自己紹介
悠仁はなるべく急ぎ足で聖堂へ向かう。
相変わらずの階段でうんざりするが、文句ばかり言っていても仕方ない。
聖堂へ着き、手短にログアウトを済ませてポッドから出る。地下は電波が届かないので、ビルの外まで行くことになる。
目が覚めたばかりの体は現実の重さをまだ受け付けなくて、階段の一段目で軽くよろけた。ログアウト直後は平衡感覚がずれる場合があります、という機械音声の注意書きは伊達ではない。手すりを頼りに一階へ上がると、ロビーの空調の音が妙に大きく聞こえた。
「なんか階段ばっかり昇ってるな…」
「あら青木様、お帰りですか?」
受付嬢が話しかけてくる。
「いや、ちょっと用事で電話をかけるところなんです。」
「あら、そうですか。ごゆっくり。」
受付のあるロビーではしっかりと電波が入ってきているようで、圏外の表示から電波3本がビンビンに立っている状態だ。電話帳の中からカインの名前を探す。
ついさっきまで石畳の街にいた人間が、いまはロビーの隅で携帯を握っている。この施設は二つの世界の蝶番のような場所で、扉一枚と階段一つで世界が切り替わってしまう。慣れてはいるが、たまに自分がどちらの続きを生きているのか、一瞬だけ分からなくなることがある。
(よく考えたら、普通の名前の中にカインってのがあるって結構不自然だよな…)
今更のことを考えながら、見つけた名前をタップして電話をかける。
数コールの後に、カインの声が受話口から聞こえた。
「おぉ、Yujiか。わりぃな、仕事が遅れちまって。でももう店の近くなんだ。なんか急ぎの用か?」
「いや、約束の時間はまだきてないからそこは気にしなくていいんだ。それよりもな…」
先にゲームにログインして少女の様子を見に行ったところ、目を覚ましていたことを簡潔に伝える。
「…ってわけなんだ。とりあえず目は覚ましたよ。」
「おう、それはよかった。じゃあもう店に着いたから、詳しい話は向こうでな。」
「わかった。じゃあ向こうで。」
電話を切って、再度地下へ向かう。
手早くポッドへ入り、ログインをする。
視界が暗転し、目を覚ますとさっきまでいた聖堂が見えてくる。
ポッドから出て、受付嬢からのお出迎えの言葉を受け取りしばらく待っていると、数個横のポッドからカインが出てきた。
「おう、待たせたな。」
「いや、俺も今来たところだから気にしないでいい。じゃあ行こうか。昨日の宿屋で待たせてあるから。」
「そうだな!いやぁ、あのボインちゃん、どんな子なんだろうなぁ…」
まぁ確かに可憐ではあった。種族特有の外見も相まって、かなりの美形に見えるのは確かである。ということを考えると、こいつが手を出すことは想像に難くない。
「…間違っても手は出さないでくれよ…?メンバーが性犯罪者っていうのは心に来るものがあるからな…」
「大丈夫だって!っていうかお前、俺をなんだと思ってんだ!」
「女の子と見ればすぐに手を出す男。」
「……ふむ…」
「いや、なんか言えよ。自分が聞いてきたんだろ。」
「いやぁ、なんていうか、な?それよりも待たせてるんだから早く行こうぜ!」
まったく、都合が悪くなるとこうだから困ったものである。だが、待たせているのも事実だ。早く向かわなくては。
夕方の大通りは仕事終わりの冒険者で混み始めていたが、カインの鎧がガシャガシャと鳴るおかげで人混みは勝手に割れてくれる。でかい図体にも使い道はあるものだ。悠仁は半歩後ろを歩きながら、少女への切り出し方を考えていた。目を覚ましたはいいが、あの警戒ぶりである。大男をいきなり連れて行って怯えさせては元も子もない。
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酒場に着いて先ほどの部屋に入ると、少女はお行儀良くベッドに腰掛けていた。
ノックへの返事には、昨日までの硬さがまだ半分残っていた。それでも扉を開けた時に少女がわずかに立ち上がりかけたのを見て、悠仁は少しほっとする。待つ側に回った人間の所作だった。
「お待たせ。」
「あ、いえ、大丈夫です。」
「紹介するよ、これがカイン。図体はでかいけど、まぁ優しいやつだ。」
とりあえず体裁を整えてやる。
「おう!俺がカインだ!よろしくな!」
「ひぇ…」
「おいカイン、声が大きいって。」
「あ、あぁ…それはすまねぇ。お嬢ちゃん、驚かせてすまねぇな。」
「あ、いえ、その、大丈夫です…」
すぐに謝罪の言葉が飛んできたことで、少し安堵したようだ。
見ればカインは椅子に掛けもせずに腰を屈め、できるだけ自分を小さく見せようとしている。でかい声とでかい図体が初対面の相手を怯えさせることを、本人なりに分かっているのだ。こういうところがあるから、この男は憎めない。
「えぇと、じゃあ…、と、その前に。」
こっちが立ちながら話すと、向こうも落ち着かないだろう。壁際にあった椅子を、彼女と相対するように2つ並べる。
「よいしょっと。じゃあとりあえず、昨日のことをもう少し詳しく話すよ。」
そうして細かい情報をカインに補填してもらいながら、状況の説明を行った。
カインの補足は身振り付きで、倒れていた場所の草の高さまで手で再現してみせる。大げさな語り口に少女の肩から力が抜けていくのが、正面から見ているとよく分かった。話の中身より、話し方が人を安心させることがある。
「…そう、だったんですね…」
「まぁそういったわけだから、今ここにいるって感じかな。」
「あのままだったら動物の餌になっちまってたかもしれねぇしな。気付いてよかったぜ。」
「…ありがとうございました。Yujiさんに至っては、あんなことをしてしまって…」
「…あんなことって?」
カインが訝しげに聞いてくる。
「…まぁ、色々あったんだよ。気にしなくていい。」
「そうか。」
「それじゃあ俺たちはこの辺で。宿屋の代金に関しては気にしなくていい。今日の分の会計は済ませてあるから、荷物をまとめて下の酒場の店主に出ることを言えば問題ないと思うから。」
「今度は気をつけろよ、お嬢ちゃん。」
そういってカバンを手に取り、部屋を出ようとする。
「あの!待ってもらってもよろしいでしょうか!」
ドアのノブにかけようとした手が止まる。
「どうかした?」
「…いえ、その…下が酒場だとおっしゃいましたよね…?」
「まぁそうだけど。」
どうしたのだろうか。酒場だと都合が悪いのか。
「でしたら…その、お礼に食事でもご馳走させてください!」
(あぁ、なるほど。助けられっぱなしっていうのが気になってたのか。)
「俺たちは君を勝手に助けただけだから、そんなこと気にしなくていいんだよ。」
「いえ!それでも!」
軽く断っても、その意思が折れることはないようだった。
「…まぁYuji、お嬢ちゃんの気がそれで済むならいいんじゃねぇか?」
「ま、それもそうか。じゃあお言葉に甘えてご馳走になろうかな。」
その言葉を聞いた少女の顔が、ぱぁっ!と明るくなる。
「はい!是非!」
どう見ても年下の女の子に奢られるっていうのはなんだか情けない気もするが、カインの言う通り、それでこの子の気が済むならそれでいいか。
思えばこの子は、目を覚ましてからずっと貸し借りの帳尻を気にしている。宿代のこと、無礼のこと、そして食事のこと。借りたものを借りっぱなしにできない性分というのは、たぶん育ちの話ではなく生き方の話だ。
3人は荷物をまとめて階下へ降りていった。
酒場(施設)
どの町にもあるといっていい施設。冒険者と酒は切っても切り離せない関係にある。2階を宿屋として使っているところも多い。酒場ではアルコールのほかにその地方で採れる食材を使用した食べ物を振舞っている。大きな街になるといくつも存在していることも珍しくない。大体の冒険者は自分の行きつけの店を決めるものである。NPCが経営していることが多いが、商業組合に申請をしてプレイヤーが経営することも可能である。
酒(消費アイテム)
飲料用アルコールの総称である。酒場で出されるものは携帯ができない。フィールドに持ち出すにはそれ専用の酒を用意する必要がある。飲むと泥酔のデバフがかかる。現実世界でアルコールを飲んだ状態に近くなる。判断力にも下降補正がかかるためこの状態のまま冒険をすることは推奨されない。尚この状態でログアウトを行っても現実世界で酩酊していることはない。




