転換期
フルールが赤く大きい瞳をくりくりとさせ、さも当然のように提案兼質問をする。
「あぁ、クランね。考えてなかったわけじゃないけど…。」
悠仁が言葉を濁す。
「あぁ、ほら、ステラは今回依頼主として付いてきたわけだから、これから一緒に旅をするわけじゃないし…、そもそも他のクランに所属しているはず…。」
「そうなんですか?」
フルールはそのままステラへ質問を移動させる。
「……今は、所属してないけどね。パーティーから抜ける時に、一緒に脱退した。……連絡は、取り合ってるけど」
「なるほど、そうなんですね…。」
(クランか…クラン…)
「あー、じゃあそうだな。ちょっと相談をしようか…。」
悠仁は何かを観念したかのように言葉を搾り出した。
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――酒場 新緑の欠片
「それで相談とは?」
フルールはクランという言葉を聞いて、何故か少しわくわくしているようだった。開口一番の質問がこれだった。
「あぁ、まぁアリスとカイン以外には話したことなかったか…。」
アリスには加入前に、カインには出会った頃にそれぞれ話している。
「実は…」
悠仁は自分の身の上話を全員にした。大人数で行動することに抵抗があること、アリスの加入時にも揉めたこと、自分が過去に遭った面倒事などを。
「…なるほど、話は分かりました。ですが、ですがですよ?」
フルールは身を乗り出す。
「このメンバーでそうなると思いますか?」
悠仁も考えていないわけではなかった。このメンバーで行動していて、危険な目にあったことはあったが、嫌なことがあったなんて1度もなかった。このメンバーであれば冒険もしていける、そう思った。しかし、過去のトラウマが足枷になる。
「いや、そうは思わないけど…。」
他のメンバーは成り行きを見守っている。
「まぁ、Yujiさんの過去はわかりました。大変なことがあったことも。だけど、その心配が無い以上、その檻からでてもいいのではないでしょうか?」
フルールが的確に悠仁の悩みを突いてくる。
「お、俺とフルールが良くても、他のみんなが賛成ってわけじゃ無いかもしれないし…。」
悠仁は回りに目配せをする。
「俺は別に問題ないぜ。俺もあんまりクランにいい思い出は無いが、このメンバーだったらそんなこと起きそうにないしな。」
「私も別に問題ないわよ。むしろ暇になるから活動時間延びるし、Aliceいるなら安心できるしね。」
「私も…、あんまり…、というかクランにいい思い出は一つもありませんけど…。悠仁さんがいるなら…。」
カイン、ミーナ、アリスは賛同した。
「ス、ステラ…?」
「……んー、そうだねぇ」
少し考える素振りをした後、ふっと目元を緩めて答える。
「……久しぶりに冒険っていうのも、楽しそうだし。……いい、よ?」
4人の答えを聞いたフルールは、今までに無いくらいの笑顔を浮かべて悠仁に向き直る。
「私はもちろん大丈夫です。さて、残りはYujiさんだけですね。返事を聞かせてもらっていいですか?」
もはや退路は全てふさがれている。
「…分かったよ。」
悠仁の答えを聞いた瞬間、場の空気がふわっと緩んだ。ぴんと張っていた緊張の糸が緩んだように。
観念して顔を上げると、五人分の顔がそれぞれの形で笑っていた。何年も抱えてきた足枷が、外れる時はこんなにあっけない。外してくれたのが、出会って一番日の浅いフルールだったというのが、なんとも不思議だった。
「Yujiさんなら、そういってくれるって思ってましたよ。」
フルールは自分の意見が通ったことでご機嫌なようだ。
「…フルールって意外と強引なのな…。」
「なんのことでしょう?」
フルールは紅茶を飲んで話を逸らす。
「……そうなると、決めなくちゃいけないことが、あるね」
ステラがぽつりと指を立てる。
「何を決めるんだ?」
「……クラン名と、クランマスター。……あと、サブマスターも」
「あぁ、なるほど。クラン名は置いておくとして、マスターは決まってんじゃねぇか。なぁ?」
カインが回りに同意を求めると、悠仁以外のメンバーはうんうんと頷く。
「…まさかとは思うけど…。」
その様子を見て、悠仁は嫌な予感に血の気が引く。
「あぁ、マスターはお前だろ。」
カインがさも当然のように言い放つ。
「いやいやいやいや、こういうのって一番経験の長い人だったり、レベルの高い人がするもんじゃ…。」
そうやってマスターを決める例は少なくない。
「俺は前衛だから指揮を取れないから、必然的に外れるよな?」
カインが当然のように自分を候補から外す。
「私も、ちょっとそういうのは、ねぇ?」
ミーナは悠仁に目配せをする。上司の上司になりたくないのだろう。心情的には分からんでもない。
「私はまだ日が浅いですし…」
「……それは、私もだね。フルールさんよりも、浅いし」
フルールとステラも、自分を候補から外していく。
「ア、アリス…」
最後の頼みの綱であるアリスに、一抹の希望を求めて声をかけるが…。
「私、おっちょこちょいなところあったり、肝心なところで抜けたりするので…。」
「そんなところ見たこと無いんだけど…」
「と、とにかく!私はだめです!」
「んな馬鹿な…。」
半ばゴリ押しにも思える理由で断られた。
「諦めろって、どうせお前が辞退して他薦になってもお前になるんだから、引き受けとけ。」
カインがもう決定事項のように扱う。
「…うぅ…なんて日だ…。」
絶対に嫌というわけではないが、やはりクランを毛嫌いしていた身としては多少の抵抗感がある。自分がその器ではないということも。
「そのうち立ち直るだろうからほっとこうぜ。じゃあ残りはサブマスとクラン名だな。しかたねぇ、サブマスはお前が選んでいいぞYuji。」
「ま、妥当なラインね。自分の補佐みたいなもんだから。」
「アリス…」
「へ?」
急に名前を呼ばれたアリスが間抜けな声を上げる。
「サブマスはアリスだ。御託は色々並べられるけど、マスター権限でアリスをサブマスターに任命する。沢山働いてもらう。」
「何か若干恨みが篭っている様に見えるんですけどぉ…」
「諦めろAliceちゃん。一応みんなでマスターに仕立てちまったんだから、マスター権限って言われたら従うか抜けるか、自分がマスターになるしかない。」
「うぅ…私がサブマスターなんて…、柄じゃないのにぃ…。」
「Aliceがんばってー。」
ミーナは既に他人事のようだ。
「……大丈夫。何かあったら、Yujiを頼ればいいんだから」
ステラもフォローする。
「はいぃ…」
「んじゃ代表が決まったところで、クラン名だな。」
「そうねー、変なやつじゃなければいいわよ。こだわりがあるわけじゃないし。」
「私はこうしたもの決めたこと無いので…それに日も浅いですから…」
ミーナとフルールは特に案が無いようだ。
「……私も、少し前に参加したばかりだから。昔からいる人に、お任せする」
ステラも早々に降りて、紅茶をすすっている。
「クラン名ねぇ…こういうネーミングセンスって言うのは昔から無くてなぁ…。Yuji、頼んだ。」
「俺もそんなにセンスよく無いんだけど…。アリス。」
「えぇ!私ですか…?私もネーミングセンスなんてそんなに…。」
クラン名無しに申請はできない。皆が沈黙をしたときに、アリスがぼそりと呟いた。
「…パーチ」
「パーチ…?」
確か英語で止まり木の意味だった。
呟きは小さかったのに、卓の全員の耳にきちんと届いた。いい名前は、たぶんそういうふうに届くものだ。誰も聞き返さなかったのが、何よりの証拠だった。
「私は、もしクランが出来たら、そこがみんなの、心が休まる場所がいいんです。疲れたときに立ち止まったら、みんなが助けてくれる。だから安心して休める。そんな場所が。」
「いいんじゃないか、シンプルで分かりやすい。」
カインは伸びをするようにして賛同する。
「私もいいと思います。何だかその意味は気に入りました。」
「……私も、いいと思う。……なんだか、楽しそう」
フルールとステラも賛同する。
「私もいいわよ、むしろ文句の付け所が無いわ。」
「い、いかがでしょうか。」
アリスは悠仁にお伺いを立てる。
「いいんじゃないか、仲間思いで、アリスらしいじゃないか。」
悠仁はアリスの頭をぽんと撫でてやる。
「あ、ありがとうございます。」
「よし、じゃあ今から申請をしよう。今回はメンバーがクラン設立のための最低人数になるから、全員で向かう必要がある。全員揃っているし、依頼も明日の朝には出てしまうようだし、なるべく急いだほうがいい。」
「そうですね、私もそれがいいと思います。」
アリスが悠仁の横に並んで答える。
「みんなもそれでいいか?」
悠仁の提案に全員が頷く。
「よし、じゃあ組合に行こう!」
こうして悠仁達は、クラン設立のために組合に向かうのだった。




