけた自己犠牲は、俺の盤面では許さない。
地球の軍隊が持ち込む『地獄のリアル』を、こいつの目に映すわけにはいかないのだ。
「義正様」
音もなく、執事のリバロンが俺の背後に現れた。
その表情は、普段の完璧なポーカーフェイスを崩してはいないが、瞳の奥に鋭い警戒の光が宿っている。
「村の西側、森の境界線に動きが。ルナミス帝国でも獣人王国でもありません。見たこともない迷彩服を着た歩兵部隊が展開しつつあります。……数はおよそ一個小隊。各自、黒く短い『鉄の杖』を所持しています」
「……地上部隊の展開、早すぎるだろ。空からの偵察と同時に、すでに境界線まで進出してきやがったか」
俺は舌打ちをした。
おそらく、日本の陸上自衛隊――それも、レンジャーのバッジを付けたようなゴリゴリの精鋭部隊だろう。
未知の異世界に即座に対応し、前線を押し上げてくるその速度と統制。
間違いなく、指揮官は優秀な『修羅』だ。
「村の自警団を出しましょうか? ドンガン製の魔導ドローンと地雷網なら、いくら未知の相手でも――」
「やめろ、リバロン。こっちから手を出せば、それが『開戦の合図』になる」
俺はリバロンの提案を即座に却下した。
相手が正規軍である以上、武力衝突は最悪の悪手だ。
殺し合いになれば、血が血を呼び、この村は地球と異世界との『泥沼の代理戦争』の最前線にされてしまう。
「自警団は村の防衛フィールドの内側で待機させろ。絶対に先制攻撃はするな」
「しかし、それでは村が……」
「俺が出る」
俺はスーツのシワを伸ばし、ネクタイを締め直した。
「商社マンの仕事は、銃を撃つことじゃない。相手の懐に飛び込んで、言葉と契約で盤面をひっくり返すことだ」
*
ポポロ村の西側。
昼間でも薄暗い森の境界線には、張り詰めたような殺気が充満していた。
草葉の陰に身を潜め、一切の無駄口を叩かず、最新鋭の『20式小銃』の銃口をこちらに向けている数十人の迷彩服の男たち。
その中央に、周囲の空気をピリッと引き締めている一人の男がいた。
年齢は俺と同じ二十代半ばだろうか。
精悍な顔立ちに、一切の隙のない構え。獣人族にも引けを取らないほどの鍛え抜かれた肉体が、迷彩服の上からでも分かる。
『撃つな』
男がハンドサインを出し、部下たちを制した。
自衛隊のレンジャー部隊。そしてあの指揮官、並のタフガイじゃない。
俺は、ゆっくりと両手を高く上げながら、森の中から彼らの前へと歩み出た。
武器も持たず、魔力も闘気も纏っていない、ただのスーツ姿の男だ。
自衛隊員たちの中に、明らかな動揺が走るのが分かった。
未知のモンスターや、中世の鎧を着た騎士が現れると予想していた最前線に、地球の丸の内を歩いているようなダークスーツの男が現れたのだから無理もない。
数十の銃口が、一斉に俺の眉間や心臓に突きつけられる。
指先一つ、言葉一つ間違えれば、俺の体は即座に蜂の巣にされるだろう。
俺は両手を上げたまま、ふっと口角を上げた。
そして、彼らが最も予想していなかった言語――極めて流暢な『日本語』で口を開く。
「撃つなよ、銃口がブレてるぜ。……それとも、自衛隊法には『無抵抗の民間人を即座にハチの巣にしていい』なんて項目が追加されたのか?」
「……ッ!? 日本語……だと?」
指揮官の男――坂上信長が、驚愕に目を見開いた。
俺は口の中でコーヒー飴を転がし、冷徹な商社マンの笑みを深めた。
「ようこそ、異世界へ。日本の自衛隊さんよ。……ドンパチ始める前に、名刺交換と『商談』くらいはできるよな?」
地球の最強の武力に対し、俺はたった一つの『算盤』で、真っ向から交渉のテーブルを引きずり出した。




