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あんなに周囲を牽制しておいたし、一応はギルバートにも話は通しておいた。
なのに、婚約?
クリスティナは予想外だ、と焦りを見せた。
それを見たセシルは「ひでー顔してんな」と言う。それに対して「うるさい」と小さな声で言い放つ。その声はいつもより些か低く少女というよりは少年の声に聞こえる。
金色の髪が月光に照らされて、その美貌と相俟って絵画のようだ。細く真っ直ぐな髪を後ろで縛り、ドレスを脱いだ下から現れた肢体はすらりとして無駄がない。しかし、女性らしい柔らかさもまた、そこにはなかった。
そこにあったのは美しい一人の少年の姿。
彼は忌々しげな表情で女性用の寝衣を身に纏う。
「クリス?」
震えるような声でカーテンの外から声をかけてくる少女の声に、彼は急いで微笑みを作った。
「どうしたの?」
“フィー”、と彼女を愛称で呼んでカーテンを開くと、枕を抱えるフィーネがいた。
「そちらに行っても良い?」
少しだけ不安そうな彼女の顔にクリスは苦笑して頷く。
初めは風の強い夜や雷の晩だけだったが、今は不安なことや怖いことがあった時などにもこうやって顔を出す。
不安そうな表情の彼女を招き入れると、ホッとしたような顔をクリスティナに向けた。
外見が幼く見えるために軽視されるが、フィーネという少女の外見は整っている。そのせいで妙な人間を呼び寄せてしまうのかもしれない。確かに甘えたがりな性格ではあるが、きちんと向き合ってみれば努力もできる少女だ。甘やかな声で名前を呼ばれれば、力になってあげたいと思ってしまう。
自分だけのものになればいいのに。
子供じみた独占欲が頭を占める。
気がつけば、彼はフィーネを抱き寄せていた。焦ってフィーネを見ると赤い顔で恥ずかしそうに俯く姿がある。
知らずに喉が鳴る。
恥ずかしげに上目遣いで見られれば我慢が出来なかった。
そっと触れるように重なった唇と大きく見開かれたフィーネの瞳。二人の姿を月が照らす。
そして、彼女はキャパシティを超えたのか気絶する様に倒れた。
その翌日の早朝のことだった。エリィと名乗る従者が母からの呼び出しがあるとクリスティナを連れて行った。クリスティナのベッドで眠るフィーネを心配そうに見つめて、書き置きだけ残す。
彼はその従者の案内するがままに馬車へと乗り込んだ。
その馬車は王城の裏通路へと止まり、彼らは本来の姿に着替えてから呼び出しの場へと向かった。
部屋には陽光が差し込んで彼女の美しい髪が光を纏うようにキラキラと輝く。面立ちは柔らかく、クリスティナに瓜二つだった。アクアマリンのような瞳が正装のクリスティナに向けられる。
「よく来ましたね、クリストファー」
本来の名前を呼ばれたクリスティナ──第三王子クリストファー・リディアは母であるこの国の王妃に礼を取り、決められたように挨拶をして見せた。
そもそも、婚約者と仲の良くない兄が父と同じ愚行を行わないようにと彼は女装までして学院に入ることになった。流石に男としてでは兄にバレるためだ。
フィーネと同じ部屋になったのはどうにかしてグレイヴ公爵家を引き入れたい母の思惑があったように思えてならないが、それはクリストファーの関与できないところの話だ。
「お話があると伺ったのですが」
「そうです!」
珍しく少女のようにはしゃぐ母親に内心で舌打ちをする。
「グレイヴ公爵家から娘をあなたの妃にする承諾を得ましたよ」
「……は?」
どういうことだと思考が止まる。
「ついては、サマーパーティー用のドレスをクリスの瞳の色で、あなたの名で王家より送っておきました。エスコートをしっかりとするのですよ」
カチリと歯車がハマったような音がした。
そのまま生返事をした彼は退室が許されると同時に自分の部屋に駆け込んだ。
その後ろにきっちりついて行ったエリィと名乗っていた少年はしっかり施錠をしながら主人がかけた防音魔法の上からさらに防音の魔法をかけ直していた。クリストファーにしては珍しく穴が目立つものだったので。
「やらかした!!」
その叫びが指すのは昨晩の出来事。
まさか自分がもう婚約の内定をもらっているなんて知らなかった。
「だって親が勝手に自分の名前でドレスを贈るとか誰が想像するんだよ!!やばい。フィーが好きなのは僕であって僕じゃない。しかもしれっと正体を晒せば僕もあの変態たちと同じにされる!!」
実際に今の状況がまずいということに関してはずっと訴えてきた。
部屋割りの責任は彼にはないが、それをフィーネに信じてもらえる自信はない。そして、彼女がクリスティナに心を移しているのは彼には分かっていた。けれど、クリスティナが好きなのであってクリストファーは会ったことのない第三王子だ。
「せめてドレスを贈る前に相談してよ母上!!」
泣き言を言うクリストファーにエリィ──エドワルド・ターナーは冷静に「落ち着いてください」と告げた。
「フィーネ嬢に嫌われる心配よりも、もっとしなくてはいけない心配があります」
その言葉に彼はぴたりと止まった。
ギルバードには一応、公務で行った学院で一目惚れをしたという説明になっている。実際にその理由を作るためだけに入学した頃に一回クリストファーとして学院に赴いた。
だが、それが彼女が学院に入ってからずっと同じ部屋で生活しているなどと知られた暁には。キスまでしてしまったと判明した暁にはどうなるか。
そういった諸々のことを心配していたエドワルドだったが、クリストファーは好きな女の子に嫌われたらどうしようというところで頭がいっぱいだった。




