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ハプロB51 鬼と狐  作者: 秋津ネオ
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狩人



 靄が揺れた。

 境界が薄い膜のように震えていた。


 アルダシールはアリヤの手を強く握った。


「行く」


 二人は同時に踏み込んだ。


 靄が裂け、

 空気が反転し、

 世界が一度だけ沈んだ。


 次の瞬間──

 光が差した。


 風が吹いた。


 だが、その光は救いではなかった。


 地面が波打ち、

 遠くの街並みが揺れて見えた。

 長安の外縁は、

 もう知っている場所ではなかった。


 畑は荒れ、

 道は裂け、

 家々の影が異様に長い。


 人の気配がない。


 アリヤが息を呑んだ。


「……ここ……

 “外”じゃない……

 世界が……

 影の主に……

 書き換えられてる……」


 アルダシールが周囲を見渡した瞬間──

 地面が破裂した。


 土煙の中から、

 黒い“脚”が飛び出した。


 影影ではない。

 影の根でもない。


 もっと速い。

 もっと鋭い。

 “殺すための形”。


 アリヤが叫んだ。


「離れて!!

 あれは……

 “影の狩人”……!」


 影の狩人は、

 地面に触れた瞬間、形を変えた。


 四足の獣。

 人の腕。

 鳥の翼。

 アリヤの影に似た輪郭。


 形を固定しない。

 “殺すための最適な形”を探している。


 アルダシールはアリヤを抱え、

 丘の斜面を駆け下りた。


 影の狩人が跳んだ。


 空気が裂けた。


 アルダシールは身をひねり、

 影の爪を避けた。


 だが──

 影の狩人は地面に着地した瞬間、

 “音もなく”背後に回り込んだ。


 速い。


 アルダシールは反射的にアリヤを抱き寄せた。


 影の爪が、

 彼の背中をかすめた。


 布が裂け、

 血が滲んだ。


 アリヤが震えた。


「……狙いが……

 私じゃない……

 あなた……

 影の主が……

 あなたを……

 “障害”と判断した……」


 影の狩人が再び跳んだ。


 アルダシールはアリヤを地面に伏せさせ、

 自分の身体を盾にした。


 影の爪が迫る。


 その瞬間──

 アリヤの胸の奥で“光”が弾けた。


 銀色の光。


 銀華の光。


 アリヤの影が、

 地面からふわりと浮いた。


 影の狩人が一瞬だけ怯んだ。


 アルダシールはその隙を逃さなかった。


 地面に落ちていた石を掴み、

 影の狩人の“脚”に叩きつけた。


 石は砕けた。

 影の脚は揺らがなかった。


 だが──

 影の狩人はアルダシールに視線を向けた。


 アリヤではなく、

 アルダシールを“殺す”ために。


 アルダシールは息を吐いた。


「来い」


 影の狩人が跳んだ。


 アルダシールは地面を蹴り、

 影の狩人の懐に飛び込んだ。


 影の腕が伸びる。

 爪が光る。

 空気が裂ける。


 アルダシールは腕を掴み、

 全身の力で地面に叩きつけた。


 影の狩人の形が一瞬だけ崩れた。


 アリヤが叫んだ。


「アルダシール!!」


 影の狩人が形を変えた。

 今度は“槍”のような形。


 アルダシールの胸を貫こうと、

 一直線に突き出された。


 その瞬間──

 アリヤが手を伸ばした。


 銀色の光が走った。


 影の狩人の動きが止まった。


 ほんの一瞬。


 だが、その一瞬で十分だった。


 アルダシールは影の槍を掴み、

 力任せに折った。


 影が悲鳴のように揺れた。


 アリヤが息を吐いた。


「……今の……

 銀華……

 全部じゃない……

 ほんの……

 “欠片”……」


 影の狩人は形を崩し、

 靄の向こうへ退いた。


 追ってこない。


 アリヤが震える声で言った。


「……境界を……

 越えられない……

 ここは……

 まだ……

 影の主の“外”……」


 アルダシールはアリヤを抱きしめた。


「行く場所を決める。

 もう逃げるだけじゃない。

 生きるために、

 お前を守るために──

 俺たちは“向かう”。」


 アリヤの瞳の奥で、

 銀華の光が静かに揺れた。


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