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三十一話 「一大イベントは、波乱の幕開けでした」


 さぁ、等々やってまいりました学園祭当日!

 正門から校舎まで続く、露店の数々。 焼きそば、たこ焼き、パンケーキなどなど。

 何時もは、関係者以外は立ち寄れない学園も、今日は両手を上げ様々な人を招きいれる。

 校舎まで続く道には、コスプレをしてチラシを配っている生徒や様々アピール方法で客引きをしている生徒、皆が今年のクラス一位の座を勝ち取ろうと張り切っている様子だ。

 そして、僕のクラスも勿論優勝を狙って燃えている。



「良いわね! 狙うは売上一位の座のみよ!」


 裁縫部部長、柑奈さんが今まで一の声量で皆に圧をかける。

 全ての準備を終え、着替えも済ませた僕達二年一組は、只今教室の真ん中で円陣を組んでいます。




「三年には、霧島兄と七瀬兄が居るが恐れることはない! 此方にだって七瀬千紘という兵器が・・・そして、いざとなれば前野先生という隠し爆弾も所持している!」

「いや、待て。 僕の存在は何処にいった」

「お前は駄目だ。 使えない」

「うわぁ、死ぬほど失礼」

「兎に角! 七瀬千紘と前野先生が居る限り、俺達のクラスは負けない!」

「千紘君に全て委ねて、今年こそ優勝するわよ!」

「二年一組いぃぃぃ!!!ファイトオォォ!!」


「「「おおおぉぉ!!!」」」




 一致団結した声が教室に響き渡る。

 女装した男子数名と執事服の男達、そして二年生の中でもトップクラスの美女が集まる、我がクラスの女子のメイド姿。

 これだけでも、三年の兄ちゃん達のクラスに対抗するには中々の手札に思う。



 だが、



 だが、我々のクラスの手札はそれだけではない!!

 




 ドロウ! メイド千紘を召喚!!




「どうして俺までメイド服なんだよ!」

「千紘、最高に似合ってるぞ。 今日のお前は一段と輝いてる!」

「そんな誉め言葉嬉しくない!!」




 膝より少し上位という、なかなか攻めた丈のスカートの裾を引っ張りながら、頬を赤らめ、怒る千紘だが、メイド服という魔法のアイテムのせいだろうか。

 全く、一切、怖くない。

 何なら、今この状況すら何かのプレイなのでは?と思ってしまう程、そそられる何かがある。




「まぁ、受け入れろ。 これもクラス優勝の為だ」

「凛も着れば良いのに……」

「勘弁してくれ。 メスゴリラが一匹増えても、それは戦力外にしかならない。 それに…正直、僕はモテたいから、メイド服は無理だ」

「真顔で言い切るあたり、流石だね」




 落ち込む千紘の肩をポンポンと叩き、慰めながら僕は考えていた。

 絶対に執事服を着ていればモテていたであろう千紘が、今は美少女へと変身している。

 この状況なら、クラス一のイケメンの座は、今現在進行形で僕と言っても過言ではないのでは?!

 と言う事はだ。 夢にまでみたモテモテの学園生活が今日実現する可能性が…ある!

 あわよくば、他校の女子ともお近づきになれたりして!!

 何なら、彼女だって出来るかも?!




 考えれば考える程、浮かび上がってくる己の欲。

 最強の敵が居なくなった今、売上一位の座も勿論大切には思っているが、人生初の彼女が出来るかもしれないという、この大チャンスに胸が高鳴る。




「凛。ニヤニヤして、何考えてるの」

「へ? いや?別に……」

「ちゃんと働かないと本気で怒るからね」

「あれ……千紘さん、少し不機嫌気味ですか?」

「少しじゃないけど」

「……さいですか」




 とまぁ、不機嫌な千紘のことは置いておいて、僕はこの学園祭という一大イベントで二つのミッションを達成する!



一つ『人生初の恋人を作ること!』

二つ『千紘が選ぶ、運命の相手を見届けること!』だ。




 これまでの学園生活を振り返っても、結局最後まで誰が千紘の相手になるのか分からなかった。

 僕的には、やっぱり推しカプの”前野×千紘”が実現して欲しいと思ってしまうのだが、何となく可能性は低いように感じる。

 何だろう、信憑性のある何かがある訳じゃないけれど、腐男子の勘というやつだろうか。

 本人に聞いてないから絶対とは言い切れないけれど……。

 まぁ、僕がこんなに考えた所で、結局それら全てを決めるのは主人公である千紘。

 僕はモブとして、彼の選択を静かに見守るしかない。

 だって抵抗したって、もう時間ないし。 今更、変えようがないし。

 出来る事は、やってきたつもりだし。 一応。

 



「ちょっと、凛。 自分の世界に入ってないで、早く行くよ。 お客さんが来てる」

「……ん? あ、おけおけ!!」

「大丈夫? 体調でも悪い?」

「いや、全然大丈夫! 今日は忙しくなるけど、千紘も無理すんなよ!」

「ありがとう。 凛は、一生懸命働いてね。 死ぬ気で」

「あれ、凄い冷たい笑顔で、めちゃくちゃ冷たいこと言うじゃん。こわ」





####


「ちょっと待て。 話が違うぞ」



 これはどういうことだろうか。

 メイド服を着て、女子の恰好をしているであろう七瀬千紘が、何故か他校の女子に囲まれ、僕の目の前でハーレムを作り上げている。

 僕が作るはずだった夢の空間を、メイド服の千紘が……




「千紘君、凄い可愛い! お肌もきれー!!」

「目も真ん丸で可愛い!」

「そうかな? ありがとうございます、お嬢様」


「「「きゃぁぁああ!!」」」




 いや、意味わからんだろ。

 何で、執事服の僕ら男性陣よりも、メイド服の千紘の方がモテてるんだよ!

 確かに可愛い! 学年上位クラスの女子と顔面偏差値を競ったとしても千紘は負けない位可愛い!

 というか、勝ってる!!

 流石主人公! 流石天使! 神が作り出した芸術品なだけある!

 けれど、今は女の姿では無いか! 可愛いと言われ写真を強要される所までは目を瞑ろう。

 だが、

 だが!! どうして連絡先交換まで迫られているんだ!

 僕何て、この学園祭が始まって三時間が経過した今現在、誰からも聞かれていない。

 何なら、僕を指名してくれた女の子から



『あの…少し聞きたいことがあって……』

『どうされましたか、お嬢様』

『あそこのメイドさんの連絡先って教えて貰えたりしますか?!』

『へ?』



 と、僕では無く、千紘の連絡先を聞かれるという屈辱を味わった。

 これじゃあ、彼女が出来る何処か、出会いすら無く終わりそうだ。

 期待を胸に挑んだ学園祭なのに、早速心が折れそうになる状況で僕は、千紘が接客をしている姿を見ながら重い溜息をついた。

 主人公はどんな姿をしていても無敵なのか。 クソ! 世の中は何て理不尽なんだ!




「すみません。注文いいですか」

「あ、はい!」




 後ろからそんな声が聞こえ、僕は完璧な笑顔を作り振り返った。

  



「ゲッ」

「霧島君。 執事服、大変似合っていますね」




 一人で席に座り、頬杖を付きながら僕を見上げる男を見て、僕の顔から笑顔が消える。




「須王さん……」

「注文をしたいのですが、此処は執事&メイド喫茶ですよね? コンセプトに沿った接客をお願いしても宜しいでしょうか? 霧島君」

「いや、貴方が何時も見てる執事やメイドさんとレベル全然違うんで。 そんな事、分かってるんで。 毎日、最上級のレベルを見ている人にコンセプト通りの接客出来る程、僕のメンタルは鋼じゃないです」

「はぁ……。 千紘君を見習ったらどうですか?」

「……」





 他校の学校の出し物を見に来る事も意外だったが、それ以上にこの人が千紘の前に一人で現れた事に何よりも驚いている。

 




「ご主人様、ご注文は如何されますか」

「凄く真顔の棒読みですね、七瀬さん。 取り敢えず笑わないと、後でお仕置きしますよ?」

「周りに聞こえない声量でとんでもないこと言うの止めて貰っていいですか。 怖いです」

「何のことでしょうか?」




 この人は一体何をしに来たのだろうか。

 千紘に会いに来たのなら、接客も千紘に頼めばいいのに。

 敢えて僕に声をかけた所を見るに、自分では言う事すら出来なかったのか。

 須王家のお坊ちゃんが聞いて呆れる。




「今、凄く失礼なこと考えてますよね」

「ソンナ。メッソウモナイ」





 「良いから注文を取って下さい」とメニュー表を見ながら言ってくる須王さん。

 今日は千紘が運命の相手を決める踏ん切りの時。

 きっと須王さんも、色々な思いを持って此処に来たに違いない。

 望んでいるカップリングでは無いし、僕としては須王さんと千紘を近づけるのは絶対にない!という気持ちではいるが‥…




「千紘ー! 僕、向こうのテーブル片付けるから、須王さんの注文聞いといて貰っていい?」

「ん? 分かった、いいよ!」

「ありがとう!」




 少しくらい、良い思い出をプレゼントしてあげても良いだろう。



 僕の突然の情けに驚いた様子の須王さんは、口を半開きにして固まった。

 けれど、直ぐに元の状態に戻り、僕を見上げる。

 何を考えているのか読み取れない眼差しが僕に向けられ、一瞬戸惑う。




「何ですか」

「どうして彼を呼んだんです?」

「お目当ては千紘でしょ? 僕の優しさに感謝して下さいよね」

「……。そうか……、そうだった…」





 口元に手を当て、考える仕草を見せる須王さん。

 何か言っている気がしたが、周りの音で声がかき消され、聞こえなかった。

 まぁ、どうせ対したことじゃないだろう。




「それじゃ、すぐに千紘が来てくれると思うので、少し待ってて下さい」

「……。 霧島君、少し屈んで貰ってもいいですか?」

「え、嫌ですけど」

「……」




 金持ち特有の笑顔と無言の圧が僕に容赦なく熨しかかる。

 これだから、金持ちは!

 何でも自分の思い通りになると思うなよ!と心の中で言いながら、既に足元に跪いてしまっている己の弱さといったらない。





「少し耳元失礼します」





 右手が頬に添えられ、整った顔との距離が急に近くなる。

 ヤバイ、ヤバイ、顔面が強い!!

 というか、めちゃくちゃいい匂いするぞ?! 他のキャラとは違う……これは、薔薇の香りか!

 似合っている。 須王秀哉という男にお似合いの香りではないか!




「凛、休憩時間になったら俺に連絡しろ」

「え…! 絶対にいや…って痛い痛い! 耳を引っ張らないで!」

「拒否権があると思ってるのか? 学園祭役員は生徒会長に従順でないといけない。 そうだろ?」

「うわぁ、脅迫したよ。この人……」



 というか、この人は僕と学園祭を回るつもりか?

 千紘ではなく、僕と?



「あ、それと。七瀬千紘も連れて来い。 そして、お前は頃合いを見て姿をくらませろ。 確かめたいことがある」




 はい、きたぁぁああ!! 本命そこだったぁぁああ!!

 結局、僕は使い捨ての駒ですか! そうですか!

 いいですよ!別に! ちょっと顔が良いからって、何でも思い通りになると思いやがって!




「千紘に伝言として伝えてあげることは出来ますけど、一緒に周るのは無理です!」

「なぜ?」




 意外な回答だったのだろうか、少し驚いた表情をする須王さん。

 いや、何でだよ。

 断られるっていう選択しも考えとけよ。



 僕は懐からスマホを取り出し、須王さんに見せる。

 そのディスプレイに表示されているのは、なんと! 隣のクラスの女子から「学園祭一緒に周らない?」という夢のようなメールだ。




「僕には大事な用事があるんです! 其方はお一人で頑張って下さい! では!!」

「まぁ、そんなに焦らず」

「グヘッ! 首、首が絞まる!!!」





 立ち去ろうと屈んだ状態で背を向けた僕だけど、須王さんに容赦なく首根っこを掴まれ、逃げる事を阻止される。

 お金持ちの坊ちゃんのクセに、千紘を口説くぐらい自分で出来ないのか!

 ガツンッと言ってやろうと、振り返ると思っていたよりも近い距離にあった須王さんの顔に驚き、固まる。

 合った目は、何故だか少し寂しそうに見えて、僕は言葉を失った。





「俺よりも、その女の方が優先なんだな」

「え?」

「俺に誘われるよりも嬉しいのか? お前は俺よりも……ソイツが好きなのか…?」





 質問の意図が理解できない。

 何か返さなきゃって思うのに言葉が出てこず、向かい合った状態で固まる。


 するとそこに、




「何してるの?凛」

「ッ?! ち、千紘! な、何でもない!!」

「霧島君が躓いて倒れてしまったので、手を貸していた所です」

「そうなの?! 大丈夫? 怪我とかしてない?」

「だ、大丈夫大丈夫! 僕、向こうの片付け行ってくるわ!」

「気を付けてね!」





 ドクンドクンと心臓の音が煩い。

 心臓の動きに合わせて血の巡りも早くなっているかのように、体が熱い。 特に、須王さんに触れられた頬が……。

 


 あれか!

 やっぱりイケメンからファンサービスを貰うと、男であっても高揚するものなんだ!

 それに、相手は攻略対象である須王秀哉だ。

 男であっても、あの距離であんな事を言われたら照れないはずがない!



 

 お客さんの居ないテーブルに着き、片づけをしながら考える。

 でも、いくら考えても、さっき投げかけられた質問の意図がどうしても理解できない。

 それに……あんな表情で僕を見ていた理由も……。

 頬に添えられていた手が微かに震えていたことだって……。



 聞きたことは沢山ある。

 けれど、その後から須王さんと話をするタイミングもなく、僕は何一つ解決出来ないまま、その背中を遠くで見送るしか出来なかった。





####



「等々、この時がやってきた」




 満天の星空が輝く空の下で、教員が準備したであろうキャンプファイヤ―が燃えている。

 その周りを囲う様に、男女が手を取り合ってダンスを踊っている。

 漫画でよく見る、後夜祭の風景がそこにはあった。

 僕はというと、真っ暗な校舎に入り、自分のクラスである二年一組の教室でそれを眺めている。

 


 どうして僕が此処に居るかと言うと、理由は二つ。

 一つ目は、僕達のクラスは予想以上の賑わいをみせ、結局休憩時間を与えられず、一日働かされてしまったことで、体の疲労がピークに達しているから。

 そして二つ目が、この後、各所定位置で行われるであろう、最大イベント千紘の分岐点選択に立ちあう為だ!!



 霧島裕斗、三年一組教室。

 七瀬秋、体育館。

 前野拓海、数学準備室。

 須王秀哉、生徒会室。

 桜田誠、屋上。

 不知火太陽、裏庭。



 とまぁ、それぞれの場所はこんな感じになっている。

 僕としては、やはり推しカプの様子を見たいという気持ちが大きい。

 だが、どうなるか分からない今、何処にだって駆け付けられるよう、校舎の中で待機している方がいいと思った僕は、自分の教室でのんびり寛いでいる。

 一人キャンプファイヤーを眺めながら、予定時間を待つというのも案外悪くない。




 ただ今の時間は、十九時ジャスト。

 あと十分後には、最大のイベントが開始される。

 わくわくドキドキでならん! 取り敢えず、最初に数学準備室を回ってから、他の所に駆け足で向かう事にしよう。 秋兄には悪いが、体育館は一番最後だ。

 流石に遠い。




 スマホで時間を確認し、そろそろ頃合いだと思った僕は出発する。

 聖地巡礼とイベント遭遇という二つの楽しみ方をしながら、歩き慣れた校舎を少し駆け足で進んで行くと、胸ポケットに入れていたスマホが鳴る。

 こんな時に一体誰だよ!? 

 溜息を付きながら名前だけ確認しようとスマホを見ると”七瀬千紘”の文字が。

 いや、何故?




「もしもし?」

『凛、今どこにいる?』

「今は…僕達の教室がある階の廊下を歩いてる所だけど…何だよ、突然」

『あ、いたいた。 ねぇ、そのまま後ろ向いてくれない?』



 

 電話越しに聞く千紘の声は、何処か強張っているようにも聞こえる。

 よく分からないが、取り敢えず指示に従って振り返ると、制服に着替えた千紘が、少し離れた所に居て、此方に手を振っている。

 なんだ、この状況。

 よく分からないまま、それに答えるように僕も手を振る。




「何してんだ? 用事があるなら僕がそっち行くけど……」

『動かないで! そこで話聞いて欲しいんだ』

「はぁ……?」




 わざわざ電話で話すこともないのに。

 そう思ったけれど、人生の大きな選択を強いられているせいで、一人では抱えられなくなったのかも知れない。

 電話越しに聞こえる千紘の呼吸。

 僕は急かすこともせず、千紘が口を開くのを静かに待った。




『あのさ、凛』

「ん?」

『この前、俺が聞いたじゃない? これからも俺に幼馴染で居て欲しいかって』




 そう言えば、そんなことを聞かれた気がするな。

 あの時は意味が分からなくて、まともに返して無かったけど。




「聞いてたな、覚えてるよ」

『凛の望む普通の幼馴染って、どんなものかな』

「…は? どんなものって、俺と千紘みたいな関係じゃないの?」

『そうだね……。そう。』





 一体どうしてしまったんだろう。

 時間を確認すると、とうにイベント予定時間を過ぎてしまっていることに気が付く。

 おいおい、主人公!

 こんな所で道草くってる場合じゃないだろ!

 何を悩んでいるんだか知らないが、取り敢えず早く本題話して、王子様の元に行って来いよ!





「千紘、どうしたんだよ。 大丈夫か?」

『うん、大丈夫。 ごめんね、突然。 …あのさ、凛」

「ん?」

『俺、もう凛の傍には居られない。』





 突然主人公から放たれた一言に、僕の思考は停止する。

 ん? 何て言った?

 凛の傍には居られない? 待て待て待て、え! 攻略対象と結ばれるって、友達関係にも亀裂入るパターンだったん?!

 もしかして、あれか! 

 僕が攻略対象達と仲良くし過ぎたせいで、何時の間にか千紘の地雷を踏んでいたのか! そういうことか!

 だが、友達解消されてしまったから、これから君が選んだフィアンセと歩であろう、セカンドストリーを拝むことが出来なくなってしまうじゃないか! 

 嫌だ! それだけは!!




「ちょ、ちょっと待って! 一回落ち着こう。な?」

『俺は落ち着いてるよ。 もう、幼馴染や親友として凛の傍に居られそうにないんだ』

「待ってくれ! 本当に待って! え、僕、もしかして千紘に嫌われる様なことした?! したなら謝る! 直すから! 取り敢えず待って!」

『凛は何も悪くないよ。 悪いのは全部俺だから……ごめん』

「ちょッ!!」






 僕の制止の言葉を聞かぬまま、千紘は電話を切り走り去ってしまった。

 最初から開いていた距離と言う名のハンデのせいで、今から追いかけても追いつく見込みもない。

 引き留めようとして伸ばした右手が虚しく宙を掴む。

 機械越しに聞こえた千紘の『ごめん』の一言が耳に残って離れない。

 一体、何がどうなって、こんなことになったんだ。

 




「てか、千紘泣いてた?」




 

 切れたスマホを見ながら、一人になった廊下で千紘が先程まで居た場所に、もう一度視線を投げる。

 電話越しで聞こえた気がした鼻をすする音。 

 泣いてたなら、親友として慰めてやらないとだし、ちゃんと話聞いてやらないと。 

 



 やっぱり追いかけた方が良い気がした僕は、千紘が走り去った方へと駆け足で進みだす。

 様子も気になるし、どうして突然あんな事を言い出したのかも聞きたい。

 やっぱり理由を聞かないままって言うのも気持ち悪いし。

 何よりも、何時もと様子が違っていたことが何よりも気になる。




 走り出した僕は、階段を駆け下りて手当り次第に教室を見て行く。

 何度も電話をかけてみるけれど、電源を切っているのか、よく聞くAI風のアナウンスが流れるだけで一行に繋がらない。




「クソッ!」





 一階を全て見ても姿はなく、二階もくまなく見て、今度は三階への階段を駆け上がる。

 上がる息、伝う汗、心拍素も上昇。

 僕の予定では、推しカプ誕生を見たことで、この症状が発症するはずだったんだけど、まさか後夜祭という一大イベントで、僕にまでこんな最悪な”分岐点”が用意されるなんて!!




 階段を上がりきり、見覚えのある場所に辿り着く。

 数学準備室と書かれた場所。 僕が今日来る予定だった目的地。




「千紘……」




 その場所には、僕が今まで望んでいた光景あった。

 千紘を強く、優しく抱きしめる前野先生。 

 これはゲームでも見た推しカプの誕生シーン、イベントの際のスチルじゃないか。

 両手を広げて喜ぶべき光景だと分かっている。 ずっと待ちわびていた光景なんだから。

 何時もの僕なら、心の中の一眼レフを登場させ、記録しようとしただろうし、何なら今、手元にあるスマホで記念写真も撮っていたに違いない。

 なのに、何故か胸の辺りが抉られたように痛み、それと同時に頭に血が上る。

 



 オタクとして、モブとして、こんなことはしてはいけない。 

 頭では分かっているのに、僕は自分の体を理性で制御することが出来ず、気が付けば二人を引き剥がし、驚いて固まる千紘と向かい合った瞬間、その流れで頬を力強く叩いていた。

 乾いた音が廊下に響く。

 湧き上がる怒気は、それだけでは収まりきるはずもない。

 当たり所の無い感情を如何にかしたくて、ジリジリと痛む掌で拳を作り、力一杯壁を殴った。

 叩かれた頬を抑えながら目を丸くしている千紘と目が合う。

 驚いているのか、怯えているのか分からない瞳と視線が交差する。





「恋人が出来たら、僕は要らないってことかよ」

「り、凛……」

「あんな電話一本で、理由も言わないで、勝手に突き放しておいて、最後がこれか!! お前にとって僕は、その程度の価値だったって訳かよ!」

「ち、違うよ…これは」

「なんだよ、これ……。 もういい。 もう分かった。 お前が言ったんだ、僕は必要ないって…」

「必要ない何て言ってない!」

「同じだろ!!僕の傍に居られないって、僕の事要らなくなったって事だろ!! マジでムカつく」

「違うよ凛! 話を聞いて!待ってよ!!」

「心配しなくても、今日の事、別に誰かに言ったりしないから安心しろよ。 じゃあな”七瀬”」

「ッ!! 凛、待ってってば!」






 早口で言葉を連ねた後、早々とその場から離れようとした僕の腕を千紘が掴む。

 何でお前が傷ついた。みたいな顔してるんだよ。

 お前から言い出したことじゃないか…。 理由も言わずに、一方的に…。





「離せよ」

「凛、ごめん。 理由、ちゃんと話すから! 取り敢えず、手当だけしに行こう! ね?」

「触るなって言ってるだろ!! もういいって言ってるんだ!」





 掴まれた腕を振り払って声を荒げる。

 その声に肩を震わせた千紘を見て、僕は一歩後ずさった。

 怯えさせた、怖がらせた。

 産まれてから今まで、ずっと傍に居て、喧嘩なんて一度もしたことがなかったから、こんな表情を見るのは初めてで、一気に頭の熱が冷めていくのを感じた。




「凛…? お願いだから、保健室行こ? 血が出てるよ」




 そう言われ手を見ると、確かに血がぼたぼたと地面に垂れている。

 さっき壁を殴った時にやってしまったんだろう。

 でも全然痛くないな。 




「いいよ、これくらい。 それより、七瀬こそ保健室に行った方がいいぞ。 頬冷やして来いよ。 ……前野先生、無理矢理引っ張ってすみませんでした。 七瀬の事、後はお願いします。 それじゃ」




 何かを考えるのも面倒になってしまった僕は、ぺこりと軽く頭を下げてその場を後にした。

 後ろから千紘の呼ぶ声が何度も聞こえていたけれど、反応することすら面倒で、僕は振り返ることもせず、自分の教室に戻り、荷物を持って、一人家へと大人しく帰ることにした。

 楽しいはずの学園祭は、予想と反して最低なイベントとなってしまった。

 明日から、どうしようか。

 そんな事を一人考えながら、僕は暗い帰路を歩いたのだった。








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[良い点] すっごく面白かった! 続きがすごく気になります! [気になる点] なしです!
[良い点] 本当にお話が好きです。登場人物の設定から感情表現など全て!これからも応援しています!続きが上がるの楽しみにしています♪ [一言] 漫画化してほしいです。
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