EP 11
ルナミス帝国の国境付近から立ち上る、天を焦がすような不自然な火柱。
俺たちはポポロ村の境界線に立ち、キュルリンが用意した魔導双眼鏡越しに、その惨状を目の当たりにしていた。
「……なんだ、ありゃ。軍隊の動きじゃねぇぞ」
双眼鏡のレンズ越しに見えるのは、無差別の虐殺だった。
ルナミス帝国の辺境の村を襲っているのは、統制の取れた正規軍ではない。野盗の寄せ集めや、正気を失った下級魔族の群れだ。
彼らは金品を奪うわけでもなく、ただ家屋に火を放ち、逃げ惑う罪のない村人たちを笑いながら手に掛けている。
「ひどい……。戦略的な価値も、略奪の意図すら見えない。ただの、破壊と殺戮……」
隣で双眼鏡を覗き込んでいた輝夜が、顔を青ざめさせて唇を噛んだ。
日本の政治という泥沼を泳いできた彼女でさえ、この純粋な『悪意』には言葉を失っている。
「キュルリン。この襲撃、何か裏があるな。お前のハッキング回線で、周囲の魔力波長を拾えるか?」
「やってるわよ! ……待って、これ。襲撃者たちの頭上に、おかしな通信のパスが繋がってる。地球の衛星でも、ドンガンの回線でもない。……もっと高位の、次元の違う場所からの『中継波』よ!」
キュルリンが手元のタブレットを激しく叩く。
画面にノイズが走り、やがて一つの不可解な『映像』がモニターに映し出された。
それは、燃え盛る村を上空から俯瞰で撮影した映像だった。
さらに画面の端には、地球の動画配信サイトのような『閲覧者数』のカウンターと、言語化できない謎の文字が滝のように流れるチャット欄が表示されている。
『あはははっ! 燃えろ燃えろォ! やっぱワイズ様の仕掛ける【ヤラセざまぁ】の仕込みは最高だぜ!』
『ここで村人を皆殺しにして、後で生き残ったガキにチート能力与えて復讐させるんだろ? 脳汁出るわ〜! 赤スパチャ投げる!』
画面から漏れ聞こえてきたのは、下劣な笑い声と、命をオモチャとして消費する『高次元のクズども』のコメントだった。
「……なるほどな」
俺はスーツのポケットからコーヒー飴を取り出し、口に放り込んだ。
ガリッ。
奥歯で、飴を粉々に噛み砕く。
「軍事でも政治でもねぇ。あの上空にいる『神』とやらは、自分たちの娯楽と利益(PV)のために、この世界でわざと悲劇をプロデュースしてやがるってわけだ」
「命を、なんだと……。そんなことが、許されるはずがありません……!」
輝夜が怒りで震える手で、タブレットの縁を強く握りしめた。
「義正様。……私の足で向かえば、三分で到着します。あの下劣な役者どもを、皆殺しにして参りましょうか」
リバロンがネクタイを緩め、瞳を赤く発光させながら低い声で尋ねてきた。
「いや、待て。相手はただの野盗じゃない。神の魔力でブーストされた狂戦士だ。お前一人じゃリスクが高すぎる。……それに」
俺は双眼鏡から目を離さず、ニヤリと笑った。
「あいつらの『クソみたいな台本』をぶっ壊す、最高のイレギュラー(ジョーカー)が、すでに現場に到着したみたいだぜ」
*
燃え盛る村の広場。
炎の熱気と、血の匂いが充満する中、一人の下級魔族が、泣き叫ぶ五歳くらいの子供に向かって、残酷な笑みを浮かべながら斧を振り上げていた。
「ひぃぃっ! だれか、たすけてぇ……ッ!」
子供の絶望の悲鳴が、夜空に響き渡る。
上空の『神々』が、最も歓喜し、スパチャを投げ入れる最高のシャッターチャンス。
――だが、その悲鳴を断ち切るように、どこからともなく『哀愁を帯びたメロディ』が聞こえてきた。
『家路(遠き山に日は落ちて)』。
地球の、それも古い時代の郷愁を誘うハーモニカの旋律。
「……あァ? なんだ、このふざけた音は」
魔族が斧を止めて振り返った瞬間。
――カチャッ。
真鍮製のオイルライターの蓋が開く、硬質な音が響いた。
炎を背にして立っていたのは、身長百九十センチを超える巨漢。
黒をベースにしたレザージャケットに、ワインレッドのタートルネック。
無精髭を生やしたその男は、口元に咥えたマルボロの赤に、カチリと火を点けた。
「……子供が、泣いてるじゃねぇか」
男――鬼神・龍魔呂の瞳が、一切の感情を失った暗黒へと染まる。
彼にとって、子供の泣き声は絶対的な逆鱗。
かつて地下闘技場で救えなかった弟の記憶を呼び起こす、最凶のスイッチ(DEATH4モード)だった。
「なんだテメェは! 俺たちは『神』のシナリオ通りに動いてるんだ! 邪魔すんじゃねぇ!」
野盗と魔族の群れが、一斉に龍魔呂へと襲いかかる。
「……シナリオだ?」
龍魔呂の右手に嵌められた『鬼王の指輪』から、赤黒い、悍ましいほどの闘気が立ち昇った。
それは周囲の炎すらも飲み込むほどの、圧倒的な死のオーラ。
「だったら、俺がそのクソ脚本ごと、てめぇらを『ボツ』にしてやる」
龍魔呂が、ゆっくりと右の拳を引いた。
構えは、ただの右ストレート。
だが、その拳には、あらゆる古今東西の殺人格闘術がハイブリッドに凝縮され、赤黒い闘気の嵐が渦巻いていた。
――鬼神流『絶花』。
ドンッッッ!!!!
龍魔呂が拳を突き出した瞬間。
空間そのものが歪み、赤黒い闘気の奔流が、襲いかかってきた数十人の野盗と魔族を一瞬にして飲み込んだ。
「あ、が……ッ!?」
「ひぃぃぃぃッ!?」
悲鳴すら上げる暇はない。
龍魔呂の拳から放たれた『化勁』と『闘気』のエネルギーが、彼らの体内の急所を直接破壊し、外傷を一切残さぬまま、全員が血を吐いてその場に崩れ落ちた。
たった一撃。
神のシナリオで動いていた凶悪な役者たちは、理不尽極まりない『暴力の権化』によって、文字通り一掃されたのだ。
龍魔呂は地面に倒れ伏す悪党たちを一瞥もせず、腰を落として、震えている子供の頭をそっと撫でた。
「……もう、泣かなくていい」
先ほどの殺気が嘘のような、不器用で優しい声。
子供の泣き声が止んだのを確認すると、龍魔呂はマルボロの煙を細く吐き出し、夜の闇へと姿を消していった。
*
「……おいおい。なんてデタラメな強さだ」
双眼鏡越しにその光景を見ていた俺は、思わず口笛を吹いた。
どんな強固な契約も、どんな緻密な経済封鎖も、あの絶対的な暴力(DEATH4)の前には紙切れ同然だろう。
「義正様。上空の通信波に、異常な乱れが発生しています!」
タブレットを見ていたキュルリンが、焦ったように声を上げた。
「……ハッ。そりゃそうだろうな」
俺は空を見上げ、ニヤリと悪党の笑みを浮かべた。
村人を虐殺して『ヤラセの悲劇』を演出し、ボロ儲けしようとしていた炎上神ワイズ。
だが、その見せ場のど真ん中に、空気も台本も読まない『最強の処刑人』が乱入し、一瞬で舞台をぶっ壊してしまったのだ。
今頃、上位次元のモニタールームで、あのクソ神は自分のノートパソコンを台パンして発狂しているに違いない。
「俺たちが相手にするのは、地球の強欲な政治家(背広組)だけじゃない。……この世界を娯楽として消費する、上空の『悪徳プロデューサー』どもだ」
俺は輝夜とリバロンを振り返り、ネクタイを締め直した。
「裏の暴力(掃除)は、あの赤いジャケットの兄ちゃんに任せておけばいい。……俺たちは『表の盤面』で、あの神様どもに、特大の違約金を請求する準備を始めようぜ」
俺の狂った算盤が、神すらも射程圏内に収めた瞬間だった。




