雑談
「親父さん、3人なんだけど、席空いてる?」
どう見ても空いているが、一応マナーとして聞いておく。
「見ての通りよ。というかまだ昼だからな、席ならいくらでも空いてるぜ。それとも嫌味か?」
「いやいや、そんなことは…。じゃあ好きに座らせてもらいます。」
あのハゲ頭に凄まれると冗談に聞こえないから困る。加えて、はちきれそうな筋肉なのに格好つけてフォーマルなベストなんて着ているもんだから、逆に威圧感が増している。
3人はとりあえず、酒場の端にある席に座る。
昼の酒場は夜とは別の顔をしている。窓から入る光が床の木目を白く照らし、奥の卓ではウェイトレスが銀器を磨いていた。厨房からは仕込みの煮込みの匂いが漂ってきて、空きかけた腹には毒だ。夜の喧騒しか知らなかった店のこういう静かな時間に居合わせるのは、なんだか楽屋を覗いたようで悪くない。
「さてと…何を頼むかな…」
カインはメニューを手に取り食事を選ぶ。
(そういえば、ここで飯を食べるのは久しぶりだっけ。酒は良く飲むんだけどな。)
「じゃあ俺も、っと。」
悠仁もメニューを手に取り、何を頼むか選び出す。
「どうぞ、好きなものを頼んでください。」
少女に促されるが、なんとも複雑な気分だ。とりあえず無難で値が張らないものを選んでおけば間違いないだろう。
「じゃあ俺はこのワイルドボアのステーキで。」
「んじゃ俺もそれにするかな。」
カインが悠仁の注文に合わせてくる。
「私はオムライスで。」
(ここ、オムライスなんて出してたんだ…)
この街の酒場にはそれなりに通っているが、初めて知った。まぁ好みは人それぞれだからいいのだろう。
メニューをよく見れば、端のほうに甘味や子供向けらしい料理が小さく並んでいる。冒険者の店だとばかり思っていたが、考えてみればここはNPCたちの生活の場所でもあるのだ。同じ店に通っていても、見ようとしなければ見えないものがある。
「んで、Aliceさんはこれからどうするの?」
「Aliceでいいです。そうですね…、特に何も決めてないし、決められていないです。ただ、まずは神官服の新調をしないと…。」
まぁそうだろう。理由を話そうとしたこともあったが、口が重かったところをみると、あまりいい思いをしてなかったことは確かだ。もしかしたら引退もありえるかもしれない。
「まぁ急ぐことはないさ、ゆっくり決めればいいよ。」
「はい…」
あったことを思い出しているのか、苦虫を噛んだような顔をしている。
「…お二人は…、普段は何をなさっているんですか?」
「俺たちは君みたいにまだレベルが高くないから、アルテミラ草原近くで金策しながらレベル上げしてるよ。」
「そうなんですね。クランに入ったりしないんですか?」
「クランは…、まぁ…」
「俺たちリアルだと普通の会社員だからさ、入れる時間も不定期だしレベル差も開く一方だから、そういった大所帯はお互いに居心地が悪くなると思って入らないって事にしてるんだよね。」
カインが補足してくれる。
「そうなんですね。私もクランには入っているのですが…」
(まただ)
Aliceが苦々しい顔をして俯いている。
クラン、という一語が出るたびに、この子の中で何かの蓋が音を立てる。触れれば開く類の蓋ではないことくらい、大人なら分かる。悠仁は気付かないふりでステーキを切り分けた。
「ま、まぁいいさ、色々楽しいこともあれば大変なこともあるよな。」
悠仁が当たり障りのない言葉を彼女の頭頂部に向けて発していると、注文した食事が運ばれてくる。
「お待たせしましたー、ワイルドボアのステーキ2つとオムライスです!」
元気のいいウェイトレスが食事を運んでくる。ディアンドルを模した衣装は、店の雰囲気に良く合っている。
運ばれてきた食事を口にするが、彼女が俯いたままなのでなんとなく居心地は悪く、味も曖昧だ。
ワイルドボアのステーキは厚切りで、香草の焼き目から肉汁が滲んでいる。普段なら文句なしのご馳走だが、正面で少女がスプーンを持ったまま止まっていると、自分の噛む音さえ大きく聞こえる気がした。カインと目を見交わして、どちらからともなく次の話題を探す。
「そ、そういえば、なんで君みたいなプレイヤーがこんな始まりの街にいるんだい?」
「へぇ、お嬢ちゃん高レベルプレイヤーなのかい?」
「え、えぇ、21です。職業はクレリックをしています。」
「に、にじゅういちっ!」
まぁカインが驚くのも無理ないだろう、場所が場所だ。決して珍しいレベルではないが、この街では早々お目にかかれない。
「差し支えなければ聞かせてほしいんだけど、いつごろから始めたの?」
「大体1年ほど前です。」
(俺たちよりも後に始めたのにこのレベルか。相当なヘビープレイヤーだな)
「俺たちなんて2年も前に始めたのにこれだからなぁ…」
カインが頭をかく。まぁ言わんとしていることは分かる。
このゲームを専業にしているプレイヤーも少なくはないが、稼げないことも少なくないため、普通は仕事をしながらこなすものだ。最近では学生のうちからこのゲームにのめり込むプレイヤーもいるらしく、社会問題に発展している。このゲームがなくなったり、稼げなくなったときにはどうするのだろうか…、と他人のことながら不安になってしまうこともある。
1年で21。その数字の裏にある時間を想像すると、少しだけ胸の奥が冷えた。悠仁たちが仕事を終えて2、3時間潜るあいだに、この子はその何倍もこの世界にいた計算になる。それだけの時間をここへ注がせたのは楽しさの量なのか、それとも向こう側の居場所の少なさなのか。聞けるはずもない問いを、悠仁はステーキと一緒に飲み込んだ。
「君はこのゲーム一本で?」
「はい…まぁ…稼ぐってつもりはないんですけど…」
色々事情はあるんだろう。深入りは面倒なことに巻き込まれかねない。詮索はこの辺にしておこう。
「俺は稼ぐ気満々だぜ!まぁ月額利用料すら稼げないんだけどな…」
「そりゃ俺達のレベルじゃな…。まずは自分の装備や日々の消耗品を整えるだけでも手一杯だ。これで現実世界から課金のようなものができたらまだマシなんだろうけど…。」
HOPEはゲーム内マネーから現実の通貨への換金はできるが、その逆は行うことができない。その為、大富豪であっても徒党を組むのがせいぜいで、ゲーム内では他の冒険者と同じ土俵で戦う必要がある。
「いやいや、俺達の収入じゃそれは無理ってもんだぜ。」
「それもそうだな。このゲームができているってだけで楽しいからいいか。」
「おうよ!こんな鎧、現実世界じゃ着られないし、剣だって持っていたら犯罪になっちまうからな!魔法も見られるし、ここ以外にも色々な場所があるみてぇだし!やりたいことは尽きないぜ!」
「俺達が死ぬまでに世界の果てに行ければいいな。」
「世界の果てまで行って伝説の剣を引き抜いてやるぜ!」
カインがガッツポーズをする。
「世界の果てに剣が突き刺さってるなんてどこの御伽噺だよ。でも、そんなことがあったら楽しそうだな。」
「そうだぜYuji!ゲームの中でくらい夢見ていかねぇとな!」
「無茶はやめてくれよ、いつもヒヤヒヤさせられてるこっちの身にもなってほしいもんだ。この前だって…」
悠仁のカインに対する愚痴がすらすらと口から零れだす。
「…それいわれちゃ何もいえねぇぜ…」
「…ふふっ」
Aliceが微笑む。
「お!やっと笑ってくれたな!やっぱり女の子は笑顔こそが最高の化粧だぜ!」
「よくもまぁそんな台詞がポンポン出てくるもんだ。でもまぁ、笑っているほうが可愛いのは同意だな。」
「…お2人は、この世界での冒険が好きなんですね。」
「おうよ!こここそが俺の生きる世界って感じだぜ!」
「そうだな、俺もここで安定して稼げるのなら仕事をやめてもいいかって位には好きだ。」
「…とても、楽しそうですね。私も…」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何でも。」
そうこうしているうちに食事も食べ終わり、3人は酒場を出る。
「それじゃ、ご馳走様。」
「ありがとなお嬢ちゃん。」
「いえ、こちらこそお世話になりました。」
レベル的に、もう会うことはないだろう。このゲームではそんなこと珍しくない。名残惜しくなる前に、彼女に背を向けて歩き出す。
一度きりの食事、一度きりの礼。この世界の出会いは大体そういうふうにできている。プレイヤーカードを交換したところで、レベルも狩場も違えば道はすぐに分かれる。悠仁はそれを寂しいと思わなくなって久しかった。思わなくなっていた、はずだった。
「あーあ、勿体無かったなあの子。レベルが近かったら誘ってたんだけどなぁ。」
カインがぼやく。
「仕方ないさ。レベル差がありすぎると、お互い気持ちよく狩りができないことのほうが多いからな。」
「それもそうだよな。それが嫌でクラン入ってないわけだしな、俺たち。」
「そういうことだよ。んじゃ、今日も昨日と同じ計画でいくぞ。」
「また女の子拾うのか?」
「もうこりごりだよ、面倒事は勘弁だ。」
そういいながら、二人は馬車乗り場へ足を運んだ。




