薬草採集 side.B②
「アリス!」
「あ、悠仁さん!」
涙目になった顔をこちらに向けてくる。
「どうした!何があった!怪我は!」
「わ、私は平気なんですけど、この子がぁ…」
確かにアリスに怪我は無い。足の上を見ると、何かを抱えているようだった。
「それは?」
「怪我をしてたから助けてあげようとしたら、驚いたのか逃げ出してしまって…、湖に落ちて溺れてしまってぇ…」
アリスは責任を感じているのか、涙声で説明をする。よく見ると、フェネックのような小動物がうずくまっているのが見えた。
「はぁ…。よし、どれだ?」
とりあえずアリスに怪我が無いことが確認できたので、心を落ち着けて話を進める。
「この子なんですけど…。」
足を怪我していて、出血しているのが見える。呼吸もしていない。アリスの服が濡れているところをみると、結構深いところに落ちたようだった。
「よし、まずは呼吸を戻すぞ。」
とは言っても獣医でも無い悠仁にできるのは、体を抱え上げて口を下に向け、肺があると思われる辺りを押し込んで水を吐き出させることくらいだ。
「だ、大丈夫でしょうかぁ…」
「わからないけど、やるだけは…」
アリスは涙をぼろぼろ流しながら動向を見守っている。
(誰かが怪我をしても冷静に治療をするのに、生き物が相手だとこんなに変わるのか…?)
意外な一面を見てちょっと驚いたが、手を休めることは出来ない。
濡れた小さな体は掌の中で驚くほど頼りなく、毛の下の骨の細さがそのまま伝わってくる。人の形をしていないだけで、命の扱い方はこんなに心細くなる。手順も自信もないまま、それでも手だけは動かし続けた。
「だ、大丈夫!?」
遅れてやってきたミーナが合流する。
「あぁ、アリスに問題はなかったんだが、こっちがな。」
「え、あ、そうなの。あぁ…よかった…。」
ミーナの服のあちこちに葉や小枝が引っかかっているのと、頬に少しかすり傷があるのをみると、これでも全速力で走ってきたのだろう。そんなことを観察していると。
「ガフッ…」
その小さな口から水が溢れ出す。2回、3回と水を吐き出した後は、胸が上下した。
「よ、よかったぁ…」
それを見たアリスが安堵の声を漏らす。
「よし、うまくいったみたいだ。足の怪我に関しては…。俺がやるか。」
悠仁は背中から杖を取り出して詠唱をする。
「光よ この者の傷を癒せ…、ライトヒール」
小動物の体が白い光に包まれて、足の傷が塞がっていく。悠仁に使える回復はこのライトヒールまで、止血と応急処置がせいぜいだ。本格的な治療となればアリスの領分だが、小動物の傷を塞ぐくらいなら十分だろう。
「ほら、アリス。怪我も治ったし、意識が戻れば大丈夫だと思うぞ。」
小動物をアリスの足の上に戻してやる。
「あ、ありがとうございますぅ…。どうしていいかわからなくてぇ…」
アリスはまだ泣いている。
「とりあえず助かってよかったわねAlice。で、なんでこんなことになってるの?」
初めにいなかったミーナは状況が掴めていなかったようなので、事情を説明する。
「なるほどね…。ま、なんにしても全員が無事でよかったわ。集めた花、置いてきちゃったから取りに行ってくるわね。」
「あぁ、わかった。」
ミーナは採集を進めていたところに戻っていく。
「ありがとうございます、悠仁さん。私一人ではどうしていいかわからなくて…。」
泣き止んだアリスがお礼を言ってくる。
「いつも回復役なのに、わたわたしててびっくりしたよ。」
「す、すみません…。」
「みんな助かったんだからいいさ。にしても、その生き物は何なんだ?」
「えと…これはカーバンクルですね。額に赤色の石がついているのが特徴です。」
「名前だけ聞いたことのあるような…。」
空想上の生き物だった気がするが、定かではない。
「ま、ゲームの世界だしな。どんな生物がいてもいいんだろ…。お、目を覚ますみたいだぞ。」
「わ、わ、どうしましょう。」
「とりあえず、じっとしていればいいんじゃないか?」
慌てるアリスを宥めながら覚醒を待つ。カーバンクルは目を開き、きょろきょろと辺りを見渡す。
「動きました!」
「まぁ、生きてるからな。」
アリスの声に驚いたように、びくっと体を震わせてアリスの顔を見る。
「あ、ごめんなさい…。」
カーバンクルは、アリスのお腹らへんの匂いを嗅いだり、足の匂いを嗅いだりしている。
「ど、どうしましょう…。」
「ま、待っとけばいいんじゃないか?」
「撫でても平気ですかね…。」
ちょっと期待したような目でこちらを見る。
「わからないけど…、背後から撫でられると怖がるかもしれないから、見える位置から手を出したらどうだ…?」
ペットを飼ったことがないので、それっぽいことをアドバイスする。
「なるほど…。じゃあ…。」
アリスがゆっくりと手を差し延べていく。顔の前まで手がきたその時、カーバンクルはアリスの手の匂いを嗅いだ。
「さ、触れません…。」
「根気だ根気。」
それっぽいことも言えなくなったので、精神論にすり替える。すると
「わ、舐めました!手を舐めましたよ!」
ぺろりとアリスの指を舐めた。
「お、心を許したんじゃないか?」
「じゃ、じゃあ…。」
アリスはゆっくりとその背中を撫でる。
「ちょっと濡れてますけど、あったかくてふわふわしてます…。」
「よかったじゃないか。でも、それどうする?」
「そうですね…。とりあえず降ろしてあげましょうか。私の膝の上だと、どうしていいか分からないかもしれないので。」
そっとその小さな体を持ち上げて、地面に降ろしてやる。
「さ、もう大丈夫。次は怪我しないようにね。」
アリスが見送ろうとするが、カーバンクルはその場を動かないで、アリスをじっと見つめている。
「…何かされると思って、警戒しているのでしょうか?」
「少し離れてみたらどうだ?」
提案通りカーバンクルから離れるが、向こうもついてくる。
「つ、ついてくるんですけど…。」
「…懐かれたんじゃないか?」
「そうなんでしょうか。」
アリスが手を差し延べると、カーバンクルは腕を駆け上り、肩の上に座り込む。
「わっ!びっくりした!見てください!肩に乗ってますよ!肩に生き物が乗ってくるなんて、ファンタジーみたいです!」
「ここゲームの中だから、十分ファンタジーなんだけどな。」
「そ、そうでした。…それにしても、この子連れて行ってしまっていいのでしょうか?」
「いいんじゃないか?問題があったら、そっちから離れるだろうし。小さいから世話も簡単そうだし…。」
なんにしても、アリスならしっかりと面倒を見るだろう。馬車の馬ですらしっかりと面倒を見るのだから。
思い返せば、警戒しながらも、倒れていた見ず知らずの男を案じてくれたのもこの子だった。困っているものを見過ごせない性分は、相手が人でも獣でも変わらないらしい。
「とりあえず、無理に引き止めることはしないで、自然に離れるのを待ってみます。」
「そうするのがいいと思うぞ。無理に何かしようとして噛まれたりしたら、また面倒だからな。…そういえば、時間はどうだ?」
「えと…あー、そろそろ戻らないと、集合時間に間に合わなくなりますね…。ミーナちゃんが戻ってきたら帰りましょうか。」
1時間くらい採集したのと、群生をしていた場所もいくつかあり、それなりに回収できたので、数は申し分ない。おまけもついてくるようだが。
「そうするか。向こうの安否も確認しないといけないからな。」
こうして3人と1匹になった一行は、ミーナの帰りを待ち、集合場所に戻るのだった。
カーバンクル(環境生物)
空想上の生き物。現実世界では16世紀に発見されたとされているが、詳細は確認されていない。HOPEの中でのカーバンクルはフェネックのような体躯で、額に宝石を埋め込んである。宝石の種類は問わず、全ての個体をそう呼ぶ。幸運を運んでくる生き物として知られているが、その宝石を狙い乱獲されていた時期があり、数は激減している。その過去から人に懐くことは稀で、近づくだけで逃げ出してしまう。家族を作るまでは単体で行動していることが多い。




