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 ライアン・ファミリーのビルは今起きている事、そしてこれから起こる事にも静かにそこへ佇んでいる。

 まるで、巨大な墓でも立っているかのようだ。目の前に立っていたミアには、どうしてもそう感じられた。


「着いたな、ミア」

「……はい、着きましたね」


 そう、ミアとカミラはそびえ立つビルの目の前に立っていた。

 襲ってきた男の一人からハーベイの居場所を拷問まがいの方法で聞き出したカミラは、そのままミアを連れてこの場まで走っていたのだ。


「ここに、私の父が……」


 複雑な声音だ。実の所、長らく顔を見ていない父親に対してミアの印象はあまり良い物ではなかった。『あの』アンを生け贄にしようというのだから、それはより一層強い感情になっている。


「あぁ、ハーベイはここに居るさ……」


 そんなミアの様子に気づきつつも、カミラはビルの全体をじっと見つめている。やがてミアもそれに習い、ビルを見つめたが、気分が悪くなるだけだった。

 町に一つしかない高層ビルだ。ミアが威圧された気持ちになるのも当然だろう。だがそれ以上に、そのビルから仄かに感じられる『嫌な感覚』が喉に引っかかる様な感触を味合わせていた。

 ミアの顔色の変化を見て取ったのだろう、カミラが少しだけ心配そうに顔を覗き込んでくる。


「顔色が悪いな、気分が悪いのか?」

「い、いえ……ただ……このビル、好きになれる感じではありません……」

「……私もだ。嫌な気持ちにさせられる」


 カミラもまた、不快そうな顔でビルへ目を向けた。


---気に入らない雰囲気だな。あぁ、気に入らない。


 カミラは、ミア以上にそのビルが放つ雰囲気の正体を見抜いていた。そう、それこそ狂気と呼ばれる物と----


---ここは、マフィアの拠点にしては悲しすぎる。


 ---愛する物の墓場でもあるような、悲しい気配。


「ハッ……」


 だが、カミラはその雰囲気を思い切りくだらなさそうに笑い飛ばす。それに釣られて、ミアはカミラを見た。

 先ほどまでの不快な表情を笑顔に変えたカミラは、楽しそうにミアへ話しかける。


「まっ! それはいいさ、君の目的を果たすには此処へ乗り込むしかないんだからな」

「その……」

「はは、いいさいいさ。気にする事はない、君は君がやりたいようにやればいいのさ。お節介だと思って受け取ってくれ」


 改めて申し訳なさそうな顔をしたミアの様子に気づいたカミラは、楽しそうな顔でそれを笑い飛ばす。

 嘘ではない事はミアにも伝わってきた。これから行うミアの無茶をあくまでカミラは楽しんでいるのだ、それを受けて、ミアは思わず微笑んだ。


「そうそう、その笑顔さ。何せ、あのハーベイを説得するんだ。並大抵の事じゃ出来ないぞ」

「ふふっ、それでもやるのです。私は死にたくない、アンを死なせたくもない、だったら……父を説得するしかありませんから」


 ハーベイ・ライアンを説得する。もし、ミアの考えをライアン・ファミリーの構成員が聞けば、すぐに「無理だ、諦めろ」とでも言っている事だろう。ハーベイの意志が何に関しても強固である事は、下っ端でも知っている事だ。

 だが、カミラとミアに諦めた様子はない。カミラの場合は「失敗しても黙らせればいい」などと考えているのだが、ミアは違う。


「父はきっと、いえ絶対に拒否するでしょう。もし、それでも駄目だとしたら……私は自害すると脅してでも、父を黙らせる覚悟は出来ています」


 静かな声音だが、そこに籠もる力は強い。アベリー達が感じた強い声よりも、遙かに。だが、そこには彼女自身の魂が現れている様にも見えた。

 その様子を見たカミラは懐かしそうに呟いた。


「……やっぱり、母子なんだなぁ」

「はい?」

「君は母に似て美人に育つよ、って事さ」


 からかい混じりのカミラの声は、ミアの顔を真っ赤にした。年相応の表情で恥ずかしがるミアはとても少女らしい。


「ま、そう気負いするな。もし駄目だったら私なりマーカスなり、君を助けてくれる人は色々居るさ……きっと、あの子もな」


 肩を軽く叩いて、カミラはそう告げる。だが最後に付け加えられた言葉だけはミアの耳には届かず、カミラの口の中だけで留まる事になった。

 ミアはその言葉に頼もしさを感じつつ、一言だけ礼を言うと再びビルの方へ視線を戻す。すると、内部に居る人間達を見つけて、ミアは恐れを込めた表情になった。


「……ところで」

「ん?」

「どうやって、父の所まで行くのですか? 内部に居る方と戦闘になれば……」


 ミアの声は少しだけ怯えが見えていた。ビル内部には外から分かる程に警備が敷かれていて、普通なら猫の子一匹入れない状況だ。

 だが、ミアが恐れるのはそこではない、警備は恐らくカミラやアベリー達であれば突破出来るだろうが、相応の流血があるとミアは考えていたのだ。


「……ふふっ」


 しかし、その為の恐怖だけではないとカミラは見抜いていた。ミアは無意識の内に、自分が戦闘に巻き込まれるのを避けようとしているのだ。目の奥がそう語っていた。

 ミアの頭をカミラは偉いぞとばかりに撫で回した。撫で回したままカミラは空を見て、何やら奇妙な事を言い出した。


「ああ、それならな。屋上から入る」

「え?」

「屋上から、だ。ここから行けば十秒……いや君を抱える事を考えれば二十秒で行ける」


 カミラは空を見上げたままそう言った。そこは高層ビルだ。幾ら超高層ではないからと言って、人が行くには高すぎる。

 ならばとビルの周辺を見たが、梯子や手に取れそうな突起は存在しない。

 困惑するミアを楽しそうに眺めていたカミラは、ミアの肩を抱いて悪戯っぽい顔をした。


「それは、まあ……飛ぶのさ」

「飛ぶ……?」

「こうやって、な」


 ミアの肩を抱いたカミラは、そのままビルに向かって走り出した。

 ビルの壁に追突しそうな勢いに、思わずミアは目を閉じる。だが、壁に追突する痛みはやってこなかった。


「ほらほら、こうやるんだ」


 その代わり、空を飛ぶ様な浮遊感とカミラの声が響いてきて、ミアは恐る恐る目を開け、驚愕した。

 二人の体はビルの目の前でどんどん高度を上げていくのだ。

 驚いたミアがカミラの様子を確認して、カミラがどうやって上昇しているのかを理解した。


「……凄いですね」

「だろう?」


 カミラは、窓枠の小さなスペースに一瞬だけ足を掛け、次の瞬間にはその上にある窓枠に飛んでいるのだ。

 しかも、時折一回転するなどの「遊び」まで含まれている。表情にも必死な様子は無く、あくまで楽しんでそれを成している事がミアにも伝わってきた。


「おっと!」


 そんな時、カミラがわざとらしく慌てた様子になったかと思うと身を翻し、隣の窓枠まで飛ぶ。どうやら、室内に人間が居た様だ。ミアは思わず冷や汗をかいた。


「ふふ、焦ったかな? 驚いたかな?」


 そんな危険な事をしているというのに、カミラの声には恐怖も焦りも無い。それどころか、ミアを驚かせる程の余裕が感じられた。


「……嫌な汗をかきました」

「そうだろう? 悪い、ちょっと遊んでた」


 ミアの声を聞いたカミラはたちまち楽しそうに笑い、移動する場所を変えてまた同じ様に上昇していった。



「到着! 結局誰にも見つからなかったな。拍手して欲しいくらいだ」

「は、はい……ふぅ、怖かったです」


 数十秒後、二人はビルの屋上へ辿り着いていた。恐らくは相当な恐怖体験だったのだろう、ミアの顔色は普段とは意味合いが違う悪さを持っていた。


「怖いってのは良い事だ。そういうのが無いと、人間らしくなくなるからね」


 少し真剣な様子で、カミラはミアを諭す様に話しかけた。

 ミアはそれに同意して頷き、周囲を見回す。

 何もない殺風景な場所だ。幾つか血の跡らしき物が有るが、ミアは見なかった事にした。

 その場には誰も居ない、如何に警備が居たとしても、他に並ぶ場所がないビルの屋上は手薄だった様だ。ミアとカミラは一度頷き、周囲に人間が居ない事を確認し合った。


「……よし、誰も居ないな。結構頑張った甲斐があったよ」


 疲れた様子など一切無く、カミラは楽しそうに空を見て---途端に面倒そうな顔になった。


「……? 何か?」

「……アレ、見てみろ」


 言われたままに、ミアは空を見る。そこには、夕焼けがかった青空が広がっていて、だが誰かが空を飛んでいた。


「……あれは?」


 思わず口から漏れたミアの呟きに呼応するように、空飛ぶ何者かは急激に降下してくる。そこでミアはその人物、二人の顔を見て、喜びと悲しみが混じる微妙な顔になった。

 自由落下する様な勢いで急降下してきた二人---少年と少女はすぐにビルの屋上まで落ちてくると、コンクリートの目の前で重力を無視する様に急停止する。

 それに満足げな顔をした少年は抱えていた少女を床に乗せると、すぐにカミラとミアの元へ駆け寄った


「やあお二人さん! 来てたんだ! 」

「白々しいぞ」

「あれ? なんかカミラさんが冷たい……もしかして空飛ぶスパゲッティモンスターの顕現を期待したとか、そういうの?」

「……いや、どういうのだよそれ」


 思った以上に冷たい目をしたカミラに、恭助は何故か照れるような顔で妙な事を口にした。舌を出して、面白がる様な声音なのは普段通りだったのだが。

 そんなカミラと恭助の隣で、緊張した面持ちの二人がまるで彼女らの会話が聞こえていない様に互いを見つめ合っていた。

 その場だけは呼吸すら感じられない程の静けさを保っていて、ミアとアンは息苦しそうな顔をする。


「二人とも、挨拶くらいしたらどうだ?」

「そうそう、折角の……んっと、姉妹感動の再会なんだからもっとこう、素晴らしい物でないと!」


 恭助とカミラがそんな様子に嘆息し、二人の背を蹴り込む様な言葉をかける。

 二人は一瞬、ビクリと体を震わせて相手の顔を見る。そして、目は合わせながらもぎこちない挨拶を始めた。


「や、やあ……み、ミア」

「は、はい。お、お久しぶりですねアン」

「おお、お、お久しぶりじゃ、ないんじゃない?」


 両者の言葉にどもりが入ってしまったが、それは仕方がない事だ。少なくとも、二人はこのような場所で再会するとは思っていなかった。


「そ、そうですね。それでその……あなた方はどうしてここに?」

「あ、えっとうん。それがさ、あたしの育ての親が此処の執務室に来いってさ……」

「まあ、私も此処の……恐らく執務室に用事があって来たんですよ!」


 どうやら、同じ場所に用事があるようだ。それを理解した二人は少し驚いた様子で目を見開き、ぎこちない雰囲気を少しだけ和らげた。

 その光景を、恭助は愉快そうな顔で眺めている。それを理解してアンは一度だけ深呼吸をし、柔らかい笑みを浮かべた。


「あの、さ……これは、後で考えようと思ってたんだけど……」

「は、はい、何でしょう?」


 また、アンは一度息を吸った。それはどこか覚悟を決めようとしている様で、それでも決まらない何かを無理に押し込んでいる様でもあった。


「今度、あたし達の身の振り方について、話し合わない……? ほら、あたし達、こんな関係な訳だし、さ」


 告げられた内容にミアは少し迷うそぶりを見せ、ほんの僅かにカミラの顔を見ながら微笑んだ。


「……良いですね、それ。ええ、そうしましょう」

「そっか! うん、あたし達はやっぱり仲良く出来そうだよね!」

「私もそう思います。


 二人は、嬉しそうな顔で笑い合う。やはりよく似ている笑顔だった。

 そんな二人を見つめて微笑ましそうな顔をしつつも、恭助はカミラを含めた三人の前に立って、屋上に一つだけある入り口を開いた。


「さて! その今度を作る意味もあるし、皆行く場所は……同じだと思うから、一緒にね! 行こうよ!」


 その言葉を聞いて、アンとミアは何となく手を繋いで歩き出す。奇妙な、一体感だった。



「……あぁ、やっぱりあなたからは良い子が産まれるんだなぁ」


 二人の前でカミラが懐かしそうに呟いていたが、彼女らの耳には届いていなかった。


2012/8/28

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