第31話 人類の栄光
――――同時刻、場所は亜人連合東京アジト
序列7番目の庚のアンドロイドと序列10番目の癸のアンドロイドに囲われ睨まれる中、花之木が殺されたことに納得いかない丙のアンドロイドはイライザを問い詰めた。
「何故、花之木ルカを処分したのですか!?」
「そんなの簡単だ。吾らが人間の子供を率いて襲わせることを知ったら少しは統合政府の無能議員共も行動を自重するだろう。それに、あのツェラーは後々使える。死なない程度に痛めつけるんだったらどれだけやってもらっても構わないが、殺されては困るからな。まあ、あんな小娘が人を殺せるわけがない」
イライザは誇らしげに軽くふふっと笑った。
「あの親子は吾を不快にする相応の事をした。だから殺した。目には目を歯には歯を。忘れたか?」
「いいえ。そういうわけでは…」
「へへっ、流石イライザ様。人間の扱い方をよく分かってる」
癸が気味の悪い笑顔を浮かべへへへと下品に笑った。
すると、コンコンというノックと共に扉が開く。
「癸、退きなさい。距離が近いです。イライザ様もお困りですよ」
そう言い、睨む情報局の辛・ハオとひょうきんに笑う吉川だった。
「癸さぁーん。そんなに睨まないで下さいッスよー。寛大な心で許してあげてくださいねー。先輩ってばイライザ様大好きだから嫉妬しちゃってるんスよ」
「一言多いですよ。吉川さん」
「すっみませーん!たはは」
「十干、”辛”の名を持つ私を仲間外れにして会議ですか…?酷いじゃないですか。これでも上から7番目なんですよ」
すると、人間嫌いで名を轟かす庚のアンドロイドが辛を怒鳴りつけた。
「けっ。何が辛のアンドロイドだ!所詮―――――」
「まあまあ、喧嘩はやめてくださいッス〜」
「くうっ…。あのなあ、てめえらの耳にタコができるほど言っていると思うけど、私は人間が大嫌いなんだ!」
「なんでっスか?折角可愛い顔してるんスから怒ってばっかりいないでもっと笑わないとー」
「そういうとこだよっ!これ以上生意気な口利くんだったら出ていけ!私はそういう舐めた態度取っている人間が大嫌いだ!」
「吉川さんやめときましょう」
すると、辛は「まだ話したいことがあるんです」と丙を横目で睨む。ニコニコと笑う瞳の中に黒い影がひっそり隠れている。それはまるで獲物を逃がすまいと肉を追い求める狐の様な。ここで貴様の地位を絶対堕としてやると覚悟した瞳。男だが、ネチネチとした女の様な性格の悪さがにじみ出た瞳。
そして、辛は丙を指さした。
「でも、そこにいる丙さんは人間のことが大大だーい好きみたいですけど?」
「ハオ殿…!それは…ちがっ…」
丙の慌てふためくその反応に辛は蛇のような笑みを浮かべた。「やったぞ」と、心のなかでガッツポーズだ。「だから、イライザ様、あんな奴なんかより私をもっと上へ行かせてください」と願っていた。だが、イライザは表情を微動だにしない。「やっぱりダメか」と、はぁ、溜息を漏らした。
「まあ、丙さんはいいとして。「甲」の名を持つリーダーもむしろ強い人間は好きだってお話されてましたが…?あなたは違うんですね」
「ボスと私は考え方が根本からちげえんだよ!てめえにカンケーねーだろうが!辛・ハオとか言ったけ?男のくせに女みたいな顔しやがって!このカマ野郎!」
すると突然、バリンバリンと音を立て照明が割れた。人知を超えた目に見えぬ怪物がすぐ傍にいると庚のアンドロイドは警戒した。この場にいた辛は表面では笑顔を作っているも怒りのオーラを放ち庚をじっと見つめている。目に見えぬ怪物はこいつが飼っていると庚は確信した。この男の”業”を直近で目にし人間に感じたことがなかった恐怖をも抱いた。
「あら…それ以上喋らないでくださいね。殺しちゃうかもしれないんで。あはは、ごめんなさい。あ、でーもー、殺しちゃうじゃなくて”壊しちゃう”の方があなたには適正な言葉遣いかも」
「てめぇ…!この人間風情が…!」
こんな事を言っても人間に向かってキャンキャン吠える犬でしかないと、庚は自覚できていた。ただの強がりだ。しかし、無理してでも強がらないと次は自分が殺される。どんどん余裕がなくなってゆく庚を見て辛はニヤリと笑った。
「ああ!イライザ様、これは違いますよ。私は庚さんの事を言っただけであってイライザ様は例外ですからね?」
当のイライザは退屈そうにこの光景を見守る。
「もう、またまたー。先輩、女顔って言われるとすぐ怒るからなー。何回目ッスか?それ言うと、うちの職場でも怒るから一緒にいる俺まで評価下がるんスからねー。ブサイクよりは全然いいっしょー」
「吉川さん。あなたもですよ。舌ひっぺはがしますよ」
「はいはい」
吉川は「またかよ…」ともう慣れた様子だった。庚は未だに未知数の恐怖が離れないが、この光景を見ていた吉川は終始余裕な態度だった。
玉座に座るイライザは長く垂れた黄金の髪を摘まみくるくると手遊びを始めていた。そんなイライザは丙に語り掛ける。
「はあ、うるさいのが随分と増えたな。話を戻すが丙。勘違いされては困ることが一つある」
「何でしょうか?」
「むしろ吾は人間の大ファンなのだよ。英雄というものに憧れて仕方ないのさ。ナポレオンに始皇帝、リチャード1世。どれも素晴らしき真の王だ!そして同時に近年の仲間意識だの皆仲良くだの甘ったれた倫理観が人間の成長を停滞させてしまっていると痛感させられる。統合政府がその最もたる象徴だ。この世の土地は皆のもので仲良く平等!そして自由!つまらん!非常につまらない!今のぬるま湯のような世界にこそ吾のようなカリスマ性のあるリーダーが必要不可欠であり、吾ら鋼の体を持つアンドロイドがこの地の支配者にならなくてはいけない。この世の全てを支配したらとんでもない偉業だとは思わぬか?吾は誰も到達したことのない境地へ行ってみたいのだよ」
イライザの目はずっと先を見ていた。ずっと先。天より先だ。
※ ※
程なくして僕は夢を見る。大きな怪物が目の前に現れてパクリと一口で食べられると胃液によってどろどろに溶かされた。すると腸を通ってどこへ行き着く。
「どこ、ここ?」
そこはそこは、真っ暗な空間。下も上も、右も左も。まるで、月と星のない夜空だった。すると、誰かが僕に語り掛けてくる。
「この世とあの世の狭間だよ」
「この世とあの世の狭間…?そう言うお前は誰だ!?」
「私だよ。ミナトは私の事助けてくれなかったね」
掠れた声と共に暗闇から現れたのは正真正銘あの花之木だった。
「ち、違うんだ。花之木…!あれはさ…」
僕が下手な言い訳をして乗り切ろうとした時、彼女に鬼が宿り凄い形相で睨みつけてきた。
「何が違うの!?嘘つき嘘つき大嘘つき!」
「そ、それは…」
「許せない!許せない!絶対に許してやるもんか!」
花之木もどきは怒りがすうっと引いたのか紫がかった顔に変化し、抑揚のない口調でこう言った。
「死ぬってね、こんなに苦しいんだよ。今からでも助けてくれるのならミナトも私と一緒の所に来て…」
花之木の背後にはたまた現れた恐ろしい怪物が僕を飲み込もうと臭い口を大きく開けた。ぱくりと、僕は知らない間にゴールテープを切っていた。




