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18


 三人の姿を窓越しに見つめながら、マーカスは一人で愉快そうな顔をして、部下の所持品である酒類を流し込んでいた。


「ふむ……カミラ君は随分、あの子供を気に入っているらしい。おかしいな、知り合いでは無い筈だが……」


 不思議そうな顔をしながらもマーカスは窓の外を観察する事を止めない。


「そういえば、カミラ君はここの子の知り合いだったな……」


 呟きながら、マーカスは部屋の中にある写真を見た。その殆どは男女二人が写っている物だったが、一枚だけ、そうではない物がある。


「む……これは……?」


 マーカスは思わずそれを手にとった。

 明らかに二十年以上の月日が経っている写真の中には利発そうな少女や、見るからに騒がしそうな少年、それに引っ張られる少年、それらを呆れた様に見る少女など、年齢も性別も違う子供達が写っている。


「遠き日の思い出、か。殆どの者は、もう忘れているのだろうな……いや、これは……」


 どこかで見た様な、いや『明確に知っている』者の姿もあったのだが、マーカスがその写真を見て注目したのは---その子供達に囲まれて、幸せそうな笑みを浮かべる女だった。

 写っている者の中では最年長に見える女はどうやら子供達から非常に慕われているらしく、皆が女に笑いかけていた。


「……これは……そうか、あの子か……」


 その女に心当たりがあったマーカスは、懐かしそうに、手に取った時より数倍丁寧な手つきでその写真を置いてあった場所へ戻す。


「今、向こうで何をしているのだろうな……いや、まさかエィストさんが……? そんな馬鹿な、彼に言う事を聞かせるなど」


 唐突に頭の中で閃いた予測をマーカスは自分で否定した。だが、その間にも新しい予測が頭の中に浮かんでくる。


「……だが、恭助君は此処にいる。何故? だが彼は何も……そうかっ!」


 マーカスの心の中で、今回起きた出来事の真相が姿を現しかけたその時だった。

 玄関の扉が開き、部下が倒れ込んできたのは。


「マ、マーカスさん……」


 弱々しい声で自分の名を呼んできた部下にマーカスは杖を放り出して駆け寄り、様子を確認する。


「な、何があった!?」


 顔や全身に殴られた痕が目立つ、酷い、とまでは行かないが、何者かに暴行を受けたのは明らかな怪我の数々だった。


「すみません……マーカスさん」


 にも関わらず、部下は申し訳なさそうな顔で謝罪してくるではないか、マーカスは自分が眉を顰めた事を自覚した。


「何があったのかは知らないが別にいい。少し休むんだ」


 言いながら、マーカスは部下に肩を貸してベッドまで歩く。

 マーカスの見かけはどう見ても老人のそれだったが、部下は力強さを感じて大人しく従う事にした。

 そのまま部下をベッドに寝かせると、マーカスはどこからか包帯などの応急処置が出来る道具を持ち出してきて、怪我の位置を確認し始める。

 真剣な様子のマーカスを見て、部下は嬉しそうな顔をする。だが、すぐに深刻そうな顔に戻っていた。


「あの……マーカスさん」

「何だ? 今、君の怪我の応急処置で忙しいんだ、後で話してくれ」


 苛立つ様に言い放って、マーカスはそれに構わず応急処置を続ける。それをやはり嬉しく思いつつも、部下は告げねばならないと口を開いた。


「ケースごと、情報を奪われました」


 その瞬間、マーカスの腕が止まって---


「やあマーカス! ちょっとこの子をシャワーに……って何があった!?」


 ---カミラ達が窓から現れ、慌てた様子でマーカスの部下に駆け寄っていった。



+



「ケース、回収出来ましたねぇ……」

「おお、思ったよりうまくいっちまったなぁ……」


 大騒ぎになっているアパートの内部とは違い、ダンプとトニーの二人組は手に持ったケースを見つめて何やら、拍子抜けと言いたげな顔をしていた。

 そう、この二人は金が入っているであろうケースを持った者を見つけ、ダンプが殴りかかって強引にケースを奪い取ったのだ。

 凄まじい抵抗を予想していた二人にとっては、肩透かしも良い所、と言いたい気分なのだろう。


「いや、まあ……あんまり強くねえな、って思ったのは本当なんっすけどね」


 トニーの言う事は正しい、実際、その者はダンプが殴りかかると驚いた様に体を硬直させていたのだ。明らかに、『慣れていない』者だった。

 実はその者、つまりマーカスの部下は本当に戦う立場に居ない存在で、マーカスが本当に動いて欲しかったのは『戦える』部下だったのだが、二人はその様な事は知らない。


「そういう『フリ』を疑ってた俺がマヌケみてぇだ」


 ダンプは、面倒臭そうに、だが少し恥じる様な声を出している。

 気持ちはトニーにもよくわかった。警戒して、ゆっくりと近づいた相手はただの素人だったのだ、無価値な警戒をした自分達が馬鹿の様だった。


「ま、しょうがないっすよ……それで? ボスへの連絡は何時に?」

「ああ、そうだな……」

「電話なら、ちょっと行った先にあるっすよ」

「それくらい分かってる……よし、こうしよう」


 ダンプは少し考え込んだかと思うと、ケースを床に置き、留め具を外し始めた。どうやら、中身を見ようと言うらしい。

 トニーは慌ててそれを止めに入った。


「旦那? いや、マジ止めた方がいいですって。ボスからぶっ殺されちまいますよ」

「だが気になるだろ? もし金が入ってなけりゃ、俺達は恥ずかしいどころの騒ぎじゃなくなるしな」


 留め具を外しながら、ダンプは意外にも冷静な口調で答えた。

 確かにその通りだ、とトニーは内心で認めた。もしも金が入っているなら、あのような弱い者に渡しておく筈が無いのだ。


「いや、でもねぇ……アンタ、その金を焼いたりするんじゃ?」


 だが、トニーは別の不安も抱いていた。ダンプはミアの事より遙かにアンを優先している、アンを死なせてしまう金など、見た瞬間に焼いてしまいかねない。


「そんな訳無いだろ。後は考えねえが……俺は命令はちゃああんとこなしてるぜ? いや、まあそうしようかとも思ってたけどな」


 ダンプはトニーが思ったよりは義理堅かったらしく、考えても実行する気は無いようだ。

 ダンプの言葉に嘘がない事を理解したトニーは一度息を吐き、ふと、考えた事を口に出した。


「それを考えたって事は……アンの事、随分と好いてるんっすね。いや俺も、似たような物ですけど」


 言葉を聞いたダンプは、体を一瞬硬直させた。留め具を外そうと動いていた手も止まって、その瞬間、ダンプは完全に無防備になっている。

 だが、それは一瞬だけだ。すぐに体は動き出す、だが、ダンプから帰ってきた声は、どこか自信の無さそうな物だった。


「……さあ、どうなんだろうな」


 普段の彼らしくもない迷うような声音に、トニーは首を傾げる。そんな様子にも何かを言う事無く、ダンプは独り言の様に続けた。


「分からねえよ、そんなのはな。そんな事を考えようがどんな事を考えようが、俺には今しかねえ、アンの奴を気に入ってるのは確かだがな」


 話しながら、ダンプはケースの留め具を外そうと悪戦苦闘している。

 だが、そんな事をしばらく続けている内に飽きたのだろう、面倒そうな顔をしたダンプは、トニーに止める隙を与えない。


「あぁもう、潰して開けるか」

「は?」


 トニーがその言葉を認識した時には、ダンプの鉄拳が留め具に突き刺さり、鉄がへし折れる様な音が響いた。


「開いたぞ。っつうか痛てぇ、クソ痛てぇ」


 留め具はケースの端ごと見事にへし折れた状態になっていた。ダンプの拳はコンクリートにめり込む程の物だ。こうなっても仕方無いだろう。

 そして、鉄を殴ったのだからダンプの手が痛いのも当然なのだ。むしろ、骨に影響が出ていない事を驚くべきだろう。

 だが、トニーはそれへの心配を一切する事無く、ため息混じりにケースの中身を見た。


「どうするんだよ本当に……ボスにバレちまう……って、アレ? 金じゃ、無かったっすね」

「だろ? 俺のお陰で恥をかかずに済んだな……って事は、金はあのアパートにでもあるのかねぇ」


 そう、ケースの中に入っていた物は金ではなく、たった数枚の紙だった。細かく様々な事が書いてある様だが、遠目には字が細かすぎて読む事は出来そうにない。

 その紙を、ダンプは手にとって読み始める。


「へぇ……」


 その瞬間---今日という日の『終わり方』は、確定した。



「そうかい、ああ、そうかいそうかい……そうだよなぁ!」


 困惑するトニーを余所に、ダンプは紙を読み続ける。

 彼は分かっているのだ。そこに書いてる物こそが、今日という日に起きた全ての出来事の根本であり---ハーベイがダンプに嘘を言っていたという、証拠であると。


「は、っはは! ヒャハハハハッ! そうかよ、俺ぁアンタをイカレ野郎だと思ってたが、訂正するぜ! このイカレたクズ野郎!」


 一気にテンションが高くなったダンプを、トニーは少し疲れた表情で見ている。


「見ろよトニー! こりゃ傑作だ!」

「はいはい、どんな事が書いてあるのかね……って……『あぁ、なるほど。そういう事っすか』」

「だろ? なあ、そう思うよなあ? 許せねえよなぁ?」

「ええ、許せないっすよね」


 だが、ダンプの言葉に従ってトニーは紙を読み、それを流し読みで理解した時には---ダンプ以上に剣呑な雰囲気を放って、笑っていた。

 まるで獰猛な肉食獣の笑みだ。初めて見るトニーのそんな表情に、ダンプは一瞬気圧される。それが、ダンプを冷静にさせた。


「じゃあ、行きますか。ダンプの旦那」

「……お、おっと! まだダメだな! これが本当だって事をちゃああんと知ってる奴に聞かねえと駄目だ!」


 ダンプは冷静な頭で、トニーの言葉を遮った。

 その情報が本当であるとは限らない、まだ、『金が入っている筈のケースに何故か入っていた』紙で読んだだけなのだ。それが嘘である可能性くらいは計算に入れている。

 トニーが少し冷静になった事を確認したダンプは方向転換をして、当初とは別の場所を目指して走り出した。



「よし、まず行く場所は-----!」


 2012/8/28

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