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死闘

ノワールが尾を振った瞬間、それを起点に影の棘が津波のように押し寄せた。数えきれない。なのに、その一本一本が悠仁のアイシクルパイルに匹敵する太さだ。


「カイン、避けろ!下からは無理だ!」


カイン自身も察していた。サイドステップで躱す。棘は、アリスの一歩手前でぴたりと止まった。


「攻撃を続けろ!奴に考える隙を与えるな!」


ミーナが矢を放つ。


「今日は大盤振る舞いよ!」


ぎりぎりと引き絞られた矢が紫の軌跡を引く。いつもと違う矢だ。横腹にめり込み、ノワールがくぐもった声を漏らす。


「よし!ナイスショット、私!」


「いいぞ、その調子だ!」


「……じゃあ、私も。出すね。」


ステラが束から一枚を抜き、蝋を割らずに開く。


「アイススピア」


詠唱はない。スクロールは、要る詠唱とMPを先に封じてある。光が消える頃には、彼女の頭上に十数本の氷の槍が生まれていた。


「……シュート。」


気だるげな声と裏腹に、槍は凄まじい速度で射出される。が――ノワールは避け、弾き、その悉くを捌ききった。


「……硬いね。じゃあ、これ。」


使用済みの一枚を捨て、別の一枚を抜く。今度はしっかりと蝋で封がされている。


「……これ、ちょっと、強いから。みんな、下がってて。」


封蝋を割る。


「ダムネーションライトニング」


「それって……!」


魔法名を聞いて、アリスが息を呑んだ。何もなかったノワールの頭上に暗雲が湧く。


「風よ 彼の者の自由を その力を以って縛り給え」


次に来るものを察したアリスが、即座に補助へ回る。


「……高い一枚なんだから。ちゃんと、焦げてよ。」


「エアバインド!」


見えない蔓がノワールの足を地に縫いつけた、次の瞬間。槍の形をした雷が3本、耳を劈きながらその体を貫いた。


「ギャオオオォオ!!」


カーディナルの上位魔法をスクロールで撃つ――本来その職に就かぬ者が、神の鉄槌を放つ。避けきれぬ直撃に、ノワールの体から余剰の電が迸る。


「すっげ……」


最前のカインが思わず零す。


「……はぁ。一枚、何枚ぶんの値段だと思ってるの。」


ステラがぼそりと言った。だが、その横顔はほんの少しだけ得意げだった。


「この調子なら――時間を稼げる!」


「おっと……あぶねぇ。ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」


カインがすかさず咆哮。ステラを睨んでいた視線が、強制的にカインへ固定される。


「そうだぜ。お前が噛んでいいのはこの俺だけだ。かかってこい!」


盾と剣を打ち鳴らして挑発する。ノワールが弧を描いて間合いを詰める。30メートルを、一瞬で。


「うお!はえぇ!」


ガギン、と盾に牙が当たる音。


「……はぁ!?お前、ふざけんな!」


よく見れば、牙が盾を貫いて裏まで突き出ていた。


(おいおい……そんなのありかよ)


カインの技術も盾の強度も、問題ないはずだ。それをたった一撃で。カインは盾を振って奴を叩き落とし、シールドバッシュで距離を取る。


「まじかよ。修繕したばっかだぜ、これ……」


当の本人が一番驚いている。


「カインさん!なるべくプロテクションで防ぎます!無理だけは!」


「さんきゅーな、Aliceちゃん!無理すんなよ!」


「大丈夫です!……こほん。風よ 彼の者達の背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負ってあげて」


アリスが、ミーナ、フルール、カインへ杖を振る。


「アクセラレーション!」


「助かります!」


速度の上昇を確かめ、フルールが短剣に持ち替える。魔力を注ぎ、刀身が緑に光る。


「フルール!左から詰めろ!」


「分かりました!」


「退路を塞げば――!水よ 地より出で彼の者の退路を塞げ……アイシクルパイル!」


かつてプロテクションを壁に使ったように、アリスは氷杭を『壁』として立てる。


「鋭刃」


フルールが首筋へ刃を当てる。が、氷壁との僅かな隙を突かれ、バックステップで躱された。逸れた刃が左前脚を裂く。


「ギェ!」


短い悲鳴。ノワールが包囲を抜ける。


「素早い、ですね……」


フルールが距離を取り、カインと並ぶ。


「……大丈夫か。」


「えぇ、なんとか。そちらは?」


「あぁ、盾はこのザマだけどな。帰ったら買い替えだよ、全く。」


――と、その時。ノワールが動きを止めた。


「……?あれ。止まったけど、ラグ?」


ミーナが呟く。


「いや、今どきラグのあるゲームなんざ珍しいし、そもそもHOPEにラグはねぇだろ……」


「え、でも……。――っ!あいつの、目!」


ノワールの双眸が赤く輝き出す。


「……これは、まずいかもですね。」


ステラが半歩退いた。


「どういうことですか……?」


「私も前回は見てないけど……たぶん、あれ。覚醒、しかけてる。」


「ってことは、今でも手に負えねぇのに、もっと強くなるってのか!?」


「……うん。そういうこと。」


ノワールの体が、ゴキ、ゴキ、と音を立てて変形していく。その時――


「おーーい!大丈夫かー!」


別のクランがようやく駆けつけた。場の空気がわずかに緩む。


――その、次の瞬間。


「……へ?」


ぼとり。


手を振っていた男の手首から先が、地面に落ちた。


「ぎゃぁあああああああ!!!」


何が起きたのか。ノワールの背を見て分かった。6本の長い影が生え、その先端が刃のように鋭く尖っている。


「くそ!第2形態とか、冗談じゃねぇぞ!」


赤い眼。背の影。口から滴る涎。まだ有り余る体力。


「――っ、おい!逃げろ!」


止血しようと藻掻く男へ、ノワールが疾走する。その瞳に黒い影が映った刹那。


ごとん。


男の頭部が、胴から切り離されていた。


「きゃぁあああああああ!!!」


ミーナが悲鳴を上げる。


「パニックになるな!無用な刺激は奴を煽る!カイン、咆哮を!」


「お、おう!ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」


クールタイムの明けた咆哮で、再びヘイトを引きつける。男の後方から来た仲間は、転がった首を見てその場に凍りついていた。


「まだ他にクランはいたはずだ!あいつらが動けるか、別のクランが来るまで――耐えろ!」


休む間もなく、戦いは激化していく。

「アイススピア」(魔法)

3小節の水属性魔法。自身の上空に氷の槍を作り出し、対象へ投射する。槍の本数は使用者のレベルと込めた魔力で決まる。空気抵抗が少なく速度が速いため、初手に用いられることが多い。


「ダムネーションライトニング」(魔法)

クレリックの上位職カーディナルのみが使える、神聖属性の5小節魔法。神の槍を模したものに雷を宿し、相手へ落とす。神の鉄槌とも称される威力を持ち、並のモンスターなら跡形もなく消し炭になる。閉所での使用は厳禁。(※ステラはスクロール化により、職に就かずともこれを行使する)

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