カール高原
――翌日 カール高原麓
「わぁー、たくさんいますねぇー。」
街が盆地状になっており、高原へは常に登っていく必要があるのだが、遠目から見るだけでも何個もの群れが出来ているのがわかる。
「抹茶ケーキの上に生クリームを乗っけてるみたいですー。」
「まぁ、確かにそう見えなくはないな。」
アリスが楽しそうに羊の群れを見ている。
「……では、一つずつ狩っていこうか。逃げた羊は他の群れに吸収されるから、深追いはしなくて大丈夫」
「おう!一昨日昨日とぐっすり寝たから元気が有り余ってるぜ!」
「頼りにしてるぜ。」
「おうよ。」
拳の甲をこつんと合わせる。
高原の朝の風は下界より一段冷たくて、草の匂いに獣の匂いがうっすら混ざっている。遠くの群れは白い染みのようにゆっくり動いていて、のどかな眺めと、これからやることの落差が少し可笑しかった。
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――カール高原
「……じゃあ、あの群れから」
ステラが指差した群れは、50匹程度の小さな群れだった。
「そうだな、初めはあれくらいじゃないと程度も分からないし、ちょうどいいと思う。」
「じゃあ私がプロテクションで後方を塞ぐので、皆さんは攻撃をお願いします。」
「じゃあAliceちゃんが後ろを固めたら、俺が咆哮で動きを止めると。」
「そしたら俺やミーナ、フルールが前方から攻撃って感じでいいか。修正があったら随時提案をしてくれ。」
「私は大丈夫よ。ちょっと奮発していい矢を使おうかしら。」
「ここなら広いですし、エアブラストを使っても大丈夫そうですね。」
「じゃあ各自配置についてくれ、合図はアリスのプロテクションで行こう。ちょうど風下だから気付かれて無いし、行動は早くだ。」
悠仁の言葉をきいて、各々が行動しやすい位置に移動する。
「光よ 我が魔力を糧に 彼の者を阻む障壁を。」
(用途に応じて少し詠唱も変えるんだな…。俺も意識してみよう。)
アリスのちょっとした工夫を見て勉強する。
「プロテクション!」
アリスが杖を振り下ろすと同時に、群れを挟んで反対側に水色の半透明な壁が2つ出来る。
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
カインが咆哮でオスの気を引くと同時に、群れの動きを止める。
「親愛なる風の精霊よ 私の手を取り 力を貸して」
フルールがエアブラストの詠唱を始める。
(魔法同士の干渉ってどんな感じになるんだろうか…)
エアブラストは任意の場所の空気を圧縮し、任意の方向へ放出するものだ。悠仁は今イザベラの持っていた杖を使用しているため、魔法の効果が自分のレベルよりも大幅に強化されている。上手に組み合わせられないかを考える。
「フルール!」
悠仁が大きな声でフルールに呼びかける。
「俺がファイヤーボールを撃つ!そのファイヤーボールを加速させるようなイメージでエアブラストを使ってくれ!」
意図を汲み取れたフルールは、こくりと頷いて詠唱を続ける。
「あぁ哀れな子羊たちよ せめて痛みの無いように ゆっくりとお休みなさい」
前回とは違う詠唱を完了させる。
「炎よ」
1小節しかないのでタイミングを合わせる。
「ファイヤーボール!」
杖の先に大きな火球が出来上がり、羊の群れに飛んでいく。
「エアブラスト」
火球の後ろの空気が圧縮され、弾ける。火球は凄まじい加速をして、地面を焼きながら羊の群れに突っ込んだ。
ドゴォオオオオオオン!という音と共に群れを断裂し、プロテクションで作られた壁を破壊してしまった。
「おぉう…これは想定外の威力になったな…。」
カール羊の死体が空を舞い、ぼとぼとと下に落ちてくる。死体に剥ぎ取り用のナイフを突き刺すと、ドロップアイテムに変換される。
焦げた草の匂いが風に流れて、高原に静けさが戻ってくる。連携の手応えと、やりすぎの反省が半々の初手だった。魔法は足し算ではなく掛け算で効く。頭では知っていたことを、目の前の焼け跡が改めて教えてくれる。
「ひゃー、すごいわね。遠目に見てたけど20匹は倒してたわよ。私はそれで逃げるやつを3体くらい狩っただけね。あとはカインが…」
「俺は向かってきたオスを3体始末したぜ!」
「おいおいカイン!お前!血!」
カインが得意げにカール羊の角を持ってきたが、頭から血を流している。
「あ?あぁ、思いのほか突進が強くてな。一回吹っ飛ばされちまった。」
「そりゃお前、攻撃的なモンスターじゃないとは言え、俺達よりもレベル高いんだからもっと気をつけてくれ…。アリス、頼めるか?」
「はい、カインさんこっちへ。」
「おう、すまねぇなAliceちゃん。」
「いえいえ、お気になさらず。」
アリスはにこりと微笑み、治療を開始する。
「よし、俺達は倒した羊のドロップ品を回収するか。」
「はーい、ステラさんも手伝ってもらっていい?」
「……うん、もちろん。これなら結構早く終わりそうで、助かるし」
悠仁、ミーナ、ステラの3人はドロップアイテムの回収に向かった。
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「……思いのほか、羊皮紙のドロップ率が悪い。……角や羊毛は、落ちてるんだけど」
20後半の数を狩れたにも関わらず、取れた羊皮紙は10枚ほどである。
「こうなると、当初の予定通り2日くらいはかかりそうだな…」
「……そうだね。少なくとも70枚は欲しいから、そのくらいになるかも。……その分、報酬は奮発するから」
「引き受けた以上、最後までやるから大丈夫だ。カインの治療も終わったみたいだし、次に行こうか。」
悠仁は周りを見渡す。
「とは言ったものの…」
先ほどの魔法の爆音で警戒してしまったのか、周辺から羊がいなくなってしまった。
「フルールの魔法は少し抑えるか禁止ね、これは…」
「す、すみません…」
「近接職もいるんだ、少しずつ警戒されないように狩ればいいさ。ってことでフルールは近接戦闘に変更。後は音の出ない遠距離なミーナと、カインかな。」
「ま、妥当な選択ね。」
「私はまた退路を塞ぐ感じで援護しますね。」
作戦を変更し、再度狩りを行うことになった。
机上の作戦は、最初の一戦で必ずどこかがはみ出す。はみ出した分をその場で削って作り直す。この作り直しの速さこそが、二人から六人になったこの集まりの一番の財産かもしれなかった。
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「よし、じゃあ次はあの群れにするか。他の群れからも距離が離れていて丁度いいだろう。」
「それではまた私がプロテクションで壁を作りますので、皆さんよろしくお願いします。」
「今度は回りに気付かれないようにスピード勝負って感じだな。任せとけ。」
「ではでは、最近覚えた新しい魔法を皆さんにかけますね。」
ふんすとアリスが気合を入れる。
「風よ 彼の者達の背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負ってあげて」
杖を横薙ぎに振る。
「アクセラレーション」
3人の体が淡い緑色の光に包まれる。
「おぉ、なんだこれ。」
「アクセラレーションと言って、身体を含む被術者の重量を軽減させて、実質速度が上がった状態に出来る魔法です。試験料は高めでしたが、便利そうなので取ってみました。」
えへへと少し照れくさそうに紹介する。
「へぇ、これはいいわね。体が軽いわ。」
「そうですね、これなら速く動けそうです。」
「効果時間は5分しかないので急いでくださいね。カインさんの怪我を見る限り、防御力が高くても危ないかもしれないので。」
「はいよ!次は横から突進されるなんてへまはしないようにするぜ!」
「はいはい、置いてくわよ!」
「うおっと!じゃあAliceちゃん頼むぜ!」
「はい、わかりました。」
アリスは再度プロテクションで退路を阻む。
「ごめんなさい。」
そういってフルールは、次々とオスの首を切り裂いていく。
「おぉ、結構容赦ないのな…」
遠くから見ているだけの悠仁が声を漏らす。
「……ああして素早く倒してあげたほうが、痛みも無くていいと思うよ。……多くの個体を狩るんだから。感謝、しながらね」
ステラが手を合わせて祈っている。
その所作には芝居がかったところがなくて、たぶん毎回こうしているのだろうと思わせる自然さだった。狩る側の礼儀というものを、この人は誰に教わったでもなく持っている。悠仁も倣って、短く手を合わせた。
「ペネトレイト!」
ミーナが矢を放つと、3体ほどの羊を貫く。
「おっしゃ!一閃!」
スピードが上がった勢いで、5体ほどの個体を一気に切り伏せる。
「体重が減ってるから思ったよりも斬れなかったな…。一長一短ってやつか…。まぁいい、次!」
「カイン!3時の方向!壁の隙間から逃げようとしている集団がいる!」
「おうよ!任せとけ!」
「ミーナはこっちに向かってくる個体を排除してくれ!」
「わかったわ!」
「フルールは引き続きオスを!魔法が切れたら引いてくれ!危なくなったら魔法も解禁だ!」
「わかりました!」
こうして近接組の狩りのおかげで群れは約7割を討伐することができ、ドロップ品も回収できたのだった。
「アクセラレーション」(魔法)
風の力を借りる魔法。対象の影響の及ぶ範囲の重量を軽減し、速度を上げる。重量の軽減を行っているため、重さを使ったスキルなどは効果が軽減してしまうので注意が必要。




