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ネコ役令嬢  作者: あお
2/2

side:another



「………寝ちゃったかにゃ?」


すやすやと俺の膝で寝息を立てるミウリアを見下ろす。俺に撫でられているうちにうとうとして、「今日はおやすみします……」といって、ぱしぱしと自らの横を手で叩くから座ってみれば、ぽふんと俺の膝を枕にして、寝てしまった。


ぴくぴくとたまに動く耳が愛らしくて、そっと撫でる。なんの夢を見ているのだろうか。


「ふふ、かわいいにゃ〜」


決して俺以外の前で気を抜かないミウリア。他の奴らより俺を信用して貰えてるんだと、この可愛らしく純粋な少女の一番近くにいるのは自分だと、そう思うとぞくりと快感がこみ上げる。今は、今だけは、彼女は俺のものだ。


さらさらした髪の毛に指を通して遊ぶ。さすが自慢の黒髪。本当にさらさらだ。


しばらくミウリアを撫でていると、一つの足音が聞こえてくる。

聞き覚えのあるその音に、ふぅ、とため息をつく。やはり制限された力ではせいぜい30分程度が限界だったか。


俺は足音の方に顔を上げて、相手に声をかけた。


「授業中にサボりだなんて、優等生キャラが崩れるんじゃにゃいかにゃ?

―――アリア」


「あら、そんなもの何とでも誤魔化せるわ」


くすり、と笑みを浮かべるこの女は、アリア・リェーニ。

世間一般ではただの子爵の娘、そして王子の焦がれる相手。ミウリアのライバルだと言われている、まじめで心優しい生徒―――――だなんて、バカらしくて笑ってしまいそうだ。


ミウリアの頭に乗る俺の手をじろりと睨んで、アリアが口を開く。


「……ねぇ、随分と生意気になったじゃない?レオ

私に見つけられないように魔法障壁を張るだなんて」


アリアの怒りを表すかのように、どす黒く禍々しい魔力が俺の周りをぐるりと囲う。


相変わらず、こいつ――アリアの魔力は気持ち悪い。ミウリアの魔力は俺とぴったり同調して、体に心地よく馴染むのに、アリアの魔力は近くにいるだけで息苦しさすら感じる。


「レオと呼んでいいのは俺のつがいだけだ。お前に名を教えた覚えはない」


きっと睨みつけると、アリアが右手をすっとあげた。何をされるかなんて分かっている。身体が恐怖にすくむ。しかし、俺だって神の端くれ。これぐらい言えない奴は男じゃない。


「眷属のあなたにそんな事を言う権限はないわ。馬鹿な畜生にはお仕置きが必要ね」


ぱちん、とアリアが指を鳴らした。


その瞬間、頭の中で何かが跳ね回っているかのような激しい痛みが起こる。


「ぐ、がぁ、ぁあっ…………!」


ミウリアを起こしてはいけないと、必死に声を殺す。頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているように痛い。苦しい。

胃からせり上がるものを必死に抑える。


ほんの少しの間なのだろう。しかし、それは延々と続く地獄のように感じられた。


痛みで何も考えられない頭に、再びぱちん、と音が響くと、先ほどの痛みは嘘だったかのように綺麗さっぱりと消え去る。


俯き息を整えようと呼吸の荒い俺を見下しながら、アリアがいう。


「ねぇ、レオ。『私』のミウリアをどこかにやってしまったら、私が何をするかなんてわかりきっているでしょう?」


顔をあげたすぐ近くにあるその笑みは、王子たちの前で浮かべる、世間から聖女だとかなんだとか言われている笑みとは正反対だった。


歪で、気持ち悪い、聖女なんかよりよっぽど『化け物』がお似合いな笑み。


「……守護神として、やすやすこの国を滅ぼさせる訳にはいかにゃいにゃ。そんな事するわけない」


「あら、よく分かってるのね。それなら、隷属契約の解除についてこそこそ調べまわったりするの、やめたらどう?」


ぎり、と奥歯が音を鳴らした。何もかも奴にはお見通しらしい。


「それじゃ、私は保健室に行かなきゃいけないから。……手を出したら、殺すわよ」


そういうアリアの目は深い闇が渦巻いていて、ゾッとする。これは脅し文句なんてものではなく、本気で言ったセリフだ。この女、アリアは、ミウリアのためなら平気で人を殺す―――それどころか、オレすら殺すことができるのだ。


くるりと背を向けたアリアの金髪がふわりと舞う。何も知らないものには美しく見えるのだろうか。俺の目には、アリアの何もかもが気持ち悪い。


「……っ、はぁ……」


やっと奴の魔力から離れられて、思わず息を吐く。空気中にあった奴のどす黒い魔力が消え去って、ミウリアのふわふわした温かい魔力があたりに漂う。


やっと落ち着いてきた。俺は癒しを求めるように、ミウリアの頭を撫でる。


「ミウリア、ミウリア……俺がきっと、守るから」


呟いた俺の声は、思ったより弱々しくて、情けなかった。




___________






初めて会った時から、アリア・リェーニは歪んでいた。


5年前、アリアは俺の目の前に突然現れた。神獣を祀る神殿の最奥。俺が呼ばない限り人が入ることは不可能な場所。王族の寝室に入ること以上に難しいとされるその場所に、アリアは当たり前のように存在した。


うつむいている少女に、俺は軽い気持ちで話しかける。


「にゃんで、いるの?」


11か12ほどの少女が、一体どうやってこんなところに来たのだろう?


普通ならまだ魔力も成熟していない年齢の子ども。それに対して、俺は神獣。

完全に油断していた。


「ねー、答えてくれにゃいのー?」


俺はその少女に近づいた。すると、ぴく、と耳が動く。嫌な魔力を感じる。


「君は、何?」


うつむいていた少女が、すっと顔をあげた。


その目に、俺はぞっとした。

透き通るような青い瞳の奥に、ぐるぐると渦巻く狂気を、人の心を読み取ることの得意な俺が見つけるのは、簡単なことだった。


「―――――――」


「にゃっ……!!??」


彼女の口が紡いだ言葉に、俺は戦慄した。


失われた古の魔術。封じられた、禁断の術。無理矢理に、自らの魔力より下のものを抑えつける、恐ろしい隷属契約の呪文。


「びっくりした〜〜。けど、俺は神様だよ?そんなの効かないにゃ」


俺の魔力は一万人の魔術師が力を寄せ集めても足りないくらいの膨大な量だ。


確かに古の魔術を使ったのにはびっくりしたけど、そんなもの発動しない…………


ハズだった。


「にゃっ……!」


周りに展開していた魔術が、首を締めるようにまとわりつく。


「……っ!!」


慌てて抵抗しようとした時には、少女はさらに別の呪文を唱えていた。


隷属契約者の行動を制限する呪文だ、と気づいた時には、すでに紋は額に刻まれていた。


「な、んで……」


「レオ」


怖い……いや、気持ち悪い、美しい少女の口が、俺の真名を紡ぐ。


「あなたには、私の『花嫁』の監視役をしてもらうわ」


そういった少女―――アリアに、俺は無理矢理外に連れ出された。

そして、俺は二百年ぶりに、ある少女に加護を与えることになる。


ミウリア・カルディエ。

加護を与える時に、俺は気がついた。彼女の魔力は俺にしっくりと流れた。


彼女は、俺の探し求めていたつがいだった。


あの頭のおかしなアリアの「花嫁」とやらが、俺の番だというのは、全くもって皮肉な話だった。


「な、なんですの!これ!」


加護を与えるために触れた際に、愛らしいミウリアの頭にピコピコと動く耳と、そして腰に揺れる尻尾をみて、俺は番であることを改めて確信した。


番に触れた時に、神獣の力が映り、神獣の体の一部が番に現れる―――ここ数千年ほど、番を見つけた神獣はいなかったため、どうやら人間の伝承には残っていなかったようだが。


「ミウリア。君を守護する、レオだにゃ。今はまだ、守護神って呼んでくれないかにゃ」


「……?はい、守護神様」


ふわり、と微笑むミウリアに、俺の心臓が跳ねる。こんなにドキドキしたことは、創造神に造られた日から、一度もなかった。人間がいう運命というのは、これだ、と確信した。


「俺が、必ず守るから」


いつか、アリアの契約を外して、きっとこのミウリアの愛らしい口で、俺の名前を呼んでもらおう。


俺はあの日、不思議そうになって首をかしげるミウリアを抱きしめながら、そう決心した。

百合ガールアリアちゃん。

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