EP 4
空を切り裂くような重低音が、ポポロ村ののどかな空気を震わせていた。
広場の頭上を覆い尽くさんばかりの巨大な影。
ルナミス帝国や他国の正規軍が運用する魔導飛行船とは、明らかに設計思想が違う。
無骨で、装甲が分厚く、何より実用性と暴力的な推力だけを追求したような鉄の塊。
「……ドンガン地下帝国の、密輸船か」
俺は目を細め、上空でホバリングを始めた飛行船を睨みつけた。
役人を追い返してからの数日、俺は村の防衛網の脆弱さに頭を抱えていた。
キャルルの治癒能力と、この村で採れる特産品の価値は高すぎる。
あんな三流の役人だけならいいが、国家の正規軍が本気で牙を剥いてくれば、村の自警団が持っているような鍬や猟銃では五分も保たない。
俺の算盤が弾き出した答えは一つ。
『手を出せばこちらが痛手を負う』と思わせるだけの、圧倒的な軍事力――『ハリネズミの針』をこの村に植え付けることだ。
ズズンッ、と重い音を立てて、飛行船から巨大なコンテナが広場に降ろされた。
プシュー、と圧縮空気が抜け、ハッチが開く。
「ゴホッ、ゲホッ! もう、着地が荒いのよバカ操縦士! せっかくのドレスが煤まみれじゃない!」
土煙の中から現れたそいつを見て、俺は思わず眉間を揉んだ。
漆黒のフリルとレースがあしらわれた、気合いの入ったゴスロリドレス。
だが、その上には『タローマン』で売っているような蛍光イエローの安全チョッキを羽織り、腰にはスパナやドライバーがぎっしり詰まったツールベルト。
足元は、ごついミスリル芯入りの安全靴だ。
「……情報量が多すぎるだろ」
俺が呆れたように呟くと、隣にいたリバロンが静かに耳打ちしてきた。
「ドンガン地下帝国から追放された天才発明家、キュルリン殿です。ドワーフ族ですが、見ての通り……ええ、個性的な方でして」
ドワーフの女性特有の、幼く愛くるしい童顔。
だが、彼女が引き連れてきたコンテナの中身は、およそその風貌には似つかわしくない代物だった。
「アンタが、最近この村を仕切ってるっていう財務顧問ね?」
キュルリンは俺の前にツカツカと歩み寄ると、身の丈ほどもある巨大なレンチを肩に担ぎ、不敵に笑った。
「話はニャングルから聞いてるわ。村の地下に、私専用の巨大ラボを作らせてくれるって? おまけに研究資金も無制限。……随分と気前のいい話じゃない」
「ああ。だが、タダじゃないぜ」
俺はスーツのポケットに手を突っ込み、彼女を見下ろした。
「あんたには、この村の『防衛システム』を構築してもらう。それも、ルナミス帝国の最新鋭を凌駕する、イカれたオーバースペックのやつをな」
キュルリンの目が、怪しく光った。
彼女はドンガン帝国の国庫を横領してまで兵器開発にのめり込み、流刑にされた生粋のマッドサイエンティストだ。
『倫理』や『予算』という鎖から解き放たれることを、何よりも渇望している。
「ふふっ、いいわよ。私のプロトタイプ魔導地雷に、自爆ドローンの群れ。それに、トラクターに偽装した対空魔導砲台……。全部、この村の畑に埋めてあげる」
キュルリンは舌舐めずりをするように笑った。
「その代わり、この村で採れる『米麦草』と『ポポロシガー』の極上品、ドンガンへの密輸ルートは私が独占させてもらうわよ? それと……」
彼女はチラリと、俺の後ろで不安そうにしているキャルルを見た。
「あのウサギちゃんが作る『月光薬』。あれも私の研究素材として定期的に融通しなさい。あれだけの純度の魔力、動力炉のコアにすれば最高だわ」
「ダメだ」
俺の即答に、キュルリンが不機嫌そうに眉をひそめる。
「月光薬は渡さねぇ。あれはキャルルが血を吐いて作るもんだ。研究の使い捨てバッテリーにするようなマネは、俺の算盤が許さねぇ」
「はぁ? 舐めてんの? そんな条件じゃ……」
「代わりに、あんたのラボの空調と福利厚生は最高水準にしてやる。美味いおでんに、極上の芋酒を毎日飲み放題だ。それに……」
俺は一歩踏み込み、キュルリンの耳元で囁いた。
「あんたのそのドレス、最高にイカしてる。油汚れに負けず、自分の美学を貫く職人の姿は……俺は嫌いじゃないぜ」
「えっ……!?」
ポン、とキュルリンの頭を軽く撫でてやる。
途端に、彼女の白い頬がボンッと音を立てるように真っ赤に染まった。
「な、ななな……っ! ば、バカじゃないの!? 突然なに言って……あっ!」
慌てて後ずさったキュルリンは、自分の足に躓き、盛大にすっ転んでレンチの下敷きになった。
……チョロすぎる。
ドジっ娘という噂は本当だったらしい。
俺は倒れたキュルリンの前に、あらかじめ用意しておいた羊皮紙の契約書を落とした。
「というわけで、契約だ。兵器と引き換えに、資金と嗜好品、そして自由な研究環境を提供する。ウサギの薬は無しだ。……サインしろ」
顔を真っ赤にして涙目になっているキュルリンは、「お、覚えてなさいよ……!」と震える手でサインを書き殴った。
その瞬間、淡い光が書類を包み込む。
俺のユニークスキル【義契取引】が、両者の合意を因果律のレベルで縛り付けた。
「義契、成立だ」
これでいい。
俺はポケットからコーヒー飴を取り出し、口に放り込んだ。
ガリッ。
甘苦い味が広がる。
ドンガン帝国の超技術を手に入れた。
これをリバロンたちに配置させれば、このポポロ村は周辺の三大国すら手を出せない、難攻不落の要塞へと変貌する。
キャルルの安らかな寝顔を守るための、最強の盾だ。
俺が満足げに息を吐き出した、まさにその時だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォ……ッ!!!
突然、大地が激しく波打った。
ただの地震じゃない。立っていることすら不可能なほどの、次元そのものが軋むような異常な揺れ。
「きゃあっ!」
バランスを崩したキャルルを、俺は腕を伸ばして抱きとめた。
「義正くん、これ……!」
「落ち着け! リバロン、村人たちを広場に集めろ!」
揺れは数分間続き、やがてピタリと止んだ。
だが、異変はそれだけでは終わらなかった。
「……おい、空を、見ろ……」
誰かの震える声に、俺は抱き寄せたキャルルと共に空を見上げた。
青かったはずの空が、あり得ない色に歪んでいる。
そして、はるか上空の雲を切り裂いて、強烈な爆音が響き渡った。
キィィィィィィンッ……!!
それは、魔力で駆動する飛行船の音ではない。
俺の記憶の底にある、前世の地球で何度も聞いた――ジェットエンジンの咆哮。
「なんだ、あの銀色の怪鳥は……!?」
「魔力を持っていません! ですが、あの速度は異常です!」
リバロンやキュルリンが驚愕の声を上げる中、俺の口から、噛み砕いたはずのコーヒー飴の欠片がこぼれ落ちそうになった。
空を飛んでいたのは、紛れもなく、地球の最新鋭ステルス戦闘機『F-35B』だった。
(……おいおい、冗談だろ)
俺の頭の中で、完璧に組み上がっていたはずの防衛計画の算盤が、根本から音を立てて砕け散った。
この異世界(マンルシア大陸)に、俺の前世の故郷――『地球』が接触した。
ただの特区防衛戦じゃない。
俺はここから、近代兵器と国際法を振りかざす、地球の超大国どもを相手にシノギを削らなければならないのか。
俺はキャルルの細い肩を強く抱き寄せ、冷や汗を流しながら、空を切り裂く戦闘機の航跡を睨みつけた。
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