間章
病院 ベッドの上
「いやぁ、もう。よく物語じゃ誰かを守って大怪我する奴が居ますがね、ありゃヤバいね。人間じゃねえよ」
医者から処置を受けながら、ビルは肩を竦めた。ミアを庇って出来た背中の傷は確かに痛い筈だが、ビルが気にした様子は無い。
「ま、ここで治療しなくたって俺は明日になりゃ、復活するんですけどね。医者の先生には苦労かけます」
「何、あの子を守ってくれたのは君じゃないか。感謝する事はあっても、苦労だなどと」
「いえいえ、今度お礼はしますって。毎度毎度格安でやってもらってますしね」
「まあ、それは別にいいが……あぁ、君みたいな体があの子にあれば、それはそれは素晴らしい事だったろうに……」
嘆く医者に、ビルは少しだけ疑問を抱いた。
「そういや、医者の先生とあのミアって子、どんな付き合いだったんだ?」
そんな興味本位の質問に、医者は心から深刻な表情になって---ビルは、地雷を踏んだ事を理解した。
「……これは、他の奴には言ってくれるなよ」
そう言って、医者はビルの嫌そうな顔を無視して話し出した。
「当時から体の弱かったあいつの奥さんは毎週、病院に来てね……偶然、そこへハーベイの奴が親の代の復讐って奴で大怪我をして運ばれて来やがったのさ」
「へえ、まあよくある事ですよね」
「ああ、よくある事だ。幸い、近くでやられたから生きてはいたが……応急処置も知らねえ馬鹿共が運んだから止血もされてなくてな」
それを知った時の怒りや呆れを思い出したのか、医者はため息混じりの声になっている。だが、次の瞬間には明るい声になった。
「それを見ると同時にあの人は助手連中より、私より早く、普段の病弱さなんざ捨て去って自分の服で止血してな……手術の準備が出来るまで必死になって応急処置と呼びかけを続けてな。手術は無事成功、ハーベイは生き残った」
そこまで話して、医者は少しだけ間を置く。何やら話す事を戸惑っているらしい、それを理解したビルは止めようとしたが、それより先に医者が口を開いていた。
「今だから白状するが、死にかけの男の命を必死で繋ぐあの人を見てな、俺、惚れたんだよ。ま、元々すげえ美人だったからな、淡い恋って奴はしてたんだろうが」
いつの間にか、医者の口調は変わっていたが、ビルはそれに気づいていても黙って話を聞き続ける。
「惚れちまったが……ま、それもハーベイの奴があの人と相思相愛になるまでさ。あいつ、呼びかける声を覚えてたんだろうな。それで、まあ、惚れたらしい」
「それで……必死になりすぎて倒れたあの人の所へ包帯だらけのまま杖ついてまで会いに行き続けてな……その時、あの人はハーベイに惚れたみたいでな」
「好きな人が出来た、なんて診察中に言われて卒倒したっけなぁ」と、医者は懐かしそうな口調で続けている。既にビルの事は目に入っていない様だ。
「あいつらは結婚して、見事なくらいの幸せそうな夫婦になりやがった。ま、奥さんの病弱さは酷くなってたが……」
「そんな二人だが、まあ、色々あってついに子供が出来てな……喜ぶ奥さんと、辛そうな顔をしやがるハーベイが対照的でよく覚えてる」
楽しげな様子で医者はそこまでを話した。だが、次の言葉を話そうとした瞬間には凄まじく暗く、悲しげな様子になって続ける。
「で、だ。奥さんは、自分が子供を産んだら瀕死どころかそのまま死ぬ危険がある事を知ってた。だが、それでも産んだんだなぁ……」
そこからが本題だ、とばかりに医者は魂が沼の底に居るかの如き声になっていく。ビルは、思った以上の暗い雰囲気に非常に嫌そうな顔をしていた。
「結果だけ言うと、子供は生きて産まれた。だが、奥さんは最後に……」
「あぁ、もういい。いいから、もう辛い話はしなくていい」
暗すぎる話に飽きたのか、ビルは医者の肩を何度か叩いて制止する。医者はビルの事を意識に入れていなかったが、流石にそれで気づいたらしく、ハッとした表情で言葉を止めた。
何とか医者が話すのを止めた事を理解したビルは笑いかけ、また何度か肩を叩く。
医者は何故か無表情で立ち上がり、病室の外へ歩いていった。
「絶対に言うなよ、特に、俺があの人に惚れてたってのは死んでも言うなよ」
「へいへい、ま、ボスにも言いませんから、安心してくれ」
医者が歩く中でそんな会話があったが、二人の様子は似たような物だった。つまり、二人共---冷や汗をかいていたのだ。
「危ないな、危うく話してしまう所だった」
部屋を出るとほぼ同時に、医者は安堵の息を吐いていた。話にはまだ続きがあった。もしも、あの調子のまま夢中で喋っていれば、彼は自分を許せなかっただろう。
「こればっかりは、私の心の内へ置いておくしかないか」
ハーベイの妻は、死ぬ間際、自分の娘を見るなり子供を守って欲しいと言い残した。それは医者もハーベイへ確かに伝えた事だ。
だが、彼女が最後に残した言葉は『それだけではない』のだ。
その一言を聞いた瞬間、医者はハーベイでさえも知らなかった彼女の一面を知り---その言葉が、生涯忘れられない物になる事を理解した。
そう、彼女は娘を見て、言いたい事を言い終わると、最後の最後で、こう言ったのだ。
目の前に来た物に怯えきって、悲しそうで、寂しそうな様子で----
「死にたくない」と
2012/8/28




