EP 10
「……なるほど。相手の懐に飛び込むにしても、随分と度胸の据わった真似をする」
ポポロ村の村長宅、その応接間。
俺は、目の前のソファに腰掛ける女性――内閣府の日野輝夜を、改めて値踏みするように見つめていた。
「美味しいお茶ですね。心が落ち着きます」
輝夜は、リバロンが恭しく淹れた特産のポポロ・コーヒーの香りを楽しみながら、ふわりと微笑んだ。
たった一人で異世界の特区に乗り込んできたというのに、彼女の所作には一ミリのブレもない。まるで休日の昼下がりに、お気に入りのカフェでくつろいでいるかのようだ。
「霞が関の役人が、俺に提供する『最強のカード』とやら。……聞かせてもらおうか」
俺は単刀直入に切り出した。
輝夜はカップを静かにソーサーに置き、その深く澄んだ瞳で俺を真っ直ぐに見据える。
「若林幹事長をはじめとする強硬派の弱点は、『世論』と『国際社会の目』です。彼らはポポロ村を、法が及ばない『未開の地』として秘密裏に制圧しようとしている」
「ああ。だからこっそり特務部隊なんてネズミを送り込んできた」
「ええ。ならば、逆を突けばいいのです」
輝夜はアースカラーのスーツの胸元を少し正し、凛とした声で告げた。
「このポポロ村が、独自の文化と圧倒的な防衛力を持つ『独立した平和な主権国家』であることを、地球の全世界に向けて『生中継』するのです。……隠れてコソコソするから狙われる。ならば、世界中で最も明るい場所に、この村を引っ張り出せばいい」
俺は目を細めた。
「生中継だと? 地球とこの世界じゃ、通信インフラの規格がまるで違う。どうやって映像を届ける気だ」
「そこで、私の『カード』の出番です」
輝夜はカバンから、一台のタブレット端末を取り出した。
「私はすでに出国前、地球の主要な国際メディアと、内調の監視システムに『バックドア』を仕掛けてきました。あとは、この村の技術で、地球の軍事通信衛星にハッキングをかけ、映像のパスを繋ぐだけです。……可能ですか?」
輝夜の言葉に、部屋の隅で話を聞いていたキュルリンが、鼻でフンッと笑った。
「誰に向かって口を利いてんのよ、地球人。ドンガン地下帝国の天才発明家、このキュルリン様を舐めないでよね」
キュルリンは巨大なレンチを肩に担ぎ、ゴスロリドレスのフリルを揺らして前に出た。
「あの空飛ぶ鉄の鳥(F-35B)の電波波長は、もう解析済みよ。地球の衛星だろうがなんだろうが、私の魔導ハッキング回路を通せば、五分で乗っ取ってあげるわ」
「……本気か、あんた」
俺は輝夜の顔をまじまじと見つめた。
「そんな真似をすれば、日本の国家機密への重大な反逆行為だ。あんたのキャリアどころか、一生ブタ箱から出られなくなるぞ」
「構いません」
輝夜は、窓の外で鳥たちと戯れているキャルルの姿を優しく見つめながら言った。
「月は、自ら輝くことはできません。けれど、暗闇で迷う人々の足元を照らすことはできる。……あの少女の『無償の愛』が、大国のエゴという暗闇に呑まれるくらいなら、私は喜んで霞が関を敵に回します」
その静かなる狂気。
自分の身を粉にしてでも、誰かのための光であろうとする、どうしようもないお人好し。
(……やれやれ。俺の周りには、算盤の壊れた女ばかり集まってきやがる)
俺はスーツのポケットからコーヒー飴を取り出し、口に放り込んだ。
ガリッ。
奥歯で飴を噛み砕く。
苦味と甘味が脳内を駆け巡り、俺の冷徹な算盤が、最強の『悪巧み』を完成させた。
「キュルリン。すぐにハッキングの準備をしろ」
「言われなくても、もうやってるわよ!」
「リバロン。村長に、少しおめかしをさせろ。これから全世界に向けて、ポポロ村の『平和宣言』だ」
「御意」
俺は輝夜に向き直り、ニヤリと悪徳商社マンの笑みを浮かべた。
「日野輝夜さん。あんたの覚悟、俺の算盤が確かに買い取ったぜ。……さあ、地球の背広組どもに、極上のエンターテインメントをお届けしようか」
*
*
*
【地球・東京 内閣府危機管理センター】
「……なんだと!? 映像がジャックされているだと!?」
若林幹事長の怒声が、薄暗い指令室に響き渡った。
壁面に並んだ巨大なモニター群。そこには本来、ポポロ村周辺を偵察している無人ドローンの映像が映し出されているはずだった。
だが今、すべてのモニターに、全く別の映像が強制的に割り込んでいた。
『――地球の皆様。初めまして』
映し出されたのは、美しい花畑が広がる、のどかな村の風景。
そして、その中央で、銀色のウサギの耳を揺らしながら微笑む、可憐な少女の姿だった。
「な……あのウサギ女……ッ!」
若林がギリッと歯軋りをする。
キャルルはカメラ(乗っ取られたドローン)に向かって、優しく語りかけていた。
『私は、ポポロ村の村長、キャルルといいます。私たちの村は、誰とも争いません。怪我をした人がいれば、地球の人でも、異世界の人でも、私が絶対に治します。だから……みんなで、仲良くしましょうね』
その無垢で純粋な『無償の愛』の宣言は、輝夜の仕掛けたバックドアを通じ、日本だけでなく世界中のニュースネットワークへと同時配信されていた。
さらに、映像の隅には、恐るべきテロップが多言語で表示されていた。
【ポポロ村は絶対中立特区です。当特区への一切の軍事的侵略行為を禁じます。なお、防衛力として、大国を焦土と化す魔導兵器群が稼働状態にあります。平和的交流のみを歓迎いたします――ポポロ村 財務顧問 力武義正】
映像の最後。
キャルルの背後に立つダークスーツの男――義正が、カメラに向かって、まるで挑発するようにコーヒー飴を噛み砕く姿が映し出され、通信はぷつりと切れた。
「……おのれぇぇぇッ!! 力武義正ぁぁッ!!」
若林はデスクを激しく叩き、血走った目でモニターを睨みつけた。
これで終わりだ。
世界中が『平和で友好的な奇跡の村』の存在を知ってしまった。しかも、強大な防衛力を持っていることまで丁寧に宣言された。
この状況で、日本が単独で軍を動かし、あのウサギの少女を拉致しようとすれば、完全に『悪の侵略国家』として国際社会から袋叩きにされる。
若林の強引な秘密作戦は、たった一回の『生中継』によって、完膚なきまでにへし折られたのだ。
*
*
*
「大成功ですね。これで、日本の強硬派は完全に身動きが取れなくなりました」
空に浮かぶドローンを見上げながら、輝夜がホッと息をついた。
俺もネクタイを緩め、ようやく肩の荷を下ろす。
地球の軍事力と政治力。
その両方を、俺の『算盤』と輝夜の『法と世論』で完璧に組み伏せたのだ。
これでポポロ村は、誰にも不可侵の独立特区として、確固たる地位を築くことができる。
「あんたの差し出したカード、最高の利益を生み出してくれたぜ。感謝する」
「ふふっ。共犯者ですから」
輝夜が柔らかく微笑んだ、その時だった。
――ドゴォォォォォォォンッッ!!!
突如として、ポポロ村の東側――数キロ離れたルナミス帝国の国境付近の集落から、天を焦がすような巨大な『火柱』が立ち上った。
「……なッ!?」
俺は言葉を失った。
爆発じゃない。魔法の炎だ。それも、尋常じゃない魔力密度の。
悲鳴と黒煙が、風に乗ってポポロ村まで流れてくる。
「どういうことだ……!? ルナミス帝国軍の攻撃か!?」
俺の問いに、リバロンが懐中時計を握りつぶさんばかりの力で握り締め、憎悪に満ちた声で答えた。
「違います、義正様。……あの炎、そしてこの悍ましい気配は……『神』です」
「神……だと?」
俺の背筋に、これまでの地球の軍隊相手とは次元の違う、底知れない悪寒が走った。
天空の彼方。
雲の上に隠された『上位次元』から、この世界を『エンターテインメント』として弄ぶ、悪意に満ちた視線が降り注いでいるのを感じる。
地球の政治家など目じゃない。
命を、悲劇を、単なる『数字(PV)』として消費する、最悪の炎上プロデューサー。
俺の冷徹な算盤が、かつてない危険信号を激しく鳴らし始めていた。
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