自由行動
――ノワール討伐から2日後 カプランド 新緑の欠片
「朝早くから酒場に集まるって、なんか悪いことしてる気分になるのは俺だけか?」
「いや、少なからずそういった気分になることは否めない。」
「何話してんの、あんた達。」
悠仁とカインの会話に、ミーナがツッコミを入れる。
「まぁそれは置いといて。今日は大事な話が2つあるから、こうして集まってもらった。」
悠仁が話の転換をすると、皆素直に悠仁のほうへ注目する。
「まず1つ目が、リアッツォへ行くことになったから、いつかは分からないが2日間ほど移動に使いたいんだが問題ないか?」
「私は大丈夫です。基本的に土日はフリーなので、その時に合わせてもらえれば。平日でも特に問題はないんですけどね…。」
「俺も大丈夫だ。少なくとも1週間前に分かってれば、休みをもらえるしな。」
アリスとカインは問題ないようだ。
「他はどうだ?」
「……いつでも。」
ステラが気だるげに、小さく手を挙げる。他に特に反応が無いところを見ると、全員問題ないみたいだ。
「よし、じゃあまだ正確な日程はわからないけど、そんな感じになるからよろしく。時間ある人は買出しとか行くから、そのつもりでいてくれ。んで、次が本題だ。」
悠仁は少し前のめりになって話を始める。
「ノワール戦の最中、ネイトがきたことを覚えていない人はいないよな?」
全員が首を縦に振る。
「あの時ネイトは『カインが危ないってことを聞いた』と言っていた。おかしいと思わないか?」
「あの時は、他の冒険者もこちらに参戦できないほどの混乱だったはずだ。まず、うちがノワールと戦闘をしているという状況を知っていた人間はいないはず。それなのに、ネイトに『カインが危ない』と伝えた人間がいるってことだ。」
ここまで言えば、皆予想がついたようだ。
「しかも、わざわざネイトにだ。そこで、あの後ネイトにその情報を提供した人間の風貌について聞いてみたんだが…。紫色のローブを着ていて、顔は分からなかったらしい。性別も。」
「紫色のローブ…」
カインが思い出すように呟く。
「紫色のローブが、何かおかしいんですか?」
アリスが質問を飛ばしてくる。
「あぁ、別に紫が嫌いとか、そういうことじゃなくてだな。俺がアリーシャで倒れた時を覚えているか?」
「はい。」
「あの時に露店を開いていたのも、紫色のローブで人相が分からない人物だったんだ。」
「そういえば、紫色って言ってたわね。」
ミーナは悠仁の話していたことを思い出したようだ。
「…紫色のローブって言えば、俺も覚えがある…。」
「お前もか?」
「あぁ。ヴァリエスタからアリーシャに向かう前なんだが、ライン鉱山の前で特訓をしてたんだよ、夜にな。あの時間にわざわざライン鉱山みたいな暗いエリアに来る人間なんて珍しいはずなんだが、声をかけられたんだよ。紫色のローブに。」
「おいおい、そんな話聞いて無いぞ。」
カインが特訓をしていたことは聞いていたが、紫色のローブを着た人物については聞いていなかった。
「いや、別に言うことでも無いかと思ってな。」
「…まぁ、この話がなかったら確かに必要ない話だったかもな。とまぁ、聞いて分かったと思うが、紫色のローブの人物が俺達の旅に関与していることが予想される。たまたまかと思ったんだが、カインの話を聞いて確信した。」
空気がやや締まったのを感じる。
三つの点が、一本の線になった瞬間だった。偶然と呼ぶには、線はあまりにまっすぐこちらへ引かれている。誰が、何のために。問いだけが卓の上に残って、答えの気配はどこにもない。
「まぁ、どんな感じで今後絡んでくるか分からないから、みんなも気をつけてくれ。紫色のローブは、数は多くないが着用している冒険者もいる。一概に全員が怪しいわけじゃないと思うんだが、人相が分からなかったら注意してくれると助かる。」
皆が了承したように頷く。
「よし、じゃあ話はこれくらいだ。今日は特に予定を決めて無いから、各々自由に行動してもらって構わない。」
「あ、ちょっといいですか?」
全員に自由行動の指示を出して解散しようとした時、アリスが提案をしてくる。
「もしよろしければ、今日の夜、一緒に森へ出かけませんか?」
「俺は別にいいが、何かやりたいことでもあるのか?」
「ええとですね。森に今、ポーションの材料になる花が咲いているらしくて、よろしければ採集を手伝ってもらえないかなぁと。花だけ持っていけば、ポーションを安くしてくれるって言われたので…。」
「そういうことか。それならアリスだけじゃなくて、全員に関係することでもあるな。みんな、どうだ?」
「いいんじゃない?戦闘でかなりポーション使っちゃったし、いくらお金が入ったっていっても、節約できるところは節約していくべきよ。」
「……同感。消耗品は、ランニングコストが大事だから。安く出来るところは、安くしておいたほうがいい。」
生産職のステラも、この意見には賛成のようだ。
「じゃあ、18時にまたここに集合ってことでいいな。それまでは自由行動だ。装備を整えたり、消耗品の買い物だったり、好きに行動してくれ。共用で必要なものがあったら、言ってくれれば共用の財布から出すからな。」
「経費で落ちる…。まるで会社ね。」
「クランを経営するって、企業を経営することに似てるのでしょうか?」
「あいつは管理職が似合ってるってことだ。」
「でも、ああやってしっかりしてくれている人がいると助かりますね。お金の心配はしたく無いですから。」
「……私は、部屋でも借りてスクロール作ろうかな…。」
皆、思い思いに席を立つ。
「よし、じゃあ俺も。」
やっとカプランドでの自由行動が出来るのだった。
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――カプランド 商業区
自由行動、といっても悠仁のやりたいことは決まっていた。調べ物だ。記憶喪失のこと。それに——紫色のローブのこと。
通りすがりの露天商に「文献の多い場所」を尋ねると、商業区の角の建物を教えられた。灰色の壁に、本を象った小さな看板。扉には「クラン『灰の図書館』カプランド分室」とある。
(ステラの取引先か。)
カール羊の皮を卸していると言っていた、あのクランだ。扉を押すと、紙とインクの匂いがした。受付には眼鏡の若い女性がひとり。名札には「ピナ」とある。
「閲覧は銅貨50枚。会員なら無料。汚したら買い取り。以上です。」
「……挨拶より先に料金なんだな。」
「知識はタダじゃないので。それで、何をお調べに?」
銅貨を払って、記憶喪失について聞いてみる。ピナは眼鏡を押し上げると、迷いのない足取りで棚から3冊抜き出してきた。
「魔法的な記憶喪失なら、原因は大きく3つ。時魔法の後遺症、呪詛の類、あとは——禁呪。合法に読める記録は、ここまでです。」
「禁呪の先は?」
「禁書庫の領分です。うちみたいな分室じゃなく、本館の。……リアッツォにありますよ。紹介状、書きましょうか。銅貨50枚で。」
(商売上手だな…。)
ちょうどリアッツォに行く予定がある。頼んでおいて損はない。ついでに、と悠仁はもう一つの質問を口にした。紫色のローブの、人相の分からない人物について。
ピナの手が、初めて止まった。
「……うちは、調べ物のお手伝いはします。でも、人捜しの片棒は担ぎません。『知って、動かない』。灰の図書館の掟です。」
「知っては、いるのか?」
「さあ。……掟の便利なところは、答えなくていいところです。」
眼鏡の奥の目は、笑っていなかった。それ以上は聞くだけ無駄らしい。悠仁は紹介状を受け取って、分室を後にした。
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帰り道、聖堂の前で足が止まった。
担架だ。顔を腫らした男が、体格のいい男たちの手で聖堂に運び込まれていく。その傍らを、帳面を抱えた細身の男が歩いている。
「治療費は全額、うちで立て替えます。利子は取りません。……ええ、当然でしょう。」
細身の男は、担架の上の男に向かって、事務的なほど穏やかに言った。
「貴方はまだ、うちの資産ですから。」
(——アリーシャの。)
思い出した。バザールで見た、あの取り立ての男だ。向こうもこちらに気づいたらしい。丁寧に一礼してくる。
「おや。……アリーシャの、見物人さんでしたか。」
「……覚えてるのか。」
「顔と貸し借りは忘れない性分でして。——ああ、これですか。うちの資産が、性質の悪い連中に殴られましてね。取り立ての邪魔をする輩は困ります。返せる体を、壊すので。」
「あんたが治すのか。」
「治すのは聖堂です。私は、勘定を合わせるだけ。」
男は帳面を小脇に抱え直すと、聖堂の扉に手をかけて、思い出したように振り返った。
「ではまた。——ああ、貴方がたは、うちで借りないでくださいね。冒険者は、資産としては減りが早いので。」
(……そういう心配のされ方は、初めてだな。)
気づけば、集合の時間が近い。悠仁は酒場への道を急いだ。




