衝撃
「あー!旨かった!現実の羊とはまたなんか違う味がしてよかったな!」
マリアの調理してくれたカール羊の肉を使った料理に大満足なカインは、ベッドに大の字になった。
「確かにあれは旨かったな。量も有り余るほどあったし、今ストックしてある分もバーグさん達だけじゃ食べきれないだろうから、後で売りに行ってくるよ。」
「おう、頼んだ。」
「今日が日曜日だから、明日仕事かー、やだなー。」
ミーナがぼやく。
「いや、俺もカインも仕事だよ。」
「私も明日は学校ですね。」
アリスも用事があるようだ。
「……私は、暇だから。ご飯を食べに戻ったら、またログイン、かなぁ……」
ステラは1日の大半を、この世界で過ごしているようだ。
「毎日何時間もログインしてるっていうのも楽しそうだけど、いつか疲れてきそうですね。」
「……慣れだよ、慣れ」
ステラがふわりと欠伸まじりに笑う。
「そんなもんですかね。じゃあフルール、みんな席を外すけど大丈夫かな。」
「はい、大丈夫です。休んできてください。」
フルールの言葉に送られて、皆ログアウトをするため聖堂へ向かう。
「んじゃみんな明日な。明日もきっと狩りだから、ゆっくりと休んできてくれ。」
悠仁の言葉に頷いて、皆は順にログアウトをしていく。
悠仁もポッドに入り、ログアウト処理を行って現実世界へ戻る。
(あぁ…明日からまた1週間仕事か…)
憂鬱になりながら、ポッドから体を起こした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――翌日
「郊外だから静かでいいけど、この満員電車だけは勘弁して欲しいな…」
悠仁は駅のホームに降り立つ。会社の最寄り駅から会社までは徒歩15分程度。バスを使う手もあるが、満員電車の後に満員バスは体に堪えるため、ストレッチがてらに歩くことにしている。
「この時間があるから仕事に集中できるって言うのもあるかもしれないな…。…ん?」
会社の前に人だかりが出来ている。見れば悠仁の会社の社員ばかりだった。嫌な予感がする。
(おいおい…月曜日だからってまさか飛び降り…)
月曜日に起きる人身事故の件数はどの曜日よりも多い。鬱も月曜日が最も酷くなる傾向があるという。自分の会社のビルから飛び降りなんてされようもんならたまったものじゃない。今日一日、憂鬱な気分で仕事をすることになるだろう。
「ひとまず行って確認しないと…」
悠仁は歩を進めて会社に近づく。
「お、石橋じゃないか、おはよう。どうかしたのか?」
一番後ろに石橋がいたので声をかける。
「あああああああああ青木さん…、大変なことに…!」
まさか本当に自殺か…。悠仁が覚悟を決めた次の瞬間に、自殺よりも驚きの事実が石橋の口から飛び出した。
「か、会社が…、会社がなくなったみたいです…。」
「………へ?」
会社がなくなった。意味が分からない。会社は目の前にあるじゃないか。どういうことだ。
「その…、私もよくわからないのですが…、昨日付けで倒産したみたいで…。」
「と、倒産…。」
「私たちの私物も中にあるのに入れないみたいなんです…。」
頭が真っ白になる。倒産。仕事が無い?そもそも会社が無い?どういうことだ…?
「ちょっと通してくれ。」
悠仁は人混みを掻き分け、最前列へ出る。
会社の入り口には張り紙がしてある。
「9月15日を以って当会社の破産手続きが為されました。社員の皆様は弁護士の立会いの下でしか会社に入ることが出来ません。今後の立ち入り予定は追って連絡しますので本日は気をつけてお帰りください。」
本当だった。会社は昨日の日付で破産申請が受理されており、会社はもうなくなっているも同然だった。
「まじかよ…」
給与の支払いが滞ったり、会社の様子がおかしかったりすることはなかったのに…。色々な考えが頭を巡るが、とりあえず悠仁は今出来ることが無いと判断し、最後尾まで戻る。
「石橋、今から時間あるか?」
「えぇ、まぁ。仕事する予定だったので…。」
「じゃあ来てくれ。」
「は、はい!」
悠仁は石橋を連れて電車に乗り込み隣の駅で降り、朝でも開いている喫茶店へ滑り込む。
「まず、会社が倒産した。これは理解しているか?」
「えぇ、なんとなく。実感わかないですけど…。」
「実を言うと俺も倒産なんて経験したこと無いから同じなんだが、お前よりも長く社会人をやってるから、ちょっとしたおせっかいをだな…」
「は、はい。」
「とりあえず俺達は失業をしたわけだ。もう今日から仕事は無い。俺達がしなくちゃいけないのは次の仕事を探すことだ。いいか?」
「は、はい。」
「まぁしばらくは失業保険やらで金が急に入ってこなくなることは無いから、心配することは無い。だが次を考えておく必要はある。」
「は、はい。」
「…分かってるのか?」
「いや、その、はい…。なんて答えればいいか分からなくて…。」
「まぁいい。続けるぞ。」
悠仁はこれからの流れを一通り石橋に説明をした。
「…ってことだから、会社から後でもらうであろう雇用保険被保険者証なるものがあれば仕事を探すことは可能だから、それまでは待っていればいい。」
「分かりました…。」
「とりあえず当面の資金はあるのか?なんだったら貸すが…」
「いえ、貯金はしていたので大丈夫です。」
「そうか…。仕事がなくなった以上、俺はもうお前の上司じゃないんだが、まぁ困ったことがあったら連絡しろ、出来るだけ助けになってやる。これ、俺の私用携帯の番号だ。」
「分かりました。私のはこれです。なんかありがとうございます。」
「おう、なんだかんだ2年近く一緒に仕事したわけだし、俺のほうが年上だからな。見捨てたりしないさ。」
「ふふっ、何かかっこいいですね。」
「何言ってんだ。仕事してる俺はいつもかっこよかっただろ?」
「頭ばっかり下げていた気もしますけど。」
「お前…、それはお前のミスを一緒に謝っていたからじゃないか。」
「分かってますよ。青木さんが私の仕事を代わりに遅くまでやってくれていたことも沢山あったことも。ミスを陰でフォローしてくれてたことも知ってます。」
「…おう。」
ばれていたのが恥ずかしくて、何もいえなかった。
「そうですね、私もこうみえて強情で変なプライドがあるので、今まで言えていませんでしたが…」
石橋はコーヒーを一口飲んで、覚悟を決めたように視線を上げる。
「ありがとうございました。青木さん。」
「おう、お疲れ。まさかこんな形で言うとは思わなかったけどな…。」
「ははは、私もです…」
「いいさ、とりあえず今日はフリーだ。好きなことをするといい。俺も帰ってゲームするかな。」
「私も帰ってのんびり過ごそうかな。」
「じゃあここでお別れだな。また会社関係のことで会う事はあるだろうから、最後ってわけじゃないが。」
「そうですね、じゃあお代は私が。」
「おいおい、最後に先輩の仕事を奪うのか?」
「ふふ、最後に成長した後輩の仕事をさせてください。」
「まいったな…」
石橋は伝票を持って会計を済ませた。
「んじゃここで、またな。」
「はい、じゃあまた。」
悠仁は石橋の背中を見送る。
(ま、ちょっとは成長したのかな。)
あいつなら新しい職場でもうまくやっていくことが出来るだろう。そう思い、悠仁は家に帰った。
帰りの電車は、通勤とは逆向きで空いていた。窓の外を流れる見慣れた街が、平日の昼の顔をしている。会社が消えた実感は、まだ書類の言葉の形でしか胸に届いていない。ただ、2年間毎朝締めていたネクタイが今日はもう要らないのだと思うと、喪失感と解放感が同じ場所で鳴っていた。
家に帰った悠仁は着替えて、抜いていた朝食を摂ったあと、やることもなかったのでHOPEにログインすることにした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「わざわざここに来る必要は無いんだが…」
悠仁はいつもの雑居ビルの前にいた。会社の近くではなく、家に近い場所はあるのだが、なんとなくこの場所を使ってしまう。黒服の間を通り、中に入る。
「いらっしゃいませ。あら、青木様。今日は随分と早いですね。」
「ええ、色々ありまして、しばらく仕事が無くなったんです。」
「そうなのですか、よかった、と言っておくほうがよろしいですかね。」
「まぁゲームが出来る時間が増えるのは確かですね。」
「ふふ、ではよかったと言っておきましょう。」
「そうですね、これからは顔を合わせる機会が増えると思います。」
「そういえば、青木様はご自宅からもっと近いわが社の施設があったはずですが…。」
「やっぱり見知った人がいると安心するじゃないですか。」
「あら、お上手ですね。」
「本音ですよ、じゃあログイン処理をしていただいてもいいですか?」
「あらすみません、私としたことが、つい話し込んでしまいましたね。では腕をこちらに。」
ログイン処理をするために機械に腕を通す。
「席は空いておりますので、好きな場所をお選びください。」
「わかりました。では。」
悠仁は足早にポッドの中に入りログインする。
(平日のこんな早くにログインすることなんて初めてかもしれないな…。)
そんなことを思って目を閉じると、すぐに視界が暗転する。
(あぁ、自然の香りがする)
目を開けると一面の緑が広がっている。カプランドにある聖堂からは森が一望できるのだ。
「お帰りなさいませYujiさま。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「ありがとう。」
悠仁は足を踏み出し、街へと進む。
(そういえばドロップアイテムを捌いてなかったな。)
皆がログインするまでしばらく時間はありそうだったので、アイテムを捌くために市場へ行く。売っているものを見ながら相場を確認して、自身のアイテムを売りさばいていく。中でも巻角は結構高く売ることが出来た。
「よし、とりあえずこれだけ捌けばいいだろう。あとは何に使うか分からないし、みんなで相談して決めよう。」
収納をぽんぽんと叩き、フルールがいるであろうバーグの家に向かおうとしたその時。
「あれ!Yujiじゃん!」
後ろから声がかかる。
「お?ミーナ。お前仕事があったんじゃ?」
「いやー、聞いてよ。朝会社に行ったら倒産しててさー!もうびっくりしちゃったよねー!」
「は?」
ついさっき聞いた話だ。こんな偶然あるのか?
「へ、へぇ…。そうなのか。ちなみにお前会社ってどこのだ?」
「あれ、言ってなかったっけ。私東京の会社で仕事してるの。まぁ『していた』ってことになるけど。」
「……」
「どうしたの?黙っちゃって。」
(いや、まさかな…そんなことが…)
「倒産って言えば、お前※※株式会社って知ってるか?」
「え!?何で知ってるの!?もしかしてニュースになってた?私そこで働いてたのよ!」
「……もしかしてだけど…。」
「はい?」
「石橋涼子って知ってるか?」
「…なんで…。……もしかして…。」
ミーナの顔が青ざめていく。
「お前、石橋か?」
「もしかして、青木さんですか…?」
時間が止まる。こんな衝撃を受けるのはもう人生において無いといっていいかもしれない。これだけの人口のゲームで、まさか自分の後輩と冒険をしているなんて。
「えぇええええええぇええ!!!」
ミーナの絶叫が市場に木霊した。




