第三十五回(最終回)
「宿命」連載版も、今回で最後になる、と書き、祐介はジム ビームのウイスキーをストレート、少量、喉を潤す程度飲んだ。
四月八日十七時。彼はもう風呂に入っていた。最近の彼はミニマリズムに感化されていた。少しずつ、少しずつ、物を捨てていっていた。それもある程度、用は済んだ。
その事を香奈に報告しようとしたとき、香奈に泣きつかれた。実家のお父さんとお義母さんに批判的なメッセージを送ってしまい、それでコミュニケーション齟齬をきたしてしまっているという。昨晩まで「ムカつく」と言っていたのが今日、「困っている」になった。
祐介、彼は一部始終を彼女から話を聞くと、香奈が、無意識の内に、マウントとりに必死になっている事を説明した。
「向こうより高い位置に立とうとする。すると、相手は更に高い壁として反論してくる。その高い壁をなんとか超えようとして、更に高い位置から物を言うのも人情だ。しかし争いになってしまう」
祐介はつけ加えた。
「あの親鸞上人も薬があってわざわざ毒を服すような事をしてはいけない、とも言っているね」
香奈は、頭が整理されたようだ。ああだ、こうだとお詫びのメッセージを送っていた。お父さんに対してはキャベツカレーを持ってゆくつもりらしかった。
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香奈の家の前に出た祐介、香奈のお父さんに今日はありがとうございました、と告げる気でいた。しかし、コーヒーの後のウイスキーで温かくなり、三島由紀夫を再読したい熱にかられたようである。
「じゃあね、祐介君、宜しくね」
そういったきりの別れであった。声には熱が感じられたが、フランクでもあった。
その代わり、香奈と二人、駅まで歩いてゆく事になった。
「お父さんが、文学を好む人だとは驚いたよ」
「なんていうのかな、趣味人なの、ねえ、息苦しいでしょ、ネクタイ、緩めたら」
「え?ああ」
祐介がネクタイを緩めた。
「見せて、見せて、ほら、ハンサムさん」
「ははっ、どうだか」
その時、線路沿いを歩いていたのだが、祐介が乗る電車が来てしまった。
「あ、あれに間に合わないか」
彼はガックリしていると、香奈が
「いいじゃない」
と一言大きな声で言った。
「乗り遅れたっていいの。焦らなくていいの。それでいいじゃない」
二人ゆっくり、線路沿いを行くと、もう西の空がオレンジ色の夕焼けであった。
〈了〉




