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「ちょっとマーカスに話があってね」

「あの人はアパートの中にまだ居るけど……どういう用事?」

「あまり大きな声では言いたくない用事、つまり、金が絡む話」


 五人が顔を合わせてから、カミラと恭助は戸惑う他の三人を置いて話始めていた。


「そういえば、何で窓から飛び降りた?」

「ああ、それはね……こっちのこの子が外に人影を見たっていうから、面白くなってきちゃって……てへへ」


 恥ずかしそうに、頬を赤くして恭助は頭を掻く。隣に居た少女--アンは「それだけじゃないろう」と目に悪戯っっぽい色を含めたが、自分の親代わりも似たような物かとすぐに納得している。

 一方で、アンはミアの方を見て、何やら思い詰める様な顔もしていた。

 そんな四人の姿に、アベリーは思わず呟く。



「で、これどういう状況だ?」



「あれ? あ、さっきぶりって奴? お二人ともレストランで会ったよね!」


 アベリーの言葉を無視して、恭助がミアへ挨拶をしている。頬が少し赤いのが、とても意味深だ。

 無理に調子を上げている事がアンにはよく分かった。


「ええ、先程は食事代をありがとうございます」


 ミアが恭助の姿を見て、今度は自分から手を握りしめる。やはり優しげな手つきに、恭助はまた顔を真っ赤にした。


「や、やっぱりこの人……!」

「ああ、もう分かってるから。うん、分かってる」


 気安げに肩を叩いて、アンは恭助を元気付ける。相変わらずミアは首を傾げて、何が起きたのかを理解していない様だ。

 アンは思った以上に『人の気持ち』に疎い少女に、思わずため息を吐いた。


「まあ、それはともかく……どうしてあなたが此処に?」


 しばらく他の者達の反応を不思議そうに見ていたミアは、アンを見て更に不思議そうな顔をする。会えるとは言われたが、こんなにすぐ会えるとは思っていなかった。


「いや、質問を質問で返すのはアレだけど……そっちこそ、どうして此処に?」


 アンは心の底で予測出来ているその『理由』を封じ込めつつ、ミアに同じ内容の質問をした。


「それは……その……あっ、すみません。ずっと握ってしまいました」


 答えに迷った顔でミアは僅かに自分の手を見て、先ほどから恭助と握手をしたままという事に気づくと慌てて手を離した。

 その時、「あっ……」という名残惜しそうな声が聞こえてきたが、アンは聞かなかった事にした。


---目を逸らすのも、限界かな……気になって仕方ない

---気にしないようにしていても、やっぱり……気になり、ますね


 アンとミアは同時にそんな事を考えていた。先ほどは気のせいだと判断したが、それに明確な根拠がある訳ではないのだ。

 むしろ、『マーカスの部下』が住むアパートに居たアンと、そこを目指していたミアは、より相手が『そう』なのではないかという疑念を強めつつあった。


---この子がマーカスさんに用事がある……? どうして……いや、もう、分かってる。本当は、分かってるんだ!

---この方が、マーカスさんに……? いえ、私はもう、その答えを知っている……


 恭助からミアが手を離した事をきっかけに、二人はそのまま沈黙して互いを見つめ合う。


「……」

「……」


 気まずい沈黙だ。


---……ええいっ、駄目だ駄目だ! とりあえず、何か話すしか!


 先に耐えられなくなったのは、アンだった。それに、黙っていても仕方がない事は分かっているのだ。

 アンは何かを誤魔化すように恭助の頭に手を置いて、口を開いた。


「ともかく……あたしから先に話すよ。あたしは、まあその、身を隠す場所が欲しくてね、だからこの子に頼んでマーカスさんを紹介して貰ったんだ」


 恭助の頭を撫で回しながらアンは話す。正確には、アンは恭助がマーカスの知り合いだとは知らなかったのだが、その部分は長くなる為に省いていた。そして---



---ああ、やっぱり



 そして、ミアの表情が曇った瞬間を彼女は見逃さず、しかし自分の表情には表さなかった。

 ほんの僅かに顔を曇らせたミアは、すぐに明るい顔を作って返事をした。


「そうなのですか……成る程……では、教えていただいたのですし、私の事も話さなくてはなりませんね」


 アンの『事情』を聞いたミアは、心の中の疑念が更に大きくなった事を自覚しつつも、あえてそれを言う事はしない。


「私は、その、父親の……方針というか、そういう物が嫌で逃げてきたんです。命を省みない方ですから……」


 話しながら、ミアは全力でアンの目や表情の動きを見る。すると同時に、ミアはアンの変化を見て取った。



---やはり、この方は……!



 一瞬の変化すら見逃すまいと行われたそれは、確かに捉えたのだ。アンの表情が、後ろめたい気持ちを隠す様なそれになった瞬間を。

 二人はもう、相手の正体に殆ど気づいていた。いや、最初から、自分と同じ赤毛を見た時から半ば分かっていたのだ。

 相手の顔を見る時、互いはまるで鏡を見るような気分になっていたのだから。

 二人の思考は、そこで硬直した。

 そんな二人の様子を恭助は心配そうに見つめ、カミラは成り行きに任せるかのように見守り、アベリーは---


「……まどろっこしいな」


 苛立ちを隠せない顔で、二人にため息を吐いていた。

 意識していなかった第三者の言葉に、ミアとアンの思考は再び動き出す。それを見たアベリーは面倒そうに二人へ言い放った。


「なあ、お前ら……もう分かったから、素直に名乗ってみたらどうだ?」


 二人は、同時に相手の顔を見た。


「それは……そう、ですね」

「うん、そうだと、思う」

「そうだろ? 難しく考えすぎだ。名乗ればいいじゃねえかよ、もう、なぁ?」


 アベリーの口調は面倒そうなため息混じりで、しかし二人の背を押したその目は、見守る様なそれだった。

 『素直じゃない』アベリーの態度に、カミラは苦笑している。だが、アンとミアはそれにすら気づかず、顔を青ざめて互いを見つめ合っていた。

 二人が考えている事は同じだ。

 『そうであればいいのに』と思う一方で、『そうであった時』を怖がっているのだ。


「お姉さん」

「……何?」


 迷い続けるアンの手を握って、恭助は微笑んだ。『勇気を出せ』そういう事らしい。

 それを理解したアンは、ついに覚悟を決めた。 


「あたしの名前は……アン……ライアン……!」


 震えながら告げられた名前に、ミアは青い顔のまま答えた。


「私は、ミア・ライアン……です」


 名乗った瞬間、二人の間にある空気は凍っていた。無理もない、分かってはいたが、確信したのはこの瞬間だったのだ。


「……あなたが、あたしのオリジナル……」


 先に声を放っていたのはアンだった。黙り込んで、アンを見つめるミアとは違い、アンには何とかそれをする余裕があったのだ。


「ねえ、あたしは……あなたの体の部品、として生まれたんだ」


 アンは自分の中にある生存への欲求が冷えて、同時にゆっくりと『許容』の気持ちがやってくる事を自覚していた。


---ああ、今更造り物だのなんだの言いたくないけど……やっぱり、あたしは『生きる意味』を見つけられなかったなぁ


 自覚したアンは、思った以上に弱い自分の欲求に自嘲した。普通に生まれた人間なら、気が合うとはいえ一度話しただけの他人同然の相手に命を捨てる事などしない筈だ、と。

 アンの言葉が続く間に、ミアの表情は少しずつ意味を成していく。それより先に言いきって、決意せねばならないとアンは考えていたのだが---


「あたしね、あなたが……あなたみたいな人になら……」

「---あぁ、良かった」


 ---予想外のミアの安堵で、言葉が止まった。


「良かったです。本当に」

「……何が? あたしの体だったら心おきなく使えるから……?」


 予想外の反応に対する混乱の余り、思わず心にも無い辛辣な態度を取ってしまった自分をアンは呪った。が、ミアは傷ついた様子も無く、むしろ心から安堵している様だった。

 安堵の気持ちを表すミアは、そのままアンに幸せそうな笑みを向け---

 病にかかった少女は、強烈な力を感じさせる声で、笑顔で、アンの覚悟を『踏みにじった』。



「私が生きる事を諦める代わりに生きられる人があなたで、本当に---良かったです」



 その笑顔は、恭助に向けたそれや、話を楽しんでいた時のそれとは違う---優しくて、何かを受け入れる暖かみがあって、何より、勇気ある笑みだった。


「……っ! あなたは……そんなにも……」

「いいえ、私は……あなたが生きるべきだと思うだけです」


 ただ、命を捨てる事を決めて、人生を軽々しく捨てた自分とは違うその笑顔。それを見たアンは心が痛みを訴える事を知って---思わず、謝っていた。


「……ごめんなさい」


 何に謝っている訳でもなく、その目は誰も見ていない。

 いつの間にか、アンはミアに背を向けていた。顔を見るのも、辛かった。


「ごめん、なさいっ!」


 そして、心の底から来る言葉を何かに対して言い放ったと同時に、アンは耐えきれずに走り出した。


「ちょ、待って待ってー!」


 無意識の内に手を思い切り握りしめていたのだろう。恭助は痛みを訴える表情で、アンに引っ張られていった。


「待ってくださ……」

「やめろ、追うな」


 その様子を見たミアは慌てて走り出そうとして顔を更に青くし、それでも走ろうとしたが、アベリーに止められた。

 先ほどの面倒そうな表情など今は完全に消え去っていて、そこには、普段の雰囲気とはまったく違う『大人』の顔があった。


「追ってはいけない。追えば、あの子供の心に巨大な傷を作ってしまう。だから追うな」

「ああ、珍しい表情をしてるアベリーの言う通り、追わない方がいいぞ。私が保証しよう。ああいう類は、バカみたいに明るい奴の方が良い」


 カミラがアベリーの言葉に同意して、ミアの前に立つ。

 この二人が言うのであれば、そうなのだろう。ミアは心の中では納得した。

 だが、それでも体は勝手に前に出ようとしてカミラに止められる。

 そして、ミアの目の前に立って目線を合わせると言い聞かせる様に微笑みかけた。


「本当に行かない方がいいぞ? あいつに付いていった奴は十二分にあの子供の力になれる。君は、後で会うべきだ」


 言いながら、カミラはミアの頭を撫で回す。どこか懐かしそうで、慈愛の籠もった瞳を見せるカミラの意外すぎる一面に、アベリーは目を見開いた。

 だが、その反応に気づきつつもカミラはミアの髪を撫で、思い出した様に話しかける。


「ああ、それに……あの子はシャワーを浴びたらしいな。微妙に湯気がたってた」

「それと、何の関係が……?」


 何とか落ち着いたミアは静かにカミラへ問いかける。そのカミラは、愉快そうに笑った。


「つまり、君もシャワーを浴びた方が良いという事だ。頭がスッキリするからね」


 それだけ言うとカミラはミアを抱き抱え、有無を言わさずにアパートの方へ歩いていく。何をするつもりなのか理解したアベリーは、引き気味に声をかけた。

 足を止めて、カミラはアベリーの方へ顔を向け、一言告げた。


「……あ、覗くなよ?」

2012/8/28

予約投稿で、30日までに完結するようにしておきました。これで、もし諸事情で投稿が不可能になっても完結します

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