依頼遂行
――カプランド バーグ邸
「……42、43、44。……全部で、44枚。1日目でこんなに集まるなんて、思わなかった」
ステラがドロップ品である羊皮紙を数える。平均して4体に1枚のペースでドロップしていたので、狩ったカール羊は約150~160匹。おかげで全員満身創痍である。
「ふぃー…疲れたぜ…。こんなに体動かしたの何時振りだ?」
「私もちょっと運動不足かも…」
脳に疲労を送り込んでいるため、あくまで身体的な疲労は錯覚なのだが、それでも疲れるものは疲れるのだ。少なくとも脳は疲労している。フルールは既にダウンしている。
「私も結構フラフラかもしれません。」
常に魔法を使い続けていたアリスはかなりの疲労であることに違いない。マナポーションをがぶがぶ飲みながら魔法の維持をしていた。
「……それにしても、Aliceはすごいね。アクセラレーションの効果時間は5分ぴったりなはずなのに、漏れなしでかけ続けられるなんて」
「私もそれは思ってました。おかげでとても動きやすかったです。」
アリスはアクセラレーションの効果を切れさせることなく、かけ続けていたのである。
「そうなんだよな。俺もオスの中に飛び込んで動いている時に、最初は『ここでバフが切れたら俺大変なことになるんじゃね…?』とか思ったけど、一回も途切れることがなかったから途中からはもう夢中で狩ってたぜ。」
身体能力を強化する魔法は上位職では良く使われる。特にある属性に対する抵抗を高める魔法はゲームを攻略する上で重要になってくるが、この魔法は便利な反面『効果切れ』という問題が存在する。例えば火属性への抵抗力を上げるバフをかけた場合、被術者は火の攻撃をある程度無視して行動することが出来るが、効果が切れていることに気付かずに攻撃を受けてしまった場合、考えるのも嫌なことになるのは目に見えている。
よってバフ、若しくはデバフをかける術者は効果時間の把握を行う必要がある。5分で切れるバフであれば4分30秒辺りでかけなおせば再度5分の効果を得られるが、重なる時間がなるべく少ないほうが効率がいいのは確かである。このラインの見極めが非常にシビアであるが故に、支援職は難しいのである。
「えへへ、私時間が秒単位で分かるんです。」
「へぇ…、それはすごいな。特訓でもしたのか?」
「いえ、以前にこれをいただきまして。」
アリスが腰に括りつけてある物体を取り出す。
「これなんですけど。」
それを見た瞬間、ステラも含めた全員の手が止まる。
「…え…、それって…もしかして…」
あのカインですら言葉が出ない。
「……Alice。それって……もしかして、『時計』?」
ステラがおずおずと手を上げて聞く。
「はい、時計です。」
「「「「「………」」」」」
時計、それはこのHOPEの世界の中でももっともレア度の高い1等級、若しくは2等級の分類がされるアイテムである。世界に流れている時間を数字として計ることのできる機械。HOPEの中では時計は街中にしかなくフィールドに持ち出すことができないが、専用に作られた物に関しては持ち出すことができる。ダンジョン内でも時間を確認できる時計は貴重品として扱われ、最上級の価値があるとされている。その中でも秒針付の時計は最も高い等級である1等級に分類されており、通常の手段や狩りでは入手は困難であり、存在を疑う高レベルプレイヤーも少なくない。(第1章 閑話Alice② 後書きより)
アリスが風防を開けると、出てきたのは綺麗な金細工を施してある秒針付の懐中時計だった。
「時計なんて…みたことない…」
もちろんゲームの中の世界でのことである。
「存在すら怪しいって言われてるのに…」
「……これは……すごい、ね……」
ステラも食い入るように見つめている。
「……名前の刻印が、入ってる。これはもう、Aliceしか所持できないという意味。……この細工に、秒針付き。支援職なら、喉から手が出るどころの話じゃない。……市場に出回ることがあったら白金貨が数百枚、ことによると、数千枚単位で動くレベルの代物だよ」
気だるげだったステラの声が、わずかに早くなっている。
白金貨1枚で日本円にして1千万円の価値があるので、それが1000枚単位ということは1000億円単位の金が動くということだ。
「数千億…」
ミーナが唖然としている。驚いた様子を前に出しているのがミーナなだけであって、悠仁も言葉が出ないレベルで驚いている。
「……まあ、Aliceしか所有できないから、システム的にAliceの手から離れることは無いんだけど。……もし譲渡可能なものだったら、大富豪がコレクションで保有するか、世界ランカーが最難関ダンジョンを攻略する時に使用するか。……そういう類の、もの」
「価値のあるものだとは思っていましたけど、そこまでとは思いませんでした…」
さすがのアリスもその話を聞いて驚いているようだ。
「でもそれを戦闘中見ていたわけじゃないですよね?」
悠仁もアリスが時計を見ているのを見たことは無いし、持っていることさえ知らなかった。
「はい、これ身に着けているだけで時間の流れがわかるんです。こう、自分の中で秒針が動いているような…」
「……しかも、ユニークエフェクト付き。……もうそれは、お金に換算することは出来ない。……文化財レベルの、アイテムだよ」
ステラが半ば呆れたような顔をする。皆もどういった顔をしていいのかわからない。
卓の真ん中に置かれた小さな時計は、燭台の灯りを受けて静かに金色を返している。数千億という数字と、目の前の掌ほどの物体がどうしても結びつかない。ただ、話が済むとアリスが事もなげに腰へ戻したその仕草だけは、値段より雄弁だった。これは彼女にとって、金額の話ではないのだ。
「……それは、人に見せないほうがいい。取引不可と知らずに、奪いに来る輩がいるかも知れないから。……私も興味はあるけど、入手経路は聞かない。誰にも、教えちゃだめだよ」
「は、はい。」
いつも気だるげなステラが真顔で念を押してくるのを聞いて、アリスは少し気圧されている。
「……今日の狩りのスムーズさ以上に驚くことがあるなんて、思わなかった……」
ステラが眉間に指を当てている。
「……では。……こほん」
ステラは話の流れを変えるように、わざと咳払いをする。
「……改めまして。今回は、依頼を受けてくれて、ありがとう。……本来の依頼内容である羊皮紙100枚弱まで、あと半分。この依頼に期限は特に設けてないけど、繁殖期が過ぎると集めることが出来ないから、なるべく早いに越したことはない、かな」
そもそもこの依頼は、繁殖期のカール羊がドロップする羊皮紙を集める依頼だ。
「……複数日に分けても問題ないから、どうか最後までよろしく。……他のドロップアイテムは、皆さんで分配してもらって構わない。街が出している依頼に対しての報酬も、皆さんのみで分配して、大丈夫」
カール羊は羊皮紙以外にも、羊毛、巻角、肉、尻尾をドロップしていた。今メンバーのカバンは、それらのドロップ品でいっぱいである。
荷を分け合って持つと、全員の収納がずしりと重い。この重さがそのまま今日の稼ぎで、今日の無事でもある。疲れた体に、荷物の重さだけは悪くない感触だった。
「……なので、明日以降も。どうか、よろしくお願いします」
ステラが頭を下げる。依頼主として申し分ない立ち振る舞いだ。
線の引き方がきちんとしている。仲間のように笑い、依頼主として締める。年下の、それも気だるげなこの小さな人の中で、二つの顔が喧嘩をしていない。商いを長くやってきた人間の背骨だった。
「……と。堅苦しいのはこの辺にして。……折角新鮮な肉が手に入ったんだから、マリアさんに調理してもらわない?」
「お!そりゃいいですね!俺の収納の中肉だらけだから丁度良かったぜ!」
「カール羊の肉は酒場でも出されますし、とてもおいしいんですよ。」
アリスが懐かしむように話す。
「よし、じゃあバーグさん達におすそ分けをしてこようか。素材は俺がまとめて捌いて来るから、あとで馬車に乗せてくれ。」
「わかったけど…、疲れたからご飯が先でいい?」
ミーナがげっそりした顔で願い出る。
「あぁ、もちろん。まずは腹ごしらえだな。」
話にひと段落着いた一行は、ぞろぞろと階下へ降りていった。
「ユニークエフェクト」(システム)
アイテムによっては固有の効果を持ったものが存在する。その効果のことをユニークエフェクトといい、効果によっては高値で取引される。




