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「へぇ……話は分かった。つまり、その理由で君はここに居ると」


 レストランの中で、カミラは料理に手を付けながら楽しそうに頷いていた。目の前にはミアが居て、料理は食べていない。

 それを不思議がる者は居なかった。先程まで血を吐いていた少女が、食事をまともにこなせる筈がない。


「ええ、そうなんです。やはり、人の命は大事な物だと思いますから」


 顔は青いまま、体も少し震えてはいたが、ミアは力強い声でカミラの言葉に返事をしている。

 アンが自身の事を話し終えてから少しした後、ミアもまた、自分の事情を話し終えていた。クローンの存在や、自身の病の事も含めて、全てを。

 聞き手となったカミラも楽しそうな、しかし真剣な様子でそれを受け止めていた。何を思っているのかは、ミアには分からなかったのだが。


「あぁ、そうだね……命は大事だ、君のも含めてね」


 柔らかな口調のカミラに、ミアは頷く。顔色は悪くとも気持ちがそれを支えているのだろう、ミアの表情は苦しさを感じさせなかった。

 二人の横でそれを聞いていたアベリーは既に知っている話でありながら、改めて聞いてそのおかしさにため息を吐いた。


「確信したよ。お前は本当に凄い奴だ、そのザマでよく出る気になったな。というか……どうやったら病を押さえ込む、なんて事ができるんだ?」


 そう、話の中にはミアが自身の病でどのような状態になっているのかという部分も含まれていた。そう、常人なら歩く事どころか意識がある事が不思議なくらいである、と。

 酷いという言葉では表せない程壊滅的な状態に、アベリーは改めてミアの精神の恐ろしさを知った。

 アベリーの声の中に呆れと畏怖を感じたミアは少し首を傾げたが、すぐに気を取り直して質問に答える事に戻る。


「それはもう……気合いでなんとか……」

「そりゃあ、本当に無茶だな……」

「そういう所も含めて、凄い子だと思ってたんだけどな、私は。君は気づいていなかったのか」


 ため息混じりのアベリーの声に反応したカミラが苦笑していた。どうやら、彼女はミアの身体状況に一度見ただけで気づいていたようだ。


 しばらくの間カミラは苦笑を続けて、それを終えると真剣な表情を作って二人に話しかけた。


「さて……それで、話は納得出来た訳だが……これから、どうするつもりだ?」

「いや、お前と会って、嬢ちゃんの護衛にするつもりなんだが……」

「いや、それは分かってる。そういう事じゃない」


 カミラは首を振ってアベリーの言葉を否定する。ではどういう意味なのかとアベリーが首を傾げていると、カミラは少し困った様な雰囲気で話し出した。


「それがな、私が君と奪われた金を取り戻す為に依頼を受けたのは知ってるな?」

「ああ、それはさっき聞いた」


 アベリーは頷いて肯定を現す。カミラが受けた依頼の中には娘を取り戻すという事と、金を取り戻すという二つがあった事を二人は既に聞いている。


「で、その金の方なんだが……今、マーカスが持ってるんだ。というか、私が奪い返して、マーカスに渡したんだ」

「……それで?」

「ああ、私が気絶させた奴が誰なのかは知らないが……あれを盗んだのが君達、いや『私達』で、そのような事情があるなら、マーカスも納得してくれるだろうな、と思った」


 やはり困った様な雰囲気を放っているカミラの言葉で、アベリーとミアは彼女が言わんとする所を理解した。つまり、金をマーカスから受け取ろうと言うのだ。

 その『カミラに気絶させられた金を持っていた男』がライアン・ファミリーの人間だとアベリーは気づいたが、あえてそれは言わなかった。


「じゃあ、どうやってマーカスから金を受け取る? また『島』へ行くか? あそこのおっかない警備共とは会いたくないぞ」


 一年前の事を思い出してアベリーは面倒臭そうな顔をした。当時、彼らは『島』へ強盗に入り、警備達に多大な迷惑をかけている。出来れば会いたくないのが本音だった。

 カミラはそんなアベリーの気持ちを理解した上で、楽しそうに続ける。


「あぁ、多分だが……あの辺りに彼の部下が家を持っていた筈だ。そっちを当たってみるのが一番だろう」

「……同感だ、よく考えたら、そんなにすぐ『島』には戻らねえよな」

「……まあ、それだけじゃないんだけどね」


 何度か頷くアベリーを横目に見つつも、カミラは呟く。

 そう、カミラはマーカスが『島』に戻っていない事を確信していた。マーカスは誰かと待ち合わせをしていると言っていたからだ。

 さらに、普段とは違う姿のエィストが言っていた事も彼女の考えを後押ししていた。


「君『達』にも色々楽しい事があるから、お楽しみに。か……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもない」


 それだけ言うと、カミラは席を立ち上がった。料理があった皿は既に空で、片手にはコインが握られている。

 どうやら、今から行こうというらしい。そう判断したアベリーが立ち上がり、それを見たミアが次いで立ち上がろうとした。

 だが、ミアは立ち上がる寸前で膝から崩れ落ちかけ、倒れる寸前の所でカミラに支えられる。


「おっ……と、君は歩いても大丈夫なのかな?」


 ミアを片手で支えて、カミラは少し心配そうな顔をする。それを安心させようと、ミアは無理矢理に笑みを作った。


「大丈夫です、ここへ来る時も歩いてきましたから」

「……いや、君にはもっと良い移動手段がある」


 ミアの笑顔が作り笑いだと見抜いたカミラはすぐに悪戯っぽい顔をして、目にも留まらない速さで片手に持っていたコインをレジの辺りへ投げつける。

 恐ろしい速度で放たれたそれはレジを破壊するかと思われたが、それを予期したかのようにレジの前では店の料理人が立っていて、見事な動きでそれを掴んでレジに入れ、笑みを浮かべていた。

 そして、カミラは驚いてレジの方を見つめるミアへ近づき---思い切り、抱き抱えた。


「私の腕の中、だ。安心しろ、そっちのアベリーはお前を抱えながらじゃ行動が鈍るんだろうが、私は違う」

「お前等人間じゃないな、本当に」

「黙ってろ、で、体は痛くないか?」


 腕の中に居る少女を、カミラは気遣わしげに見つめた。相変わらずミアの顔は青かったが、今はそれよりも心配そうな色が強い。

 カミラは思わず疑問を抱いた。この様な状況で、ミアがそんな表情をする理由が分からなかった。


「私は、大丈夫です。でも、私を抱えたままではあなたが危ないのでは……?」


 どうやら、ミアは自分の身体よりカミラの腕が塞がる事を心配しているらしい。カミラはそんなミアの思考を笑い飛ばした。


「ははっ、舐めてくれるな。アベリーが付いてこなくても大丈夫なくらいだ」


 カミラはほんの一瞬、店の端にある客席を見てニヤリと笑ったが、二人は気づかなかった。


「何故だ?」

「私が付いてる、腕が使えなくても十分すぎる」


 それだけ言うと、笑ったままカミラはミアを抱き抱えたまま歩きだした。



---そういや、さっきのガキ……


 アベリーは、歩いていくカミラの背を追いかけながらもふと先程の少女---アジトの近くでも見た、ミアと似ている少女を思い出した。

 ミアが話していたクローンのくだりで、頭の片隅にはその少女の姿が頭に浮かんだが、あえて混乱させる事も無いだろうと彼は言わなかったのだ。


 アベリーはそう考えながら、二人の隣を歩く。ミアは体をカミラに預け、疲れているのか少し目を閉じていた。

 そんな姿からは、力強さの類も、カリスマ性も感じられず、本当にただ普通の少女に見えるのだった。


+


「……バレてるっぽいっすね」

「ああ、バレてたっぽいな」


 レストランの端にある客席、カミラが一瞬だけ目をやったそこでは二人の男が冷や汗を流しながら体を隠す様にうずくまっていた。

 カミラ達が店から出ていった事を確認した二人の男---ダンプとトニーは、安堵の息を吐いて顔を見合わせる。


「いやぁ、流石カミラ・クラメール、見られただけで気絶するかと、おっかねえ」

「はは、ああいうのを喜ぶ人種だって居るんだ、俺達はそうじゃなくて良かったな。お陰で下着は無事だぜ……おいまさか、漏らしてねえだろうな?」

「俺を何だと思ってるんっすかアンタは」


 恭助とアンを追った二人は、彼らがレストランへ入っていったのを確認すると同じ様に店へ入り、彼らから一番離れた席へ座ったのだ。


「いやまさか、本物の娘の方まで来るとは思いませんでしたねぇ」

「おぉ、ありゃビックリだね。ここの料理人といい、カミラといい、この店は何かおかしいとしか思えねえよ畜生」


 そう言ってダンプは肩を竦める。アンを追いかけてきたというのに彼らは少年が飛び出してすぐに走り去った為にアンを見失ってしまったのだ。


「あんまり、カミラとはお近づきにはなりたくないっすよねー」


 トニーはため息を吐いた。アン達を追わなかった理由はもう一つある、二人と入れ違いになる様にカミラが現れたからだ。

 その二つの理由で二人は目的の少女を見失い、代わりに別の少女を見つけていた。ミアだ。彼らのもう一つの目的である少女は、見覚えのある男と共に居た。


「連中、どうやら一人除いてどっか行ったっぽいっすねー」

「ああ、まあ、あいつが一番強いんだしな。ああ畜生、この店で騒ぎを起こせねえのが残念だ! クソったれちょっとこの店爆破してもがが」


 不機嫌そうに騒ごうとしたダンプの口はそれを読んでいたトニーによって塞がれる。

 そのまま慌ててレジの方を見ると、『いかにも強そうな』顔をした料理人が一瞬、睨み付けてきた。が、トニーがダンプの口を塞いだのを確認したのか、すぐに調理場へ戻っていった。

 それを見たトニーは安堵の息を吐き、ダンプの口から手を離す。


「ちょ、何やってるんっすか!? 危うく殺される所でしたよ!?」

「それが怖くて俺達はこんな仕事……いや、やっぱ怖い。悪かった」


 やけに素直なダンプに、トニーは首を傾げた。彼は料理人が一瞬だけ顔を出して、ダンプに殺気を浴びせかけた事に気づいていない。

 だが、そんな男は次の瞬間にはいつものダンプに戻って不機嫌そうに話し続ける。


「それよりもなぁ……お前が見かけた時に後を付けようなんて言わなけりゃ、こんな事には……」

「もし派手に騒がれて強盗団の連中とファミリーの戦争でも起こしたらそれこそ最悪の事態っすよ」

「だがこの店に居るよりはマシだろぉよ……」


 ここは騒げない店として有名だ、だからなのか、普段はこの様な場所には来ない様な客まで来る事があるくらいに。

 そんな店にアンが入ってしまった事は実に不幸だと言いたげな表情になったダンプを、トニーはなだめる。


「まぁまあ……見失った物は仕方ねえっす。それより、ボスの娘さんを追いかけた方がマシって物だと思いませんかね」

「……まあ、そうなんだがよぉ」


 渋々といった表情でダンプはそれを肯定した。店内はそれほど大きい訳ではない。カミラ達の話し声は、聞く事を意識すれば何とか聞き取れる程度の物だった。

 二人はカミラ達が何処へ行くのかを知っている、だが、それには大きな問題がある事をダンプは認識していた。


「って言ってもな……その、マーカスの部下が住んでる家ってのを知らねえんだよなぁ」

「いや、知ってるっすよ?」


 その大きな問題を解決する一言を、トニーはさらりと言ってのけた。普段の調子も忘れて思わず目を点にするダンプに、トニーは話を続ける。


「そりゃもう、マーカスの部下の家くらい、ちゃんと調べて頭に叩き込んでます」

「そんな面倒な……何でそんな事をやったんだ?」

「そりゃそうでしょ、アンタみたいな無茶なのをサポートするにはそれくらい、必要っす」


 肩を竦めながらそう言うトニーの言葉こそ悪口混じりだったが、その底に気遣いの類がある事を見抜いていたダンプは親指を立てて笑いかけた。


「そりゃ、ご苦労」

「はは、明日は血の雨でも降るんっすかねー」

「どういう意味だこの野郎。まあ、降るとしたらそうだな……雪でも降るんじゃねえか?」


 ダンプは窓越しに空を見上げている。この町での雪は二十年程前に降ったのが最後だった。

 まだライアン・ファミリーにも入っていないただの子供だった当時の事を思い出して、トニーは懐かしそうな顔をする。


「あの時はまだまだケツの青いワルガキでしたもんねぇ……まあ、今は」

「今はケツの黒いワルガキってか? ああ、その通りだよ。違いない」


 苦笑しながら、ダンプは席を立つ。


「ま、俺達もまだまだガキさ。だろ? だったら、俺達は後の事なんざ後で考えるだけだ、行くぞ。案内してくれ」


 それだけ言うと同時にダンプは店のレジへ歩いていく。トニーは慌てて料理を食べきり、笑いながら追っていった。


ココから先は、色々あって執筆ペースが落ちたので……一挙完結と行きます 2012/8/28

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