第25話 和泉牛斗
レイは僕を気遣ってか、あの後一度も花之木の話題を出さなかった。
「せっかくなんだから、顔上げてさ、楽しもうよ」
どうやら僕は自分が思っているより顔に出やすいタイプらしい。
「でも、花之木が…」
「ミナトが心配なのは分かるけど大丈夫だよ。警察省も捜査してるから大丈夫」
レイの口にした大丈夫って言葉が嫌いだ。そんな保証誰もできやしないのに無責任だからだ。花之木が無事でひょっこり現れて怪我もなく保護されたらそれで終わりでいいさ。だけど、花之木に危害を加えられていたら、もし死んでいたらこの言葉は何のためにあるんだろうと思う。
「はい!じゃあ、この話はここで終わり!ミナト、行きたい所とかこれ食べたいとかある?今日は特別にー、何でもいいよ!」
「あんま、ないかも」
数日前まではあったはずだった。ここに行きたいとか、これ食べたいとか、専属能力者になったことを皆に自慢したいとか、毎日毎日考えていたのに花之木のことを考え出すとどうでも良くなって何も思い浮かばなくなる。
「そっか。じゃあ、俺の行きたいところ行ってもいい?」
僕はレイの提案に小さく頷いた。
レイの運転に身を任せ到着したのは、赤と白のコントラストが美しい電波塔、東京記念タワーだった。高さ300メートル以上を誇り、258ブロックの中では1番高い建物だ。多くの人が東京といえばまっ先に思い浮かぶ建物であり、皆揃って首を上げるだろう。4つの足を地面につけ東京のど真ん中に堂々と佇むその姿を見ると元気をもらえるかもしれない。
レイの本当の目的地は記念タワーではないらしく、道路を隔てた前のある公園へ向かった。そこには軍服を着て髭を蓄えた和泉牛斗の銅像が偉そうに立っていた。和泉牛斗、その名を呼べば誰もが自然と頭を下げる。この爺さんは1000年前に統合政府を設立し、全人類の夢だった世界統一を叶えた。簡単のいえば、初代統合政府最高顧問である。
和泉はどんなバカや幼稚園生でも知っているほど偉大な人物だ。歴史の授業では何度も出てくる名前だし、1万リョウ札には今も和泉の肖像画が使用されている。そんな和泉を神として玄関に祀っている家も珍しくない。
ここまでいくと新興宗教の信者と変わらないような気もするが、人の趣味にどうこう口出しするのもおかしい話だ。そう。何故和泉の銅像なんかがここにあるかっていうと、港区は彼とゆかりのある地だからだ。和泉の生家があり、そんな大層な家ではないがそれ見たさに海を渡ってやってくる観光客も多い。
ちなみに、最近巷で「和泉牛斗の大予言」という物騒なものが流行っている。大予言たって大したものじゃない。統合政府設立から1000年後、つまり東暦999年の今年、恐怖の大王ゲーが汚い欲にまみれた人間達に復讐するため天から舞い降りてくるというごくありふれた外れる予言だ。ここ10年の不景気に加えて犯罪に宗教問題、貧困、そして長年悩まされ解決の糸口が見えないアンドロイド問題。この退廃的でモノクロな世間を茶化すかのようにメディアが連日騒ぎ立てているが、和泉が本当にそう言っていたかは分からないし後世の人間が勝手に作った話だと僕は考えている。だが、こんなエセスピリチュアルな話を真に受ける間抜けも世の中にはたくさんいるもので、ゲーの正体は新人類とか宇宙人だとか神だとか騒ぎ立てて、それを恐れて仕事を辞めたり学校に行かないヤツもいるらしい。隕石落下、世界滅亡に宇宙人の侵攻。想像するだけなら面白いが、たかが一人の人間の予言、現実味はまったくない。
1000年前に生きていた人間ごときが僕達をひっかきまわしやがってと、噛み終え味のなくなったガムをこの像の額にでもくっつけてやりたい気分だった。
すると、和泉牛斗の銅像を見上げている青年が一人薄っすらと現れた。
ギュスターブ・モローの『ソドムの天使』のような、天使というより幽霊の方が近いだろう不思議な青年だった。
目が淀んでいる。
彼は僕と視線が合うと、両手の細くて今にも折れてしまいそうな長い指をゆっくり開いた。
「―――――10個?」
そして、彼は不気味に笑っていたような気がした。
「おい、ミナト!こっちこっち」
レイの呼びかけに反応すると、あの青年は朧気な靄のように綺麗さっぱり消えていた。
公園を横切ってその隣りにある増上寺に到着した。お寺の裏手にある墓へ向かうとその周りを囲うようにツツジが咲いていた。その光景を見て、そうか、もう5月かと時の流れの速さに気づかされた。
1か月ほど前にかくかくしかじかで能力者になって、もうツツジが見頃の時期。もう少しすれば紫陽花の見頃になるのだろう。時の流れというものは本当に速い。
レイは奥にあった小さい墓の前にしゃがむと近くの花屋で買った花束を置いた。
「…すまない。最近は仕事が忙しくて中々来れてなかった。一人で寂しかっただろ」
随分と長い間雨風にさらされ続け墓の文字は読めなくなってしまっていた。
「お墓…か?」
「ああ。俺の…大切な人の墓だ。こいつのことを知っている人間は皆死んでいったから、もう俺しかこいつのことを覚えていないだ。…だからこそ俺だけはいつまでも覚えておこうって思って。ここに来ると、その決意を思い出させてくれる」
「そっか。この人、レイにとってどんな人だったの?」
「さぁ、何て言えばいいのかな…人間との関係性の定義って難しくて言葉に出来ないよ。ただ、強い絆で結ばれている…かな」
強い絆、か。そう自信をもって言える関係性の人物が短い人生のうちに何人出来るんだろう。何十人、何百人もいらないか。1人できれば勝ちなんじゃないんだろうか。僕はそう思った。
すると、しゃがんだまま手を合わせたレイは小声で何かを呟いた。
「…てけよ…」
「ん?」
声が小さすぎて聞き取れなかったので僕は訊き返した。
「―――――――俺は、出てけって言ったんだっ!」
彼は振り返り僕に怒鳴り散らした。強い衝撃、その怒声にツツジの花や木々が揺れた。
「ええっ!?ちょっと、いきなりなんだよ!出てけって!」
普段のおっとりしている彼からは想像もつかないような形相で吠えてきた。出てけって言われた出る場所がどこにもないじゃないか。訳も分からずいきなり怒鳴られてこっちも溜まったもんじゃない。
すると、レイは少し引いた顔でこう言った。
「はあ?ミナトこそどうしたんだよ。今日のお前ちょっとおかしいぞ?」
――――――僕は、見えないものが見えている。




