冒険者登録
――カプランド 酒場 新緑の欠片
「…」
「…」
2人の間に沈黙が漂う。無理もないだろう。今まで冒険してきたのが、お互いの先輩後輩だったのだから。
「…お前、ゲームなんて滅多にやらないっていってなかったか?」
「…はい。」
「そのお前が何でこのゲームやってんだ?」
「…申し開きもありません…。」
「いや、別に責めてる訳じゃなくてだな…、単に理由を知りたいだけであって…。」
以前石橋とHOPEの話をした時には『そのゲームやってる人ってなんていうか、生に無頓着なのかなぁっていうイメージがありまして』なんて言っていたのである。
「…HOPEってあんまりいいイメージを持たれて無いじゃないですか、特に社会人からすれば。」
「まぁ確かに。」
悠仁はあまり気にしないが、HOPEは社会人の中ではあまり評判が良くない。理由はいくつかある。
一つは「社会人がゲームなんて…」という考え方だ。この考えは一部の老人から出る意見なので、あまり重要視しなくてもよい。問題が次の二つである。
2つ目が「収入を得て会社を辞める人間がいる」ということだ。冒険に余裕が出たプレイヤーは稼ぎが増え、生活できるだけの収入を得られるようになれば仕事を辞めていく。そうなれば会社からすれば大打撃だ。
もう一つは「死ぬリスクがある」ということである。別にゲームを楽しむこと自体は構わないが、死んで席が空白になると会社としても困るわけだ。場所によっては雇用契約の中に「HOPEのプレイを禁ずる」という一文があるところもあるという。
このような理由で、社会人的にはHOPEをやっているというのは、あまり公言しないほうがいいことが多い。
「だからあんまり言えなくて…特に上司である青木さんには…」
言えないのも無理は無いだろう。場所によっては査定に響くこともある事態だ。
「理由は分かった…それよりも容姿とか名前で気付かなかったのか?」
「ちょっと身長とか違いますし、Yujiって誰かの名前ですか?」
「…俺の下の名前だよ…。」
「すみません…、存じ上げてなかったです…。」
2年近く一緒に仕事をしているのに、下の名前を覚えられてなかったことに若干ショックを受ける。
「まぁいいさ…。もう上司じゃないしな…。ミーナって何か由来があるのか?」
「家で飼っている猫の名前です。」
「あぁ、お前のデスクにあったあの写真の。」
「そうですそうです。それよりも、青木さんこそ気付かなかったんですか?私だってこと。」
「だってお前普段眼鏡してるだろ…、外したところなんて見てなかったし…。」
眼鏡をしていると、もう眼鏡がその人間の体の一部みたいに見えるので、外しているところは中々想像できないものである。
「それもそうですね…。」
「それと、ゲーム内で本名はまずい。誰かに聞かれて個人の特定なんてことになったら面倒だからな。」
「あわわ、そうでした…。」
ゲーム内で本名がばれ、芋蔓式に素性がばれていき、プレイヤー間での問題が発展し、現実世界で刃傷沙汰になったというニュースもある。
「何度もいうが、会社がなくなった以上俺は上司じゃない。それにここではそういうの関係ないしな。今まで通り、冒険者Yujiと冒険者ミーナで頼むよ。口調も丁寧にしなくていい。周りがびっくりするしな。」
「わかりましt…いえ、わかったわ。」
「そう、その調子だ。…はぁ…、まぁこの問題はとりあえず片付いたということで、バーグさんの家に行くか、フルールが待ってるだろうし。」
「そうですn…そうね、行きましょう。」
「…家に着くまでに治してくれよ?」
「善処します…」
2人は並んでバーグの家に向かった。
歩きながら、隣のミーナが何度もこちらの横顔を盗み見しては、口を開きかけてやめるのが分かった。呼び方ひとつ、口調ひとつ。積み上げてきた関係の置き場所を、互いに探り直している。妙なもので、正体が分かった途端に少しだけ他人行儀になるらしい。
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「おや、お帰りなさい。お2人は夕方頃に見えるはずじゃなかったですか?」
家で仕事に行く準備をしていたバーグと鉢合わせる。
「ちょっとお互い用事がなくなりまして…」
「そうですか。ステラさんはまだ戻られてませんが、フルールさんは部屋でお休みしているようです。」
「わかりました。ありがとうございます。」
2人は階段を昇り、貸してもらっている部屋へ行く。ドアを開けると、フルールが手持ち無沙汰でベッドに腰掛け、足をぶらぶらさせていた。
「あ、Yujiさんミーナさんお帰りなさい。早かったですね。」
「ちょっと用事がなくなっちゃってな。早めに来たんだ。」
「そうなんですね。私はやることなくて暇しちゃってました…。」
「不本意だけど、フルールの暇はしばらく無いかもしれないわよ。」
「え?何でですか?」
ミーナは日中やっている仕事がなくなってしまったことを話す。
「なるほど、とりあえず用事がなくなったので、こちらにいる時間が増えると…。」
「そういうこと、新しい仕事が見つかるまでの間だけど、ゲームの世界に一日中、何日もいるっていうのは結構楽しそうだし。」
「物作りをするスキルを持ってる人って、いくら時間があっても足りないって言うしな…。」
レシピによっては何時間も待たなくてはならない調合の作業などもあり、丸一日つぶれるなんてこともあるそうだ。
「こっちで時間をかけた分だけ稼ぎが出るのは当然ですし、仕方ないわよね。」
「俺も偶然、装飾品製作師なんてスキル手に入れたし、ちょっとやってみるかなぁ…。」
「私も何か、時間がある時に出来ること探してみたいな。」
フルールがぼそりと呟く。
「んー、ためしに聖堂に行ってみるか?魔術師協会とか戦士協会とか行ってもいいけど…」
「んー…そうですね…。皆さんが付いてきてくれるなら…。」
イザベラから近づくなといわれていたからか、多少の抵抗感はあるようだが意外と乗り気だ。
「よし、じゃあみんなが来る前に行ってみるか…ってしばらく来ないだろうけど。」
「はい、それでは準備しますね。」
「私も市場見てみたいし、準備しよっと。」
フルールとミーナが準備を始める。
「んじゃ俺もアイテムの整理するかな。」
悠仁も収納の中のアイテムを整理して、2人の準備を待った。
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――カプランド 聖堂
「別に邪悪な気配などはしないのですが、イザベラは何を注意しろといったのでしょうか…。」
フルールは聖堂に立ち入ってから、おのぼりさんの様にきょろきょろしている。
「さぁなぁ。俺達はここが日常の場所だし、邪悪な気配なんて微塵も感じたこと無いな。」
「むしろ安全が保証されているって感じで安心するわよね。」
「そうなんですねぇ…」
「んじゃ、ちょっと受付で聞いてみようか。フルール、こっち。」
悠仁はフルールをつれて受付に向かう。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう。」
柔和な雰囲気の受付嬢が対応してくれる。
「冒険者の登録をしたいのですが、大丈夫ですか?」
「カプランドで冒険者登録なんて珍しいですね。大丈夫ですよ、聖堂はどこも大体同じ機能を持っていますので。それで、お兄さんが冒険者登録を?」
「いえ、こっちの。」
悠仁は半身をずらしフルールを前に出す。
「なるほど、では手をこちらに。」
フルールは現実世界の受付にある腕を通す機械に腕を差し入れる。
「…?あなた…」
「あぁ、この子NPCなんです。」
「……」
受付嬢の目つきが急に険しくなる。
「え、何かまずかったですか…?」
受付嬢は目を閉じてしばらく黙り込む。1分ほどの沈黙の後、急に笑顔になり口を開く。
「そうですね、NPCが冒険者登録をすることの前例がなかったので確認をしていました。システム的には大丈夫みたいなのでこのまま登録しちゃいますね。」
「そうなんですね、よかったです。」
何か重大な違反行為をしたのではないかと冷や汗をかいたが、何も問題がないようでよかった。フルールやミーナも同じだったようで、安堵したように息を漏らす。
それでも悠仁は、あの1分の沈黙が頭から離れなかった。書類を確認するのとも、誰かに問い合わせるのとも違う、目を閉じたままの沈黙。まるでどこか遠くと話でもしていたような。考えすぎだと自分に言い聞かせて、笑顔に戻った受付嬢へ視線を返した。
「ではこちらで冒険者登録を行います。既にいくつかのスキルを習得しているようなので、1レベルからのスタートということは無いと思います。」
機械がカシャカシャと音を立てて、何かを読み取っていく。
「…はい、読み取りが終わりました。腕を抜いていただいて大丈夫です。これからプレイヤーカードの作成を行いますので少々お待ちください。」
受付嬢が何かの端末を操作する。
「よかったなフルール、問題なく登録できて。」
「はい!これならもっと早くにくればよかったです!」
フルールは嬉しそうに笑う。
「お待たせしました。これがフルールさんのプレイヤーカードです。」
受付嬢がプレイヤーカードを持ってくる。
「へー、プレイヤーカードってこんな風になっているんですね。」
「あぁ、そういえばごたごたしていたのと、使えるか分からなかったから、フルールにはカード渡してなかったな。」
悠仁がフルールのカードを覗くとそこには
メイジLv48 ハンターLv30 と書かれていた。
「メイジ48…、もうアリスの一件もあってそんなに驚かないけど、凄まじいレベルだな…。」
4小節の魔法を行使できる以上、このレベルは当然なのかもしれないが、それでも48は並みのプレイヤーでは到達できないだろう。
「48ってすごいんですか?」
「そうだな、冒険者の中では上のほうだと思っていい。ピラミッド状に分布していて、48は上に近い場所にある。」
「ピラミッド…?」
「あぁ、えと…」
「ほらYuji、こんな場所でぐだぐだしてたら邪魔よ。」
「お、おう。そうだな。その説明は戻ってからにしよう。じゃあ、ありがとうございました。」
「はい、お気をつけて。女神の加護があらんことを。」
受付嬢は祈るように手を合わせ、3人を見送った。
「冒険者登録が無事済んだことだし、お祝いにどこかで食事でもするか。」
「わぁ、いいんですか?」
「あぁ、もちろんだ。何か食べたいものはあるか?」
「そうですね…じゃあ。」
3人は何を食べるかで盛り上がりながら、聖堂を後にした。




