第34話 冷たい雨のあと
冷たい雨に打たれ家路についた次の日、僕は数日休んだ学校へ疲れの取れない体を無理やり起こし向かった。登校し、僕が怠そうに教室へ入ると、たちまち休んだことを心配したクラスメイト達が駆け寄った。
「おい、須藤。学校休んでどうしたんだよ〜!お前が学校休むなんて珍しいな。空から雪でも降ってくるんじゃないか?」
「ごめんごめん。僕、風邪ひいちゃってさ。ゴホッゴホッ…」
悪い顔色を心配して近づいてきたクラスメイト達とのどうでも良い会話をこのわざとらしい咳で乗りきろうとした。
僕が作り笑いを浮かべて話している横で、万年仏頂面のユウが、今日は若干眉をひそめて気遣うような顔をしていた。哀れみとも捉えられるその顔は、僕の心を全部見通しているみたいで気持ち悪かった。
※ ※
ごめんなさい。あれから考え、僕は真理に辿り着いた。本当はね、僕が悪いんだって事。ババアが悪いわけでも、頭の中から語り掛けてくる謎の男が悪いわけでもなくて、僕が大人になれなくて甘えていたから花之木が死んだんだって事。
ごめんなさい。殺される瞬間の花之木はどれほど恐ろしかったんだろうか。どれほど苦しかったんだろうか。そんな想像を1時間目から6時間目までずっと窓の外に映る華やかな花壇を見ながらしていた。
そして、花之木を助けられなかった僕も間接的に人殺しだっていう罪意識が日に日に増して胸が苦しかった。
今まで誰かのせいにしていたから楽だった。花之木の身になって考えれば考えるほど、何の責任もなしに「守る」と豪語していたのに助けてあげないなんて最低最悪の裏切り行為だ。花之木が怨霊となって呪い殺しに枕元に来ても文句は言えない。
僕は一番端の席で後ろには誰もいない。だけど、背後から「お前が代わりに死ねばよかったのに」ってずっと囁かれているような気がした。
ごめんなさい。
僕は、窓から差してきた日で温まった机に伏して眠りについた。
※ ※
短い夢の中で最初に見えたものは僕の遺影だった。だから「あ、やっと死ねたんだ」と、安心感に満たされた。
「皆さんをここに呼んだのには理由があります。悲しいお知らせがあります」
校長先生はステージの上に立って「悲しいお知らせ」の内容について話し始めた。
「ニュースや新聞を見たり、皆さんのお家にも学校から電話したので知っているかもしれませんが、6年3組の須藤ミナトさんが昨日、何者かに殺害されました」
その瞬間、体育館中が一気にざわつく。
クラス委員長の大野は泣いていた。あいつは責任感の強い奴だからきっと僕が死んだのは自分のせいだって追い詰めて泣いているんだと思う。思い返してみれば、大野とはよく幼稚園生レベルの言い合いした。あいつは真面目だから宿題を出さない僕をよく叱って来たし、かといって給食の唐揚げを先に食べるか最後に残すかとか、どうでもいい喧嘩もよくしていた。
「犯人はまだ捕まっていません。もし、犯人を見たという人や、何か知っている人は先生や警察に教えてください。どんな些細なことでもいいです」
その後は命は大切でどうのこうのとか、保護者説明会の日程がどうだとか、そんな程度の内容だった。
あーあ、死んでよかった。最高だよ。1か月前の僕にこの台詞を聞かせたら迷わず僕自身をビンタするだろう。それで、命が一番大切なんだとか死んじゃダメだとかうるさい説教だけして結局何にもしてくれない。偉そうな顔だけして花之木を助けられない。だから僕はね、もう消えたいの。花之木のことも、明日どんな顔をして学校に行けばいいのかとか、専属能力者のことだってもう考えなくて済む。苦しまないで済むんだ。この時ばかりは死が救済だとしか思えなかった。
葬式ムードの男子列と有名アーティストの引退ライブ時のようなすすり泣く音が響く女子列の境に作られた中央通路の奥を覗くと、列の一番前にユウがいた。「ああ。いたんだ。背がちっちゃいから見えなかったー。悪い悪い!」って遠くからデカい声で話しかけても怒ったりしないし反応を示したりもしない。僕はふふんと笑った。面白えや。あの生意気で根暗で無神経で足引っ張ってばかりのユウに言いたいこと言い放題。
そんな彼はというと、拳を握ってブルブルと震えさせていた。泣いているのか?
「ふうん。あのお前が…」
殺人事件の取材のとき、被害者の旧知や親戚があの人は生前明るい人だったとか、優しい人だったとか、口を揃えてつまらない感想を言う。カメラの前で殺人事件の被害者をクズで馬鹿で能無しだったなんて言う人間いないんだ。
ユウは僕のことをどう言ってくれるんだろう。多分、彼が言い返してこないことを愉しんでいる僕を優しい子だったとは言ってくれないと思う。
彼の顔は俯いてて見えなかったけど、もし、泣いてくれてたら嬉しいと思う。
※ ※
「はーい。じゃあ今日はこの21ページで終わりにするわねー。明日の授業はこの続きからー」
そして僕は目を覚ますと、皆が一斉にバサバサと教科書を閉じる音がして、その次にキンコンカンコンと6時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「夢か…」
僕はグーの手で鉛筆を握って教科書の21ページに力強く丸印をつけた。




