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「これ、凄く美味しいね。何度も言うけど、教えてくれてありがと」
「ふふっ、どういたしまして。喜んでいただけて、何よりです」
「あたしも、教えて貰ったのが美味しくて何よりだよ」
そんな事があってから数分後、同じ赤毛、似たような顔立ちの二人はどうやらとても気が合うらしく、クスクスと笑いながら話を続けていた。
アンの前には注文した料理がある。それに手を付けながらも、アンは少女との会話を怠らなかった。先程、話を初めてからこの調子のままだ。
「そうそう、相席、ありがとうございます」
少女はアンの隣に座っていて、対面には恭助と、少女に付き添っていた男が居る。店内は少女達が来た時には満席だった為、アンが相席を申し出たのだ。
「いいっていいって。あたし達、仲良くなれそうじゃない、それくらい当たり前でしょ?」
「そう……ですね。仲良くなれそう、ですものね」
噛みしめる様な声音の少女に、アンは同感だとばかりに頷いた。
「この年で、同世代の子と初めて話すなんて……と思ってたけど、訂正しなきゃね。あなたみたいな子が最初で良かった」
「私も、そう思います。初めてがあなたで、本当に嬉しいですよ」
男二人をまるで居ない者の様に無視して、二人の少女の話は盛り上がっている。そんな中、恭助はポツリと呟いた。
「なんだか、居心地が悪いね」
恭助の前には何時の間に追加注文したのか次のパフェがある。手を付ける速度は大して変わっていないが、その表所はどこか退屈そうだった。相変わらず、顔は少し赤かったのだが。
そんな少年の言葉に、男は思わず同意して頷く。女二人の会話は仲良く、何より幸せそうだった。そんな中、同じ席に座る彼らはまるで異物になった様な気分で、居心地は最悪な物だろう。
二人の男の居心地など気づきもせず、二人の少女の話は続いている。アンは既に食事を終えたらしく、空の皿が隅に置かれていた。
「あたし、育ての親が凄い無茶苦茶な奴でね。なんかもう、騒がしくてしょうがないんだ、一々何かする度に騒ぐから、手に負えないよ」
「……私の実の親は、とても酷い方です。ええ、酷い方ですとも」
「え、どんな風に?」
「それは……内緒、です」
苦しそうに告げられた言葉に、地雷を踏んだ事を自覚したアンは慌てて話題を変える事にする。その性で、アンは少女が本当に隠している事には気づかなかった。
「そ、それよりさ。このお店、何度も来てるの?」
「あ、いえ。一度だけです」
「じゃあ今回が二度目な訳だ、いやあ私もラッキーだった。こんなに良い出会いがあるなんて思ってなかった」
「私もです、生きている間にこんなに気の合う人と会えるなんて、思っていませんでした」
二人は本当に幸せそうだ。本来、それに茶々を入れる筈の恭助が口を出せない程に。
「あっ」
二人の少女が話している中、唐突にアンは何かを思い出した様な顔をする。何事かと首を傾げた少女に、アンは輝かんばかりの笑顔で答えた。
「忘れてた……名前だよ。まだ、名前を名乗ってないんだ」
「……あ」
それは、普通なら出会った時にやる筈の事だった。
だが、今まで人と関わるといえば年上だった二人は、同じくらいの年齢の相手に初めて出会った衝撃と、同世代の知人が出来た喜びでそれを忘れていたのだ。
思い出した二人は、慌てて名乗ろうとする。
「じゃあ、あたしからね。あたしの名……前、は……」
「……どうしたのですか? では、私が先に……私の名、前……は……」
名乗る途中で、二人は自分の出自を思い出し、黙り込んだ。
生まれて初めて、二人は名乗る事を躊躇した。いや、名前ではない。二人が恐れたのは、家の名を名乗る事だった。
二人にとっても忘れがちな事だが、それはマフィア組織の名前なのだ。知られれば、恐れられてしまう危険がある。それを言うのは戸惑われた。
---いやっ、名前だけなら大丈夫……!
それでも即座に判断したアンが、少し不安に思いつつも勇気を出して口を開く事にする。
「あー、ちょっとごめん。あたしの名前」
「おっ、おお! 待ってた人がそろそろ来るよ! いこう!」
だが、アンの勇気は完全に無駄になった。彼女が口を開いた瞬間、恭助が急に席を立ったかと思うと、この場ではないどこかを見た様な目で嬉しそうに言ったのだ。
「えっ」
「あ、お金は此処に置いておくからよろしく!」
それだけ言うと、恭助は戸惑うアンの腕を掴み、問答もさせずに恐ろしい速度で走っていった。
「ちょ、待っ、あたしの名前はぁあああああああ……」
そこでようやく我に返ったアンの声が少女の耳の遠くで響いていたが、ついにアンの名前が少女に認識される事は無かった。
+
「あ、ちょっと待ってくださ……行ってしまいました」
アンと同じく我に返った少女---ミアが困り果てた顔で呟く。
「名前、聞けませんでした。また会えるでしょうか」
「会えるさ、お前が生きてて、あっちが生きてれば何時でもな」
独り言の様なミアの声に、男---アベリーは少し疲れた風に答える。
どうやら少女二人の会話を延々と聞かされるのはアベリーにとって相当に堪える物だったらしく、何時の間にか注文したコーヒーを片手にため息を何度か吐いていた。
「そう、ですね。生きている限り、会えるかもしれませんよね」
アベリーの言葉に、ミアは自分に言い聞かせる様にそう呟く。
そんな姿をアベリーは見つめていた。彼にとって近しい者といえば強盗団で、彼らとは基本的に離れる事はなく、離れたとしても戻ってくる事をアベリーは知っている。そんな存在が今まで居なかったミアを、アベリーは少し哀れに思った。だが、それよりも、アベリーには気になる事があったのだ。
「---あのガキより、お前は大丈夫なのか」
アベリーは、それ以上に少女の身を案じていた。アンは気づいていなかったが、アベリーは直感で『それ』に気づく事が出来たのだ。
その言葉を受け取ったミアは、小さく微笑む。弱々しく、力の無いそれだったが、そこには大切な物を見つけた事への幸せそうな色が見えていた。
そんな、幸せそうな微笑のまま----ミアは全身を痙攣させ、顔を蒼白にして唐突に手で口を押さえて咳をし、ゆっくりと手を見て、先程より儚げな笑みを浮かべる。
「大丈夫、です。この病との付き合い方は私が一番良く知っていますから……」
その手には、溢れる程の血が付いていた。
そう、ミアは自身を蝕む病を意志の力で無理矢理に抑え込んでいたのだ。素人目にも分かる無茶をした為か、ミアの表情はアベリーと初めて会った時の数倍悪かった。
「折角、同世代の女の子と話す機会ですから。あまり心配させたくなかったので……しかし、あなたを心配させてしまった様ですね……」
失敗しました、とミアは微笑む。それはまるで、自分の事など一切考慮せずにただ他者の気持ちだけを見ている様に思えて、アベリーは自分の心が苛立ったのを自覚する。
しかし、それは言葉にしない。この世には、言っても無駄だと分かる相手が確実に存在するのだ。
「まあ、それはいい……しょうがない。で、だ。俺の待ってる奴もそろそろ来るみたいでな」
言いながら、アベリーは店の外を眺める。それを聞いたミアは苦しげな表情をしつつ、それでも同じ様に店の外を見た。
だが、そこには誰も居ない。アベリーの口振りでは近くに居る様に思えたのだが、それは勘違いだった様だ。そう判断したミアは、もう一度咳をして視線をアベリーに戻す。
「やあ、アベリー。他の連中は?」
「よぉカミラ。他の連中は……お前も知ってる別のアジトに行ってるよ。あぁ、事情は今から話す」
---アベリーの隣に誰かが居て、ミアは自分の勘違いではなかった事を理解した。
+
「もう、何であそこで走るかなぁ」
不満そうなアンの声が走っている恭助の耳に届いて来る。その気持ちが、恭助には良く分かった。誰でも、名乗る途中で連れて行かれれば不満だろう。
それを知りつつも恭助は反省した様子も見せず愉快そうに笑っている。
恭助と、それに引っ張られていくアンの足は素早い。アンの別れを惜しむ気持ちなど無視してすぐに店は見えなくなっていく。
すると、走りながらも恭助が少し申し訳なさそうな声をかけてきた。
「はは、ごめんね。ちょっと急いでたから、それに、大丈夫だよ」
「何が?」
苛立っている事がすぐに分かる声だったが、恭助はそれに対しては何の反応も見せず、何やら真剣な様子で言った。
「あの子とは、近い内に再会出来るから」
何故、そう言えるのか。その理由も、その真剣な表情の意味も分からなかった。
だが、それを聞いた瞬間、アンは「そうか、会えるんだ」と内心が納得して、自分が恭助の言葉を信じている事を理解し、苛立ちを消し去る。
「大丈夫大丈夫、君も彼女も生きていれば絶対に会えるから……死んでいても会えるかな?」
その様子を確認したのか、次に口を開いた時の恭助は気楽そうな表情をしていた。
アンは、それまでの話題で思い出した『ある』事を聞いてみる事にする。
「……死んでたら会えないと思う。キョースケはどう思ってる?」
軽い口調だが、重い質問だった。ダンプの言う『居きる意味も死ぬ意味も分かっていない』という言葉を思い出したのだ。
それを、アンは何となく恭助に聞いてみる事にしたのだ。だが、恭助の言葉はまったく関係無い部分に向けられていた。
「またキョースケって……エィストの方が呼びやすいでしょ?」
「……あの『島』を擁する町の住人として、その名前で呼ぶのは抵抗があるの」
アンは眉を顰めて答える。空を飛んでいる時にも言っていたが、その名前はこの町にとって特別な物なのだ。そこで、ふとアンは一年前の事を思い出した。
---トニーさんが『エィストが戻ってきたらしい』って言ってたっけ
二百年前の歴史上の人物が戻ってきたとはどういう事なのだろうか、と当時は思った。が、今共に走る少年は『エィスト』とも名乗っているのだ。
何か、関わりがあるのだろうかと頭に留めて置く事に決め、恭助の方を見る。
ふと、そこでアンは思い出した。
「ところで、どうしてあのレストランで待ち続けなかったの? あそこが待ち合わせ場所だったんじゃ?」
「待ちきれなくってさ! というのは半分冗談で、あそこにはダンプっておじさん、居たんだよ?」
走りながら、アンは内心の動揺を抑え込む。まさかあの場に居るとは思わなかったのだ。
何故追ってこないのかという疑問も、すぐに頭の中で解決した。恭助が店を飛び出したからなのだ。アンはそれまでの恭助の行動が理解できて、思わず握られている手を少し丁寧に握り返した。
「……そっか」
「そうなんだよ……あ、そろそろ合流しそうだから、準備しておいてね!」
走りながら、恭助がそんな事を言った側から道の向こう側に一人の老人が現れた。杖を付いている様に見えるが、もう少しよく見るとそれをまともに使っていない事が分かるだろう。
そんな老人が見えたかと思うと、恭助はまるで瞬間移動でもする様な速度でアンを抱え、次の瞬間には老人の目の前に立っていた。
「おや、恭助君。お久しぶりかな」
老人は少し丁寧な雰囲気を纏っていた。先程の動きにも特に何かを言う事無く、平然と話すのはある種違和感すら覚えさせる物だ。
---こ、この人は……!
しかし、アンは『それどころ』では無かった。少女はその顔を写真で見た事がある。確かにマフィアでは無く、アンを守る権力を持った存在である。だが、まさかと考えて可能性から外していたのだ。
隣では恭助が顔を覗き込み、「驚いた?」と言いたげな表情をしていた。
「ふむ、恭助君はともかく、君が何者かは知らないが……名乗らねばな」
そんな二人の様子を気にする事もなく、老人は話を続けた。
「マーカスだ。『島』の管理をしている。よろしく頼むよ」
+
一分後、目の前のマーカスという老人の肩書きに驚きつつも、アンは先ほどの少女の事を考える。
---いい子、だったなぁ。それにとっても優しかった
一分後、目の前のカミラという女性の『伝説』に驚きつつも、ミアは同世代の少女の事を考える。
---素敵な方です。とても優しい人
互いに知らない事だが、二人は同じ事を同時に考えていた。
思い浮かべたのは相手の容姿だ。白い肌に、同じくらいの背丈、どこかで見たような容姿に、赤毛---
---……赤、毛?
---……赤毛?
流れる様な『赤毛』、今まで『人と関わってこなかった』という経歴、そして『自分と同世代』。そこから出される結論は、一つだった。
---あれ……? いや……まさかね。マフィアの娘があんなに良い子な筈がない。あたしみたいなのに決まってる
---いえ、そんな筈が……私のクローンはビルの中に今でも閉じこめられている筈……
だが、二人はそれを気のせいだと振り払う。偶然、レストランで出会った相手が自分と同じ遺伝子を持つ存在などと、信じ難い事だった。
---でも、もし……
---しかし、この先の短い命、使うなら……
しかし、二人は「もしもそうであったなら」と楽しそうな顔をした。
---もしもパーツになるなら、あんな子が良いなぁ……
---あのような方に、捧げたい
二人の少女---ミア・ライアンとアン・ライアンは、少なくともこの瞬間、相手の正体が『そう』であることを認めていなかった。
ふぅはははー! ……ああ、疲れた
2012/7/21




