第三十四回
「葉山君は何?好きな作家は」
香奈のお父さんが訊いた。
「僕は今、宮沢賢治が好きですね」
「宮沢賢治・・・。ピュアだねぇ。どんなところが?」
「捉えどころのない所ですね。自然を愛好していたり、一方で東京に上京して国柱会っていう宗教団体ですけれど、そこに駆け込んで仕事できませんか、って言っちゃう所とか。苛烈なんですね。そこが好きですね」
「宮沢賢治は詩人としては一番でしょうなぁ」
「そうかもしれません」
香奈のお父さんが咳払いして言った。
「僕はねぇ、三島由紀夫なんですよ。彼が割腹したときにね。彼の全集を揃えて買っちゃった」
「へえ」
祐介は驚いた。香奈のお父さんは静かにコーヒーカップで手を温めるようにして、それからコーヒーを飲んだ。
「香奈、このコーヒー美味しいだろう」
「うん、お父さん、美味しい」
「ちょっと、このコーヒーカップ、葉山さんとお父さんの分、片づけてくれないか」
「はい」
話を邪魔せず、聞いていた香奈は、コーヒーカップを片づけはじめた。その合間にも、香奈のお父さんの話は続いた。
「そのね、香奈が、祐介さんと会った日からかな、香奈がなんだか元気になりましてね」
祐介は真剣に聞いていた。
「それまでは生きる張り合いがないといいますかね。参っているといえば参っていたんですね。それがガラリと変わっちゃったんです」
「そうなんですか」
「だから、その葉山祐介というのはどういう男なんだろうとね、一度見てみたかった」
そう告げると香奈のお父さんは笑顔になった。
香奈がお父さんに訊いた。
「ねぇ、何の話?」
「いや、内緒の話」
「秘密はいけないの!」
二人のやりとりに祐介も笑顔になった。
+
「内緒の話・・・か・・・」
今朝も祐介は自宅101から、事業所に向かう事なく、書斎にいて原稿用紙に物を書いていた。
妻の香奈は、寝室に向かい、二度寝している。
祐介、彼はまた、風呂に入って、それから今日は、山、ではなく、図書館に行こうと決めて、あれこれ思案し、準備を行った。
さっきまで香奈は「戦争を今すぐやめてほしい、イランの元指導者ハメネイ師の自宅を攻撃する際にも、なんてゲーム化して行っているの」といった事を、ブログに書いていた。
「どう思う?祐介」
と訊かれて答えに窮した祐介は
「この、イランの戦争も、先、五年、十年で、イランがどういう状況になるかだと思う」
と答えた。
イランという国で、戦争の直前、大規模なデモが起きて、じっさい、市民が殺されていたのだった。男性から女性に対する侮辱も過ぎる、と祐介は考えていたので、男性としての祐介は、体制の変革を狙ったものならば、致し方ないのかも知れない、と考えたからであった。
アメリカの先制攻撃も許されないとすれば、
イランの内情も知らぬふりというのも違うと思った。祐介は、日本の、第三者であったが、このイランの内情の方を、マスコミはあまり汲みしていないような気がする。ともかく、五年、十年は考える、と応えるしか無かったのであった。それは自分で、ちょっと情けなかった。




