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第27話 死の足音

 僕は花之木から何日も前に亜人連合に誘拐されたこと、父親を人質に取られていることなどを聞いた。耳に入って来る言葉の一つ一つが異常すぎて、異世界か並行世界での出来事のようにしか思えて仕方なかった。いや、受けいるのが嫌でそう思いたかったんだ。


「じゃあどうして僕に話さなかったんだ!」

「ごめん。でも本部に帰ったら、私殺されちゃうよ…。作戦、失敗しちゃったんだよ!どうしよう!お父さんも私も殺されちゃう!」


 花之木は頭を抱え、軽い錯乱状態だった。当事者ではない僕だってこの状況を打破する方法が思いつかなくて頭がおかしくなりそうだ。


「おいおい。花之木落ち着けって…。花之木、逃げよう。誰か、短い間だけでも匿ってくれる人とかはいないか?」


 花之木は考える素振りもなく首をブンブンブンと横に振った。


「で、でもちょっと待って。そうだ。丙のアンドロイドっていう優しいアンドロイドがチケットをくれたの。これで名古屋まで行ってあとは境界壁付近の警備員に見つからないように隣の259ブロックに逃げるんだって。ただ、お父さんは見捨てろって言われて…。それだったらイライザの言う通りにすればお父さんも解放できるって思ってこうしたの。私、イカれていた…」


 彼女はポケットの中からクシャクシャになった紙切れを1枚見せてきた。『東京⇒名古屋』と書かれた特急自由席の切符だ。僕はすぐ横にあった大きな時計を見上げた。19時01分を指している。最終列車はまだ発車してないだろうからまだ駅へ行くまで十分余裕がある。


 しかし、花之木の話の中で1番の衝撃だったのは⋯。


「―――――丙のアンドロイドが!?」


 あいつが花之木を助けたなんて、信じられない。


 丙のアンドロイドは以前、僕にいちゃもんつけて団地で戦った亜人連合に所属するアンドロイドだ。

あいつが何で花之木を助けてくれたのは分からない。理由なんて何もなくて気まぐれだったのかもしれない。


 僕は半殺しにしてくれたあいつのことを優しいなんて微塵も思わないが、本気で殺そうとはしなかった。

花之木の言う様に優しいアンドロイドで、彼女の事を純粋に想ってこのチケットを渡してくれたんだと信じたかった。

味方なのか敵なのか、まだ判断はつかない。だが、解決の糸口はこれしかないと僕は確信した。



「ミナト…知ってるの!?」

「あぁ、少しだけだよ。そ、それでさ、259って古代の古代兵器を隠し持っているとか言われて内部がよく分かってない地域だろ?治安が悪くて、監視カメラがそこら中にあってちょっとしたことで処刑されたり、人身売買が横行してるってニュースで聞いたけど…。そんなところ行って大丈夫なのか?」

「うん、怖いよ。でも、逃げるならそこが最後の砦だと思うの。統合政府が世界を統一して1000年、ブロックごとに統括されるようになったでしょ。例えば私達が住んでいるこの列島の東半分が258ブロック、大阪とか京都とか西の方が259ブロック。あそこは統合政府による民主政が原則の現代でも実情は一つの家が権力を持った独裁政。お陰でずっと統合政府とは反りが合わなくて関係は不安定だけど、裏を返せば唯一統合政府憲法の範囲外の地域。それを良いことに政府から追われている人達が世界中から来る。だからきっと誰かが匿ってくれるって、丙のアンドロイドが言っていたの。でも、そうしたらお父さんを助けられないから混乱しちゃって…私…あんなことを…」

「それだったら僕に任せろ!お前の父さんを連れ戻してみせるよ!」

「…本当?」


僕の今だけ優しい嘘で花之木の顔に笑顔が戻る。その笑顔が嬉しくて僕はもっともっとと、口を回した。


「大丈夫だってー!この超天才専属能力者須藤ミナトに任せろ!イライザなんかワンパンだよ!それに、ババアやレイとも協力すれば大丈夫!それに、お前がここで諦めたら丙のアンドロイドの努力も無駄になっちまう。だからお前は逃げろ。まだ電車には間に合うだろうし、お前の父さんもそれを望んでいるはずだ」


 そう、本当はこれもあれも並べた言葉は全部嘘だった。花之木の父さんを無事に保護できる保証なんてどこにもなかった。花之木を泣かせたくなくて、優しいと信じた嘘をついた。きっと、レイもこういう感情の波に飲まれた中で僕を励ましていたんだと思う。


「おーいミナト!大丈夫かー?いるんだったら返事してくれー!」


 茂みの50メートルほど向こう側からレイの呼びかける声がどんどん近づいてくる。


「や、やべぇ!レイだ。こっちへ来る。あいつには悪いけど追っ払っとくから早く行け!」

「だ、大丈夫なの?」

「大丈夫。僕に任せとけって!」

「ミナト…今更なんだけど、本当にありがとう。それと、もし丙のアンドロイドにまた会ったらあなたのお陰で助かった、自分をそんなに責めないで、私はあなたのことが好きって…伝えて。ホントは自分の口から言えればいいんだけど…。人使い荒いようでごめんね。よろしく」


 花之木はニコリと微笑んでそう僕にお願いをした。この瞬間の花之木はどこにでもいそうな普通の女の子だった。そんな彼女を見れて僕は心の底から嬉しかった。第3種能力者須藤ミナトという存在が誰かに必要とされてて役に立っているということが確かめられた。


「おう!」


 花之木は笑顔でミナトを見送ると、後方から茂みを潰しながら歩く足音が聞こえてきた。まさに死の音。逃げることを決して許さない呪縛。


「花之木…。作戦はどうした」


 そして次に、全身に痺れを起こすような恐ろしい声が耳に侵入してきた。イライザの声だ。この世で最も禍々しい存在がすぐ後ろにいる。その事実が恐ろしくて恐ろしくて仕方なかった。


「イ、イライザ!」


 しかし、花之木は以前のような恐怖に屈せず後ろを振り返った。


 イライザがどんな姿のアンドロイドかこの目で見てやるという強い意志が花之木に余裕の心と勇気を与えた。ミナトの屈強な精神が感染した瞬間だった。


 そこに立っていたのは、男のように凛々しく女のように気品のある側面を両方持つ顔に、黒色の鎧を着たアンドロイドだ。頭にはサイケデリックな柄の入ったバンダナを巻き美しく長い金髪と綺羅びやかな真珠や宝石などの装飾品を垂れ流している。背丈は低く、中学生ぐらい。一見可愛らしいが、少女とも青年とは思えない妖しさと邪気を常に放っている。そして、猫のように野性的で鋭い碧色の瞳を花之木に向けている。花之木は驚愕した。自分や皆が酷く恐れていたアンドロイドがこんな小さい奴だったなんて…と。


 だが、その小さい体から、とてつもないオーラと神秘性を感じる。”生”を一切感じない。


「も、もうあなたの言うことなんて聞かないっ。お父さんを早く返して…!私達が何したっていうの!?」

「質問に答えろ。吾は作戦はどうしたと聞いたのだ」


 答えるもんかと、花之木はイライザの質問を無視し続けた。


「だからもうっ、あんたの言うことなんて…!」

「これだから人間は図々しいにも程がある。――親子共々用済みだ」


※ ※


「おーいレイ!」


 僕は手を振り外れた森の中からレイのいる開けた芝生へ出て行った。闇夜に包まれた森の中とは違い沢山ある街灯には灯火が点っていた。


「ミナト大丈夫か。見つかったか?」

「いや、見失っちゃってさ…」


 その場逃れの言い訳なのは百も承知だ。レイには悪いが、こんな無駄話している場合じゃない。レイには早くどっかに行ってもらって花之木を空港まで送らなければと、自分で自分を急かした。


「そうか。俺もあの子を探しているんだが中々見つからなくて…。もしよかったら一緒に探さないか?そっちのほうが安全だし」

「だ、だから大丈夫だ…。2人で手分けしたほうが早く見つかるだろ?僕だって第3種とはいえ業使いだしさ。もっと信用してくれよ。僕はもうちょっとこっちを探しているから、レイはあっちを…」


 僕が目を逸らしてレイが来た東京記念タワーの方面を指差すとレイは僕の肩に両手を置いて無理やり目を合わせてきた。野良猫のように鋭く尖った瞳だ。


「須藤さん、仲間内で隠し事は駄目。花之木さん、その後ろの木陰にいるんでしょう?」

「…え」

 その言葉に僕は体が固まり、平衡感覚が失われる不思議な感覚が全身を走る。獲物を捕らえた野良猫の様な鋭い瞳は僕を絶対離さないと呪縛してくる。目を逸らそうとしても恐怖でどこにも目を向けられない。こいつは誰だ。レイじゃない。誰だ。幻覚か?幻聴か?


 いや、中に、もう一人いる。


「きゃあーーーーーーーーーーーーー!」


 今さっき僕達がいた茂みの方向から悲鳴が聞こえてきた。この声は間違えなく花之木だ。その瞬間レイの瞳は嘘みたいに穏やかになり、何事もなかったかのように辺りをキョロキョロと見回した。


「悲鳴か!?」


 悲鳴か?ってそりゃ聞けば分かるだろう。僕は無言で一目散に駆け出し、花之木といた場所へ戻った。


 すると次に、重い銃声のような音が僕の耳に入ってきた。今さっきの悲鳴より音の方向が近づいているように感じる。


 僕は花之木の無事しか頭にない状態で暗い木々を駆け抜け続けた。


「はぁ…はぁはぁ。花之木…!花之木っ…!」


 僕が乾ききった声で呼びかけても返事がない。


「おい、ミナト!勝手に行くなよ!」


 レイは少し低い声のトーンで走る僕の後ろからついてきた。今さっきの不気味な状態からは元に戻ったみたいだが、きっと内心怒っているんだろう。


「こっちからだった…」


 声がした方向の草むらを一歩二歩と踏んで歩くと、草陰の中に赤い液体で濡れた小さな手が目に入った。赤い血と野に咲くシロツメクサの白が絡み、溶け合う。


 初めて見た。



――――人が殺されてるところ。


「ミナト!見るな!」


 後からやって来たレイはこの短い時間で子供の僕に見せてはいけないモノだと判断し、僕を抱きしめジャンパーの裾で目を覆い隠した。だったら、もっと早く抱きしめてくれよ。もう、遅いんだよ。


 僕はそんなレイを振り切って血だらけで瞳孔が開いたままの花之木に駆け寄った。


「花之木!花之木っ!しっかりしろっ!」


 僕がどれだけ呼びかけても肩を揺すぶっても口が動かない。瞬きをしない。銃を握った指先は硬直したままだ。


「うわああーーーーーーーーーーーー!」


 北からは冷たい風が吹く。19時07分、芝公園の真ん中では僕の乾いた叫び声が響き渡っていた。


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