第26話 空歪神技ノ甲
ミナトとレイのいる増上寺のその奥にある東京セントラルホテルでは別の事件がまた起ころうとしていた。
黒いヨーロッパ製の高級車2台がロータリーをぐるりと回り玄関前へやってきた。逃がすことは許されない獲物、花之木ルカはより一層フードを深く被り玄関前に集まるマスコミやら人に身を隠した。
黒いサングラスにカバンを持ったSP達が先頭の車から続々降りると、後続の車からツェラー議員が背筋を伸ばして堂々と降車した。
「ツェラー議員!今日の会合について意気込みは!?」
記者は狼のように睨みを利かし人を寄せ付けようとしないツェラーに震えた手でマイクを向けた。ツェラーは「ふんっ」と鼻息を吹くとこう言った。
「元老院を失脚させ必ず責任を取らせる。私の弟子のスターリングもあの忌々しい元老院に殺された。奴らのやっていることは到底許されるべき行為ではない」
すると記者たちは難しい顔をした。
「何だ?私の言ったことに対して文句でもあるのか?」
「い、いえ、そういうわけでは…」
「ふっ。貴様らと話しているこの時間も無駄だ!どうせ報道しないものを話して何になる!貴様らが持っているカメラやマイクはままごと用か!?」
花之木はじっと遠くからポケットの中に入れたナイフを握り、彼の様子を眺めていた。
どこを刺すのが一番肉や死の感触を感じずに済むんだろうか。脳は駄目だ。心臓も痛そうだ。しかし、足や手だと彼は死んでくれないだろうが、30回ぐらい刺せば失血多量で死んでくれるだろうか。そんな事をずっと考えていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
―――――――ドッドッドッ…。
心拍数は今いくつを超えた頃なんだろうか。これから3分間で自分がやるべき行動をシュミレーションしろ。最初に右足を出せ。そのあとに左足だ。右ポケットには果物ナイフ。左ポケットには予備用のカッターナイフ。花之木はそう気の弱い自分に何度も訴えかけていた。
――――――――そして標的の首に刃を刺せ。
――――――――行くぞ。
足を踏み込んだその時。後ろからゴツゴツした男の手が花之木の腕をかぶりつく様に掴んだ。
「花之木ルカ…だったな。何故ここにいるかは知らないがその手に持っているものはなんだ?ゆっくりと俺に見せろ」
この太陽の様に燃え上がるようで、血の様にドロドロとした赤黒い瞳を持つこの男には見覚えがあった。名前は乙神レイ。たしか、試験の時ミナトと一緒にいた男だと花之木は記憶を蘇らせた。警察官だから相手が悪いと悟り、掴まれた手を強引に振り払った。
「これでも喰らえっ!」
そして、花之木はトレーナーの裾から細かい種を辺りに撒き散らした。
「くっ。何だこれは!?」
すると、種の落ちたコンクリートの隙間から緑色の小さな葉が芽吹きみるみる大きくなっていた。その蔓がレイの足を捕らえると身体を舐め回すように這い上がっていき彼の動きを止めた。
「くそっ!身体が…動かない!」
「ご、ごめんなさい!」
苦しみ悶えるレイを横目に花之木はツェラー議員目掛けて一直線に走った。
「はぁ…お父さん…。待ってて…!」
ツェラー議員とそこに群がるSP達は勢いよく近づいてくる花之木に気がついた。だがもう遅い。そしてギラリと光りナイフをポケットから出した。ナイフは直線を描くように真っ直ぐツェラーの首へと向かってゆく。状況がわからぬまま「もう遅い。死んだ」と、周りの誰もがそう思ったその時、流星の如く何者かが花之木の前に割り込んで蹴り飛ばした。
「おらぁーーーーーーーーー!」
―――――――――――ミナトだ。
僕の攻撃を受けて花之木は持っていたナイフを地面に落とし倒れ込んだ。
僕は墓参りの後、レイがすぐ隣のホテルでレオン・ツェラー議員の会合があるから騒がしいと、物見見物で行ったら案の定だった。こういう状況に出くわすと手が先に出てしまってしょうがないんだ。あまり良くない癖だと自覚はしてきたが、たまには使いどころあるじゃん。
「エリザ…」
「あ?なんだおっさん?」
ツェラー議員は何かを呟きながら心配そうに僕へ手を伸ばした。
「…何やってんだよ。ボケーとしてねえで今のうちに逃げろ!」
「違うっ。ちょっと、君!下がっていろ!危ないぞ!怪我をする!」
「ミナト、こんなところで出会うなんて運命以外の何物でもないね。でも、これだけは私の口から言わせて。―――邪魔をしないで!」
花之木はポケットの中から出した種を地面へ撒くと、コンクリートの下から巨大な蔦がニョロニョロと現れて僕の両手首を掴んで離さなかった。蔦はどんどん僕の体はに絡まって胸が窮屈になる。
「んあぁっー!」
だが僕は負けてたまるかと腕を振って抵抗するが花之木は許してくれない。
「――――――ガイア…」
「そんな業じゃ、無理だよ」
今の彼女は悪に染まり、心を毒さている。以前の花之木はもういない。
同級生だけど馬鹿な僕なんかよりしっかりしていて、笑顔が素敵で、そんな彼女はもうどこにも居ないんだ。無関係な人間を傷つけるんだったらこっちも容赦しない。
――――僕は、皆を守る!僕の周りにいる人たちも、花之木もっ!
その瞬間、僕の心臓はバクっと音が鳴ったのち、視界がモノクロになった。誰かに干渉されている。僕ではない誰かに。
「開けよ。一つ目の扉…この手に完全なる勝利をっ!」
「誰も傷つけさせない」という強い想いが力となり、僕は頭に突然浮かんできた詠唱をスラスラと唱え始めた。まるで、以前にも唱えたことがあるかのように。
この親指をいくらでも押してやると意気込んで僕は蔦が絡まる右手を前に出した。
「――――ガイア!空歪神技ノ甲!」
必殺技、初めてなのに息を吐くように勝手に口から出た。すると、風が僕の周りにひゅうひゅうと集まり空気砲となって僕に絡んだ蔦の根へと向かった。
蔦はポップコーンの様にパンと弾け散り散りになりその砕けた残骸が辺りに散らばった。その突風は衰えず彼女へ向かっていくと、断末魔を上げながら遠くへ飛ばされていった。ああ、そうだ。これは試験の時、レイへ繰り出した業と全く同じだと気が付いた。アンドロイドではない花之木にこの攻撃をするとダメージが大きいだろうが、幸い飛ばされた先は草が生い茂った場所だった。
「邪魔だ嫌いだ勝手に言ってろ!でもな、てめぇなんかに僕の魂まではやんねーよっ!」
背中を強く打った花之木は僕を鋭く睨むと、反撃せず東京記念タワーの方向へ逃げて行った。
ツェラー議員を護衛していたSPの一人が花之木を追いかけるようにと、指をブンブン振って他のメンバーに指示を出した。僕もそれに続いて彼女が向かった方向へ走り出した。
「すみません!道を空けてください!」
通りにいた人たちは子供である僕の冗談だと思ってどうぞどうぞと道を作る。
「しつこいよ!」
花之木は狂ったように僕への攻撃を続ける。
「――――ガイア!」
親指を押すと、まな板が現れたので盾代わりにして花之木の攻撃を防御した。
すると、彼女は対抗してまたトレーナーの裾から種を地面に撒いた。その種はみるみるうちに大きくなり茨となって道を塞いだ。
「いてっ!茨か…。くそ…こうなったら…。――――ガイア!空歪神技ノ甲!」
業の発動方向を下にし、空気砲の反動でぴょんと茨を飛び越えた。今までのランダム技とは打って変わってこりゃとても使いやすい。なんたって、僕の意思で業を使えるのだから。
すると、花之木は顔を真っ青にして逃げ道なんて一切ない東京記念タワーの中へ逃げ込んだ。
「あんにゃろう!まだ諦めねえのか!」
僕はタワーの中は休日ということもあって観光客や遊びに来た一般人が多い。この中で好き勝手業を使って暴れたら関係ない人が怪我をする可能性もある。きっと、花之木はそれを見越してこの中に入ったんだ。必死に走ったが、押しくら饅頭状態で土産物屋が並ぶ中彼女を見失ってしまった。
「クソッ…どこ行きやがった花之きっ…!痛えっ!」
先日丙のアンドロイドにつけられた傷も完全には癒えてなく、走ったりカッとなったせいか、おでこの古傷が開き座り込んでしまった。血が床にポタポタと垂れてすうっと1つの赤い線が僕へと向かってくる。
すると、子供の声が僕の背後から語りかけてきた。
「おい、そこの金髪。君が何者かは知らないがあまり深追いはするな」
知らない少年に呼びかけられたのかと思ったら、びっくり仰天。土産物店の回転ラックに吊るされていたマスコットキーホルダーが喋っていたのだ。
最初は僕がおかしくなっちまったのかと思って腰が抜けるほど驚いてしまった。謎の男の幻聴やレイが怒ってくる幻覚だって見えるし、最近の僕はどこかイカれている。
「ビックリした…。てめえこそ何者だ!もしかして、僕に最近語りかけてくる”あの男”か?」
「…ん?あの男?私が”あの男”とやらに該当するかどうかは分からん。だがな、あの花之木とかいう少女を追ってお前が得をすることはない」
「知らねえてめえの言う事なんて聞くもんか!花之木を一発殴りてえんだよ!あいつ、人間を殺そうとしたんだぞ!許せるわけねーだろ!」
「―――お前のような年端も行かぬ子供が傷つくことのほうが私としても見過ごせないんだっ!」
「な、何だと…。んなもん知らねーよ!お前みたいなマスコットに説教されて…。またどうせ幻覚か何かなんだろ!」
「ふんっ、こっちは心配して忠告したというのに…。もう知らん。そこまで言うんだったら勝手にしろ」
すると、マスコットは魂が抜けたようにゆらゆらと揺れるただの土産物に戻っていた。
僕は立ち上がって、居なくなった花之木を探した。
「すみません。通してください。…通してくれっ」
あいつが何であのおっさんを刺そうとしたのかは分からないが、こんな人が大勢いる中で暴れ出したら僕も手に負えない。
すると、前方にフードを深く被った花之木を発見した。
「―――――おい!花之木!てめえ逃げてばっかりしてねえでこっちこいや!ガチで勝負してやるよ」
彼女はこちら側を凝視し唸りながら記念タワーの外へ出た。
「花之木!待ちやがれ!」
「ミナト。邪魔しないでって言ったよね。これで2回目だよ。それでも邪魔するんだったらどうなるか…分かるよね?」
「んなもん知らねーよ。やなこった!じゃあ遠慮なくいかせてもらうぜ。――――――――ガイア!空歪神技ノ甲!」
花之木は種を撒いて巨大な蔦を正面から繰り出した。空歪神技ノ甲に打ち勝ってそのまま僕を拘束する気だ。勝っても負けてもこれで最後、彼女の強い覚悟が垣間見える。
「くっ…この空気砲…なんて強い力なの…」
花之木は空歪神技ノ甲の勢いに絶えられず悶え苦しむ。
だが、彼女はここが辛抱所だと歯を食いしばりぐっと力を入れた。蔦は地面から栄養を吸収したのかもっと大きく、怪物の手のように変わり果てた。もはや僕が手に負える代物ではない。
しかし、僕だってここで諦めきれるか。
「いっけええええええええええええええっ!」
「―――――はっ…私の蔦が…。―――いやああああああああああああああ!」
よし、勝った。空歪神技ノ甲は蔦を粉々にしその先にいた花之木は断末魔を上げながら飛ばされた。今度はコンクリートの道の上だったから打ち所が悪く、頭からは血を垂らして意識は朦朧とした様子だった。
「無様だな。花之木。てめえは、僕に勝てねえよ…」
花之木はヨロヨロと震えながら立ったが、何も答えようとしない。空を覆う灰色の雲が流れるだけだ。
「何か言ったらどうなんだよ!見損なったぞ、花之木。僕を今までずっと騙していたのか…!?」
「違う…!」
「何が違うんだ!てめえ、人を傷つけようとしたんだぞ!自分がやろうとしたこと分かってんのか!?」
「私だってこんな事したくない!ミナトには、信頼できて、助けてくれる大人が…沢山いるじゃない!だから話したって分かんないよ!」
「⋯てめぇ!何が言いたいんだ…!」
丙のアンドロイドと戦った時の古傷の血が僕の口に入り込んだので下を俯いて舐めた。そして顔を上げたころ、彼女は涙を流していた。
その涙が目に映った瞬間、1人で熱くなっていた僕は我に返って全てを察した。すると、空に浮かぶ厚い雲がのっそりと動いて大粒の雨が1つ2つ、ポツポツと降ってきた。
「花之木…何があったんだ…。聞かせてくれ」




