開始
――ノワール討伐当日 カール高原麓 カプランドの大森林との境
討伐に参加する冒険者が、組合主導のもと麓に集まっている。やがて身なりのいい人物が一段高い場所へ立ち、話す準備を始めた。
「ごほん。えぇ、冒険者の皆さま。今回は危険な依頼と知ってなお受けてくださり、ありがとうございます。私は冒険者統括組合カプランド支部、支部長のウォーレンと申します。」
身なりがいいとは思っていたが、まさか支部長自らとは。
「今回の対象は、半年前にカプランドへ災厄をもたらしたエリアボス、ノワール。種族特性から俊敏性が高く、強力な攻撃力を持ち、影を用いた固有魔法を使うことが確認されています。」
市場で集めた情報のとおりだ。
「今はまだ完全には覚醒していません。ですが、これが完全覚醒して街へ降りれば、街は再び復興を余儀なくされるほどの被害に見舞われるでしょう。住人も、組合も、皆さまの討伐を心より願っております。どうか、お力を。……くれぐれも、ご無事で。」
深く一礼し、ウォーレンは平地へ降りた。冒険者たちは緊張からか、事の重さゆえか、静かに聞いていた。話が終わると、各クランは仲間と作戦を練り始める。
すぐ前で聞いていた若いパーティーの一人が、振り向いて悠仁に声をかけてきた。
「あんたら、6人か。いいなぁ。……ノワール、やったことあるんすか?」
「いや、初見だ。」
「……っすよねぇ。はは。」
青年は強張った笑いを引っ込めて、それから妙に真っ直ぐな目で言った。
「お互い、生きて帰りましょうね。」
「よし、俺たちも動きの確認をしよう。」
悠仁は杖を背に負い、手ごろな枝で地面に図を描く。クラン『パーチ』――6人になった、自分たちの隊形を。
「今回の相手は、攻撃力も魔法も全部が伝聞だ。実際に戦った者はいない。聞いた限り、参加者の中に前回の討伐経験者もいない。」
ごく少数の生還者がいたとしても、拠点を移していれば参加はできない。
「だから、カイン以外がノワールに近づく構図は極力避けたい。よって――」
悠仁は、ホームベースを逆さにしたような図を描いた。
「カインを先頭。その斜め後ろにミーナとフルール。真後ろに、いざという時のためアリス。ミーナの後ろに俺。フルールの後ろにステラ。……ステラ、みんなにプレイヤーカードって配ってたか?」
「……あ。忘れてた。……これ、配って。」
ステラは気だるげに、星をあしらった魔女帽子の下からカードの束を差し出した。受け取った悠仁が皆へ回す。
「……一応、言っておくと。私、スクロール作成師。自分で詠唱するより、仕込んだスクロールで戦うほうが多いから。火力は、紙の枚数ぶん。……過信は、しないで。」
腰に提げたスクロールの束を、ぽんと軽く叩く。所作は緩いが、束の厚みだけは尋常ではない。
「冒険歴は俺たちより遥かに長い。上手く動いてもらう。危ない場面は補助を頼む。」
「……はぁい。善処、する。」
こんな時でも、ステラの声は低く眠たげだった。
「ミーナとフルールは足が速い。自由に動けるよう外側だ。ヒーラーのアリスを守りながら、隙を見て攻撃。指示が要る時はこっちから出す。」
「わかったわ。」
「わかりました。」
「カインは……そうだな。死ぬな。」
「俺の扱いだけアバウトすぎねぇか?」
「どんな攻撃が来るか分からん。とにかく防御を固めて、死なないでくれ。」
「ま、それもそうか。わかった、任せとけ。死ななきゃいいんだろ。」
「……大怪我もやめてくれよ?」
「わーってるって。」
カインがサムズアップする。
「陣形は、役割が果たせなくなるまでは崩さない。森を歩く時、互いの間に障害物があると援護が遅れる。そういう時だけ指示で組み替える。いいか?」
全員が頷く。
「最悪、報酬はもらえなくていい。とにかく死なないことが最優先だ。危なくなったら即知らせろ。全力で離脱する。いいな?」
悠仁は全員に目を配り、意思を一つにする。
「おう!頼りにしてるぜ、マスター!」
「大丈夫です。悠仁さんが見ててくれますから。」
「ま、頼りにしてるわよ。」
「あの方を倒すくらいの皆さんを、私は信頼していますので。」
「……私は、まぁ……大丈夫。Yujiみたいなのがいれば、たぶん、なんとかなる。」
「よし。出発まで装備とアイテムの確認だ。終わったら実際に陣形を組んでみる。始めてくれ。」
各々が、自分の手の中を確かめ始めた。
留め具を締め直す音、弦を弾いて張りを確かめる音、ポーションの本数を数える小さな呟き。出陣前の点検の音は、それ自体が一種の祈りに聞こえる。悠仁も杖の節を親指でなぞって、いつもの験を担いだ。
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――18:30
「では皆さま、お気をつけて。女神の加護がありますよう。」
ウォーレンが祈るように手を合わせて見送る。
「よし、行こう。」
『パーチ』の6人は、大森林へと足を踏み入れた。
夕暮れの森は入り口から数歩で光の質が変わり、背中の側で他のクランの喧騒が遠ざかっていく。六つの足音だけが残った時、この六人が今夜の互いの命綱なのだという実感が、静かに肩へ載った。




