表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/35

24


 二人の少女がビルの内部へ入ったのと同じ頃、ビル内部の中層辺りにある一室では数人の男が警備にあたっていた。

 それなりに良い値段の武装をしている男達は、深夜のその部屋を警備する担当だった。

 中層で、人が入りにくい場所だというのに男達は猫の子一匹でも逃さぬとばかりに室内や窓の外を警戒している。

 そんな中で、一人だけ首を捻って窓の外を見ている男が居た。


「なんか、今飛んでませんでしたか?」


 それを聞いた他の男達は一斉に窓を開けて周囲を見回したが、何の気配も無い。当然だ、その気配の主は既に屋上に居るのだから。


「……敵か?」

「いや、よく分かんねぇけど……今さっき何かが通り過ぎてった気がしたんだよなぁ……」


 窓を閉めた男達は男の言う言葉に警戒を強めた。

 そこはマフィアのビルである。最近は直接敵対する者も減っているが、まったく無いとは言い難い。だからこそ彼らは警備をしているのだから、当然なのだが。

 だが、周囲をどれだけ確認しても味方以外の気配は無い。男達はとりあえず銃を下げ、肩の力を抜いた。


「……とりあえず、報告でもしておくか?」

「ああ、そうしよう。気にしておく事に越したことはないさ」


 そう言って、最初に窓を見ていた男が部屋の壁にある電話の子機を手に取る。この場にある電話は全てがビル内部の者達に連絡をする為に設置されているのだ。

 無論、不意打ちで全滅してしまえばそれまでなのだが、男達にはそうならない自信があった。


「じゃ、報告内容は変なのが見えた気がする程度でいいよな?」

「ああ、ま、気のせいだろうけどな」


 男は子機を片手に軽い調子で話していた。だが、男が情報を連絡する事は無かった。その前に、子機が音を出したのだ。

 滅多に鳴らないそれが、電話がかかってきた音だと気づくのに男達は数秒の時間を必要とした。だが、子機を持つ男は何を見たのか迷わず電話に出た。


「はい、こちら……ああ、分かりました。いえ、気になさらず」


 電話に出た男は最初の固い雰囲気を一瞬の内に四散させ、すぐに朗らかな調子になり、電話を切る。


「どうした? 誰からだ?」

「一階周辺で何かあったか?」


 特に変わった物を感じさせない声音で、男達は男の顔を見る。

 だが、男は何も答えずに窓際まで行くと少しの間だけ窓の外を見て、また嬉しそうな顔をした。


「……本当に、どうしたんだ?」


 その姿を見て、男達は電話に出た男の表情がどうしても気になった。楽しそうで、嬉しそうで、何より---恍惚としていたのだ。

 男達の声に、男はそんな顔のまま答えた。


「……いや、その……本来の業務に戻ろうかな、と」

「本来の業務?」


 言いながら男達が首を傾げた瞬間だった----男が、神速で銃を取り出し、男達に発砲したのは。

 普段彼らが知るよりも遙かに超えた速度で動いた男に、彼らは反応する事すら出来ず、ただ当たった銃弾で呻くだけだった。


「がっ……テメッ……裏切りか畜生……!」

「はは、裏切りなんて人聞きの悪い。世の中には優先順位って物があるじゃないですか」


 楽しそうな口調のまま男は呻く同僚達を見て、一人が床に転がった銃を取ろうとしているのを確認すると---


「はい、残念」


 容赦なく意識を刈り取った。


「ま、安心してくださいよ。あんまり無闇に殺るのは趣味じゃないんでね」


 あっさりと、それまでの仲間を倒した男は何の感慨も無く、一言だけ言うとすぐに窓を開けてそこに居る人物に話しかけた。


「そろそろ入ってきてもいいですよ、マーカスさん」


 男がそう言って窓を全開にして数歩下がる。すると、窓の外から一人の老人、マーカスが飛び込んできた。

 マーカスの片手には杖が握られていて、とてもではないがこの階層まで外から上がってこれる様な力は感じられない。

 だが、男はマーカスがそれをなせる人物であると知っていた。産まれた時からの知り合いであるが故に。

 そのマーカスは周囲の男達が気絶している事を確認すると、朗らかな口調で礼を言った。


「ふむ、こんな物かな。ありがとう、よくやってくれたよ」

「いやいや、マーカスさんの頼みですから」


 男は嬉しそうに声を返す。その声には自らの主に向けるような敬意が宿っていた。


「はは、ま、君を見かけて良かったよ。電話が無駄にならずに済んだ」


 マーカスはそう言いながら、懐から電話らしき物を取り出す。そう、男が取った電話はマーカスからの物だった。

 電話を受けた男は嬉しそうにマーカスの言葉を聞き、行動に移したのだ。

 仲間を攻撃した事など微塵も気にしていない様子で、男はマーカスへ嬉しそうに挨拶をした。


「それにしても、久しぶりですね」

「あぁ、そうだね。前に皆で恭助君を紹介した時以来だ。他の連中には恭助君と連絡を取り合ってる者も居るそうだが……君は?」

「あ、いえ、俺はあの子供とは連絡を取り合ってません」


 頭の中で一人の少年の顔を思い出しつつ、男はマーカスの姿を確かめる。自分と話すマーカスの姿は余裕そうで、その根本に幸せそうな物が含まれていた。

 珍しい姿だ、と男は目を細める。マーカスは普段から現在のそれと大して変わらない態度を貫く人物だが、ここまで幸せそうな物は珍しいのだ。

 さてそも原因は何かと考えた男は、ふと、自分の中に一人の姿が浮かんだ事に気づいた。


「……エィストさんですか?」


 男は複雑な面持ちでマーカスに尋ねた。

 彼を含めるマーカスの部下達は、マーカスに信仰紛いの気持ちを向けられるエィストという存在に対し、複雑な気持ちを覚えているのだ。

 そんな男の様子に気づきつつも、マーカスはゆっくり頷いた。


「ああ、そうさ。それもあるね、あの方は恐らくこのビル内部のどこかに居ると思うんだが……まあ、それはいいか」

「……それもある、という事は?」

「いや、うん。まぁ……恭助君は意地の悪い子だなぁ、などと」


 予想していなかった答えに、男は首を傾げた。

 彼を含め、マーカスの部下達にとっての恭助の印象は人当たりの良く、年中機嫌の良さそうな少年だった。その少年と、意地の悪さはどうしても繋がらないのだ。

 そうやって困惑する部下を安心させようと、マーカスは口を開いた。


「大丈夫、君には直接関係の無い……いや、ライアン・ファミリー構成員の君としては関係があるのかね」

「ライアン・ファミリーとしては……ですか」


 言葉の意味を知ろうと、男は頭を働かせる。だが、一行に答えが出る気配は無かった。

 ---そんな時だった、男の耳に下層階からの爆音が響いたのは。

 男はそれまでの思考を一瞬にして消し去ると、真剣さと危機感が入り交じった表情でマーカスの顔へ目を合わせた。


「マーカスさん! これは……!」

「落ち着いてくれ、君にはやって貰わなければならない事がある」


 慌てた男とは違い、マーカスは落ち着き払った様子で窓の外を眺めている。それこそが、マーカスがこの爆音に関わっているという証拠だった。

 男は即座に危機感を消し、マーカスの頼みに答えられる様姿勢を正す。

 そんな男の姿に「そう緊張しなくても良い」とマーカスは笑いかけ、真剣な様子で口を開いた。


「すぐに『こちら側』の人間へ待避する様呼びかけてくれ、私一人で回るにはここは広すぎるからね」


 与えられた『頼み事』に男は思わず首を傾げた。もしもこれがマーカスの部下によって起きた事であれば、仲間の顔を知る彼らが待避する必要は無い筈なのだ。

 だが、それは男が『誤解』している事に気づいたマーカスの言葉によって打ち消される事となった。


「アベリー君達がパーティを初めてしまったみたいだ」

「アベリー……っていうと、確か、去年の……」

「ああ、我々が機関銃を向けた相手で間違っていないよ」


 男は屈強そうな男達の姿を思い浮かべた。去年の今頃、男を含めたマーカスの部下の半数以上は確かにアベリーへ機関銃を向けた事がある。


「私の部下であれば、暴走しても分かりやすいのだが……彼らだからね」


 マーカスはため息混じりにそんな事を言う。予想してはいたが、面倒だ。顔がそう告げていた。

 それを理解した男はすぐに顔を引き締め、マーカスから背を向けて部屋の扉を開けた。


「状況は理解しました、直ちに、他の連中を集めておきます」

「やってくれるか! よし、では私は彼らと合流して彼らが部下を撃たない様にしておくよ……本当は、恭助君に付いていくつもりだったのだが……」


 最後の言葉は男の耳まで届かなかった、男は残念そうな顔をするマーカスを不思議に思いながら、一言挨拶をして消えた。


「よろしくお願いします。他の連中にも会ってやってください。寂しがってるんでね」


 それだけ言うと、男は不敵な笑みを浮かべて部屋から出て、すぐに走っていった。

 その顔に不満そうな色は無い、むしろ、嬉しそうな顔がそこにはあった。


 そう、彼はライアン・ファミリーの構成員ではあるが----同時に、マーカスの部下であり家族でもあるのだから。


+



 その頃、ビルの下層階では---地獄が発生していた。


「ヒャッハァァァァァ! こりゃすっげぇー!」

「逃げる奴には麻酔弾だぁ! 逃げない奴には鉛玉をプレゼントぉぉぉぉ!」


 その階層にて、ファミリーの構成員は大半が逃げ惑い、残りは何とか反撃をしようとして返り討ちになっていた。


「こいつら! こいつら何なんだ!?」


 反撃も出来ずに倒れていく仲間達を見ながら、逃げまどう者の一人は悲鳴混じりの声を上げていた。

 無様な姿だが、彼らがそうなるのも無理はない、。ここはライアン・ファミリーの拠点の一つであり、再重要機密を『監禁』もしていたビルだ、警備にはかなりの人数が割り当てられている。

 そんな場所が、銃を的確に『乱射』する男達にあっさりと制圧されかかっているのだ。それはもう、混乱もするだろう。


「あいつら、テンション高っけえな……」


 逃げまどう者達の背中を眺めながら、ダグラスは呆れた声で仲間達の様子をうかがっていた。

 銃を両手に持って人を追いかけている仲間達は、普段ダグラスが知っている雰囲気とは明らかに違う物だ。


「まあ、今日は色々あったしな、連中がバカみたいに騒ぎたがるのも仕方ないさ」


 ダグラスの隣で、アベリーもまた呆れた声音で喋りながら仲間達を見ていた。違うのは、アベリー自身が実に良い笑顔で敵を倒している所だろうか。

 その笑顔の正体が、ダグラスには分かる。


「ま、アジトの分とビルの重傷の分はあいつらにお返ししてやらないといけないってのは、分かるんですけどね」

「……まあ、先に仕掛けたのはこっちなんだけどな」


 そう、それこそアベリーがここへ来た理由の一つなのだ。

 アジトを爆破された事を今日一日で忘れられる筈がない。さらに、今はこの場に居ないビルの怪我も彼らは知っているのだ。

 それへの報復という意味も、少なからずある。だからこそ彼の仲間達はあれほど派手に動いているのだ。

 そうしている間に、また一人敵が倒された。ダグラスはそれを見ながらアベリーとの会話を再開する。


「仕掛けた以上に、自分の娘を爆殺寸前まで持っていった馬鹿野郎を部下にしてる奴は気に入らないですけどね」

「同感だ、アレをやった奴に任せたのは相当の馬鹿か、もしくは何かがあるに違いない」


 侮蔑というにはあまり強くないが、それでも馬鹿にする様な声音で二人は話している。


「そういや、医者の先生はどこに連れて行かれたんだろうな」

「多分、上の階だろ。ま、虱潰しに探していけば見つかるさ」

「テメェら覚悟しや……ガっ!?」


 その間にも、上の階から武装した者達が降りてきては二人に流れ作業の様な動きで倒されていた。

 無駄の無い動きで自らの敵を倒していくアベリーとダグラスは、相変わらず暴れ回っている仲間達を呆れ顔で眺めつつ、次々と階段を降りてくる者達を気絶させていった。

 それは仲間達も同様らしく、彼らが撃つのはほとんど麻酔弾で、向かってくる者には出来るだけ致命傷にならない場所へ発砲している。一人も、死者は出ていない。


「……一人も、殺してはいないのね」


 それに気づいた女----ダグラスとアベリーの背後に居る『白衣の女』----は関心した様な声を上げて彼らを見ていた。


「あぁ、まあな。こんな連中の命を背負うなんざ真っ平だ」


 アベリーはため息混じりに言ってのける。簡単に言っているが、それは山の様な人数の敵を殺さず気絶するだけに止める、という事だ。


「本当に、あなた達は凄いわね。マーカスさんが一目置いてるだけはあるわ」


 女は賞賛の意味を込めてアベリー達を見つめる。だが、次の瞬間には少し心配そうな声を彼らに向けた。


「ここへ攻め込んで、本当に良かったの? 私の先生だけどあなた達にはあまり関係の無い人でしょう?」


 「まったくその通りだ」、ダグラスはそう言いかけて止めた。

 ここに医者の助手である女が居る理由こそ、アベリー達がこの場へ来たもう一つの理由なのだ。即ち、『連れ去られた医者の奪還』である。


「あの医者に俺達が借りを作ってるのくらい知ってるだろ、後、俺はお前みたいな奴を一人でここへ突撃させる趣味は無い。お前の恋人にも悪いしな」

「あら、随分侮ってくれるわね……私は強いのよ? まあ、少し錆び付いてるのかもしれないけれど」


 アベリーの面倒そうな声を聞いた女は眉を顰め、アベリーへ少しだけ殺気を放つ。瞬間---アベリーは銃を女へ向けたが、発砲はしなかった。


「優しいわね、私なら今のでぶち抜いてるわ」


 女は嫌そうな顔をするアベリーにクスクスと笑いかける。からかう様な色が見て取れたが、アベリーもダグラスも口を出すのが面倒になって、止めた。

 その間にも、女は二人への話を続ける。


「詰まらないわ、不満があるならちゃんと言ってくれればいいのに」

「言ったら怒るだろうな、お前」

「ふ、大正解っ! よく分かってるじゃないの」


 不敵な笑みを浮かべながら告げられたその言葉は、まるで出来の良い生徒を扱うような口調だった。その中に今はこの場に居ない女の姿を思い出した二人は顔を見合わせ、苦笑する。

 その笑みが気になったのか、女は不思議そうな顔で二人を見ていたが、やがて周囲の様子に気づいて頭を掻き、真剣な様子になった。


「何を笑ってるのかは知らないけど……とりあえず、この階の『掃除』は終わったみたいよ?」

「何?」


 アベリーとダグラスが周囲を見回すと、なるほど相手は全滅したらしく、視界に入る敵は全て倒れ伏していた。

 仲間達は満足げな顔で銃を握り続けていて、だからこそ報告が遅れた様だ。


「あ、アベリーさん! 俺達、見えた奴は一応全員倒しておきました! こっちの負傷者はかすり傷だけで、死者は両方ゼロです!」

「おお、ご苦労だったな。今度、飯でも奢ってやる。もちろん、ミアを入れてな」


 アベリーの視線にやっと気づいた仲間の一人が恭しい態度で一礼し、報告する。アベリーはそれを嬉しそうな顔で受け取ると、笑みを浮かべた。

 少なくとも付近の敵は全員片づいたからか、敵が現れる雰囲気も無い。アベリーは一度安堵の息を吐いた。


「ところで、私の同胞を撃ってはいないでしょうね」


 心配そうな色が含まれた女の言葉がアベリー達へ向けられていた。

 マーカスの部下である彼女にとっての同胞とは、つまり『マーカスの部下』に他ならない。それを知るアベリーは少し言い辛そうな様子で女の質問に答えた。


「正直に言うと、分からん。俺達だって去年の連中が全員だとは思って無い、お前だってその一人な訳だしな。マーカスさんがそいつらを避難させてくれるのを祈るだけだ」

「……そこは嘘でも『お前の仲間には指一本触れない』とか言っておくべきよ?」

「お前にそんな事を言う必要もなければ意味もないさ」


 肩を竦めながら告げられた言葉を女は苦笑と照れが混じった表情で受け取ってみせる。

 怒り出すと思っていたアベリーは肩すかしな気分を味わったが、思い直して一度息を吐いて笑みを浮かべた。


「ま、お前が何であれ別にいいか。よし……お前等! 次の階へ行くぞ!」

「よっし、行こうぜボス! 今日の俺達は暴れるぞ!」

「アジトの分とついでに麻酔弾強奪の分を食らわせる! ……ついでに、ビルの分もな」


 威勢良く階段を上がっていく仲間達の姿を苦笑気味に眺めつつ、アベリーとダグラス、そして医者の助手の女は階段に手をかけた。


2012/8/28

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ