13
レストランの内部は先ほどまでより沈黙に包まれていた。元々、静かな店なのだが今は特に凄まじく、誰も口を開かずに時折一つの席へ目をやっていた。
その席には二人の女、一人の男が座っている。客達の視線は、その中の一人に向けられていた。
「ではやはり、あの『島』に居た警備員を皆殺しにしたという噂は……」
「ああ、全員殺さずに気絶させた。いや大変だったよ、その時六発も銃弾を受けていてね、面倒極まる事だった」
「そ、そうなのですか」
「ああ、去年の私は今年の私より弱いからね。今年の私なら、片手一本で全滅させられるよ」
その凄まじい内容に若干の気後れを感じながらも、興味深げなミアは目の前の女性が「あの」カミラである事を認めていた。カミラといえば、町の中ではかなりの有名人だ。偽物ではないとは言い切れない。
だが、話を聞くとその内容は噂通り、いや、『噂以上』だった。
「それにしても、挨拶してすぐ『噂は本当なのか』なんて、聞かれたのは初めてだよ」
「お恥ずかしながら……私は産まれてから外の事をほとんど知らずに育ったので、あなたの事も噂でしか知らなかったんです」
「へえ、私としては知られていようが何だろうが特に差は無いから、良いんだけどね」
何より恐ろしい事に、話す内容は自慢げでも、カミラ自身の声音にはその様な色はまったくない。出来て当然、そう感じているのだとミアは理解できた。
その自信と、強さがミアには羨ましく感じられて、思わず尊敬の目でカミラを見つめる。
「ん……? ああ、成る程。はは、私なんか全然だよ。魂の強さなら、君の方が余程だ」
その視線の理由を理解したカミラは少し照れた様子で、しかし相手の心を見透かしたような言葉を返す。世辞でも何でもないそれに、ミアは慌てて首を振った。
「そんな、私なんて酷い者ですよ」
「それは、自分に気づいていないだけだと思うね。なあアベリー? 違うか?」
そう言ってカミラはアベリーの方へ話を振った。
しかし、退屈そうにコーヒーを口にしていたアベリーは数秒経ってようやく気づいたのだろう、目の中に疑問符を浮かべてカミラを見ていた。
「何か言ったか?」
「ああ、言った。つまり……この子は魂の強い子だ、私やお前よりもね。違うか?」
アベリーはそれまでの会話を一切聞いていなかった、カミラが現れて、ミアと楽しげに話し出した時から、彼は話に入る事を諦めていたのだ。
だが、カミラの言葉で話を理解したアベリーは少々不満げな様子で頷いた。
「違わないな、行きすぎてるくらいだ」
「だろう? 一目見てすぐに『凄い子だ』と思ったからね」
それらの言葉にミアは蒼かった顔を思わず赤くする。血を吐いていた先程より、状態は良くなっていた。
その姿にアベリーは聞こえない程度に安堵の息を吐く。先程のミアは死にそう、という次元ではなく、傍目からはもう死んでいる、と言われてもおかしくない様な顔をしていたのだ。
「さて、それで本題なんだが……」
どこか嬉しそうなアベリーの表情を不思議そうに見ながらもカミラは口を開く。
「アベリー? この子は?」
「……知らなかったのか?」
アベリーは少し驚いた様子で呟いた。カミラがやって来てから、ミアと彼女はすぐに自己紹介を終え、カミラは親しげに話しかけたのだ。知っている物だとばかり思っていた。
そんなアベリーの様子を見たカミラは笑って顔の前で手を振った。
「違う違う、さっき名前を顔を聞いてね。アベリーが連れているから驚いたんだ」
どうやらアベリーの考えは当たっていたらしく、カミラは本当に初対面だった様だ。それを理解し、カミラに教えた存在が気になって尋ねてみる事にする。
聞かれたカミラは一瞬、困惑した様な表情を浮かべたがすぐに様子を一変させて返事をした。
「ああ、それなら簡単さ……娘を誘拐されたって、ハーベイがな」
そう言うカミラの声は、冷たかった。アベリーへ向けるそれはまるで汚い物を見るような目で、ミアへ向けるそれは正真正銘、哀れみだった。
何か、人間以下の存在として見られる程の恐ろしい誤解をしている、そう理解したアベリーは慌てて訂正しようと口を開く。
だがそれより早く、何らかの『力』がアベリーの耳を通り過ぎて、彼を黙らせた。
「---待ってください、カミラさん」
ミアの声だった。カミラが誤解していると判断したミアもまたアベリーと同じ事を考えたらしい。
珍しく目を丸くして、カミラはほんの僅かな瞬間だけ感じた物を消し去り、関心しきった声を上げる。
「へえ……改めて、凄い子だ」
それはどこか驚いている様で、それ以上に気圧された自分を戒める様だった。
アベリーはその様子に目を丸くする。去年からの一年の付き合いで、アベリーはカミラのその様な表情を初めて見た。
確かにアベリーにも分かる程、ミアの声には『力』が感じられた。だが、アベリーが感じたそれは決して強大な物ではない。
何十もの機関銃と殺気を前に笑みを浮かべていた事もあるカミラにとっては軽く受けられる物の筈だ。だが、カミラの目は関心と、驚愕があった。
「……あの、何か?」
二人の様子がおかしい事に気づいたのだろう、ミアは首を傾げていた。
「ああ、気にするな。お前さんは凄いってそれだけだ」
「そうさ、気にしないでくれ。君は凄い子だって事だから」
誤魔化す様な響きが含まれる声をカミラは笑みを浮かべながら発すると、また誤魔化す様に咳払いを一つした。
「あー……で、だ。どうして君はアベリーと共に居るんだ? 誘拐されたか?」
「いえ、私は自分の意志でアベリーさん達に付いていったのです」
ミアがそう言うと、どこがカミラの心に触れたのか、彼女は興味深そうな顔をしていた。
「ふんふん、じゃあ、どうしてこんな連中に付いていった? ……私が言うのも何だが最低だぞ」
「最低なんかじゃ、ありません。皆さんとても優しい方で……私、あんな遊びをしたのは初めてで、楽しかったです」
ミアは話を逸らす様にそう言った。が、それが通じる相手ではなく、カミラは何度か頷きながらも言葉を続ける。
「へぇー……まあ、いいさ。で、どうして付いていった?」
「そ、それは……」
明らかに言いたくない様子でミアは口ごもる。アベリーには、ミアが隠そうとする意味が良く分かった。自分のクローンが部品として殺されようとしている事など、必要でなければあまり話したい事ではあるまい。
だが、それは必要なのだ。カミラと協力する為には、必要な事なのだから。
「言っても大丈夫だぞ、そいつなら」
「……しかし」
「大丈夫だ、そいつなら、例え『ライアン・ファミリーの連中が全員で来たって返り討ちにできる』からな」
それを聞いて、ミアはカミラへ目をやる。
彼女は何も、自分が言いたくないというだけで話したくなかった訳ではない。アベリーには仕方ないと話したが、その結果として彼らのアジトが攻撃され、崩壊したのだ。
それはミアの心に傷を残し、話をする事を躊躇させていた。
だが、ミアは同時に理解していた。カミラに話さねばならない、という事も。
覚悟を決めた表情で、ミアは小さく息を吐き、話し出した。
「実は、私のクローンが----」
彼女が話し始めたその時、カミラはアベリーへウインクをしていた。が、話す事に夢中のミアには見えていなかった。
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「ふむ、成る程成る程……」
同じ頃、とある道路の一つではマーカスが納得したと言いたげな表情で何度も頷いていた。
「確かに超一流の医者に任せたくなるのも分かるという物だ」
マーカスのそんな姿に、アンは頷いて真剣な顔をする。
マーカスが確かな力を持っている事を知っていたアンは既に全てを話していた。
話を聞いている最中、マーカスが何度が頷いて詳しい事を聞いてくる時もあり、思った以上に長く話していた事をアンは自覚する。
自身の背後に居た恭助も時折楽しそうな顔で口を挟んできたが、今は満足げな顔で佇んでいるのみだった。
「あの、それで……」
「ん? ああ、大丈夫だよ。君を部品扱いして、他の子に移植するなんて事、我々はしたくないからね」
その返事に、アンは安堵の息を吐く。彼女はマーカスからも話を聞いて、彼がハーベイから依頼を受けていた事を知っている。
あの『島』の管理者といえば、ライアン・ファミリーよりも上の立場に居るという点も含めて、外見はアンを含む一部を除いて知られていなくとも有名だ。
その代表が味方に付くのであれば、これほど力強い者も少ないのである。
「ね、ね? 助けてくれるみたいでしょ?」
「ええ、うん。凄く助かったよ」
恭助の得意げな声が聞こえて、アンは微笑みながら頷いた。
既に、アンは店から走り出した恭助への不満は無くなっている。むしろ、マーカスを紹介してくれた恭助への感謝の念でいっぱいなのだ。
---お礼は、どうすればいいんだろう
ふと、アンはそんな事を考えた。あまり意識しなかったが、恭助はダンプから逃がしてくれた恩人でもあるのだ。恩返しはせねばならないとアンは知っていた。
「どうしたの?」
唐突に何かを考え込む表情になったアンが気になったのだろう、恭助が首を傾げながらアンの顔を覗き込む。
いきなり視界が恭助で一杯になった為、アンは少し驚いていた。それでも声を返そうと、アンはそれまでの事を考えながら口を開く。
「いや、その……色々助けて貰ったなぁ、って……うあ……」
「……?」
黙り込んだアンに、恭助はより首を傾げた。
だが、アンはそれどころではなかった。
---ああぁぁぁ! 思い出さない、あたしはそんな事覚えてないんだから!
そう、アンはそれまでの経緯を思い出している内に『港での行為』が頭に思い浮かんで、一瞬にしてパニックを起こしたのだ。
---落ち着く、落ち着けっ! あたしは大丈夫! 子供にお腹を触らせただけ……だけ……
それでも恭助が目の前に居る以上、あまり混乱し続ける訳には行かない。アンはそう考えて無理矢理に自分を落ち着かせる。
---はぁ……よし、よし。大丈夫。大丈夫だね……こうしよう、お礼の前に、そうしなきゃ
何とか息を整えながら紅潮する頬を隠し、アンはその最中、ある事を思いついて笑顔を浮かべた。
「あ、落ち着いた? はは、良かった良かった」
アンが落ち着いた事を確認した恭助は首を傾げながらも、安心した様子で身をアンから少しだけ遠ざけようとする。
だが、その前にアンが優しい手つきで恭助の肩を抱いていた。
「わっ、え? お姉さん……?」
戸惑う恭助の声を、アンはあえて無視した。マーカスが興味深げな顔をしていたが、それも無視した。
何故なら、何とか気持ちを落ち着かせたアンにはそれに反応する余裕など無かったのだ。この一言を言う、それだけの為に。
「本当に、ありがとう」
心からの感謝の気持ちを込めて、アンは改めて礼を言った。
人生で一番の気持ちを込めたお礼。それを受け取った恭助は頬を紅潮させて、「今が人生最高の瞬間だ」とでも言いたげな笑顔を見せる。
「え、えへへ……へへ、褒められちゃった。どう、マーカスさん、どう?」
「……あなたに助けられたそこのお嬢さんは幸せ者だと思います、本当に」
「もう、そういう事じゃないって分かってる癖にっ」
「ええ、分かっていますよ。あなたがどうしようもなく人生を満喫している、という事はね」
「……まあ、合ってるけどね」
話の内容は、自分の事を話しているという一点以外は分からなかったが、アンはやっと落ち着いた頭で二人が仲良く話している事だけは理解できた。理解したと同時に、少し疑問も覚えた。
マーカスは、『島』の管理者である。当然、町の住人にとっては頂点に居る存在だ。それと対等、否---それ以上の様に恭助は扱われているではないか。
---一体、この子は何者なんだろう。
心の中に浮かんできたその疑問を、アンは考えた。彼女の耳には届いていないが、その間にも二人の会話は続いている。
「へえ、じゃあ……『あの人』、居たんだね。ふふ、まったくもう……いつもの事ながら、本当に……」
「では、前にもその様な事が?」
「まあね。前は僕の友達の女の人に変身して、知り合いを襲ってたらしいよ、結局みんなが幸せになれたみたいだし、結果は良かったけどね」
「それはまた……あの人らしいというか何というか……」
やれやれと言いたげな、しかし好意を含めた様子で二人は共通の知人の話で盛り上がる。その話の内容を聞いていればアンは何かを掴んでいたのだろうが、聞いていなかった為に無意味な事だった。
「あぁ、そういえば……」
ひとしきり話していたマーカスは、ふと思い出した様に口を開いた。
「そういえば?」
「いや実はね、このケースに入っているお金……私への依頼料金なのだよ」
言いながら、マーカスは片手に持っているケースを持ち上げて見せる。頑丈そうだが、何故か煤を被っているそれに恭助は興味深げな表情を浮かべた。
「へぇー……どれくらい入ってるの?」
「少なくとも、『かなりの』とか『巨額の』とか言って良いくらいの金額だよ……一時、盗まれたらしいけどね」
最後に補足する様な言葉を付け足して、マーカスはケースを下げる。その内容が微かに耳に入ったアンはそれまでの思考をすぐに捨て去り、目を見開いた。
それはつまり、ハーベイ達から金を、それも重要な金を盗める程の存在が居るという事だ。それだけでも驚くべきだったが、アンにはそれ以上に気になった事が一つあった。
「あの……盗まれたのはお金だけだったんですか?」
そう、先程の疑問は今でも彼女の中にある。まさかとは思っていても、消し去る事はできないのだ。
「……いや、盗まれたの『は』お金だけだとも」
マーカスは少しの間だけ口ごもってから答える。何やら意味が有りそうな言葉だったが、アンはそれには気づかなかった---背後の恭助が自分の口に指を縦一文字に立ててマーカスに指示を出していた事も、含めて。
そうとは知らないアンは一度、自分でも意図の分からない息を吐く。疑念は消えないが、とりあえず保留にする事を決めながら。
「そうなんですか……あぁ、安心した」
「それで、マーカスさん? そのお金はどうするの?」
納得した様子でアンが足を一歩背後へやると、次は恭助が前に出て次の質問を投げかけた。
至極真っ当な質問だ、アンとマーカスにとっては拍子抜けするくらいに。
「とりあえず、依頼は受けられない。だからといって戻す訳にも行かないからね。まあ、部下にでも預けてみようかな」
少し投げやりな答えに、アンは思わず目を点にする。
彼が持っているケースの中身は、本人の言う通りの物が入っている筈なのだ。それに対する扱いとしては、適当極まる物だった。
そのようにアンが感じている最中も、二人は話を続けている。
「さて……一応、お金と彼女の避難場所を見つけないとね。この辺りで一番近い部下の家はどこだったかな」
「それなら、多分……」
恭助はある方向を指さす。それがどこであるかが分かったマーカスは静かに頷いて、笑みを浮かべた。
「なるほど、一番近いのはあそこか。よし、理解した……お嬢さん?」
「は、はいっ?」
唐突に話しかけられたアンは慌てて返事をする。その様子を確認したマーカスは話を続けた。
「とりあえず、我々はここから私の部下の家まで行くんだが……良いかな?」
「……え、ええ。はい、大丈夫です」
マーカスはどうやら最後の確認がしたかっただけらしく、アンの返事を聞くと満足げな顔をして恭助の方へ顔を向けた。その目は、何故か恭助の手を見ている。
意図を理解した恭助は同じく満足げな、そして嬉しそうな顔をしてアンの手を握り、少し困惑した様子のアンに微笑みかけた。
遅れて、アンはその手を握り返す。二人は何となく笑いあって、歩き始めた。
「それじゃ、行こっか!」
うーん……個人的には、出来るだけ読みやすく書いてるつもりなのですが、どことなく読みにくさがありますね。いや、書いてる最中は無心でなおかつ「ヒャッハー!」とか言ってるので、もしかしたらそれが原因かも…… 私は既に完成した物を修正するのがとてつもなく苦手なので、悩み所です 2012/7/24




