NPC
「なるほど、皆さんはアリーシャから来られたのですか。」
食事を口に運びながら、バーグが感嘆の声を上げる。
「ねぇお父さん、アリーシャってあの砂漠の?」
「そうだよ、みなさんはそこから来られたらしい。」
「へぇ!すごい!僕はこの街から出たことが無いんだ!お話を聞かせて!」
「お、いいぞ坊主。じゃあお兄さんの冒険の話を聞かせてやろう!だけど、その野菜を食ったらな。」
「えぇ…僕この野菜嫌いなんだよぉ…」
「よし、じゃあ俺が半分食ってやるから、坊主も半分だ。」
「すみません冒険者さん、うちの子が…」
バーグの妻のマリアがネイトを制す。
「いえ、いいんですよ。子どもは好きですから!」
カインはすっかりネイトと仲良くなっているようだ。
「アリーシャでは冒険者が溢れかえっていたと聞きましたが。」
「はい、その通りです。ここはそうではないのですか?」
「いえ、ここも多くの冒険者が来てごった返していたのですが、早々に引いていきましたね。」
「なるほど…。」
何でアリーシャとここでは差が出来たのかわからないが、ひとまず冒険者が多くないということは、そこまで狩場の問題が出ないということだから安心できる。
「……バーグさん。最近、カール羊って、どう?」
ステラがカール羊について尋ねる。
「あぁ、あいつらか。ここ最近繁殖期に入って気性が荒くなっている。まぁ毎年のことなんだが、やはり山菜や薬草採りをしているときに、オスの個体に出会ってしまった住人がいてね。怪我をしたという話が上がってきている。」
「……なるほど。」
前情報でステラから聞いていたように、この時期には気性が荒くなるようだ。
「領主様が討伐者に報奨金を出すといっているが、額がそんなに大きくなくてね。冒険者の方も中々集まらないってわけさ。」
「そうなんですね。ちなみに羊1頭で、どの程度の報酬が出るんですか?」
「確か昨日広場の掲示板にあった情報だと、オス1頭につき銀貨15枚、メスは銀貨10枚になっているみたいです。」
「確かにそれだと、冒険者を集めるのは難しそうですね…」
「それだと難しいんですか?」
「……そうだね。……強さを考えると、ぎりぎり黒字になるか、どうか。……ほぼ、慈善事業。数も多いし、少し気を抜くと、命に関わるし。」
「なるほど…そういった依頼は見たことは無いですけど、それだと中々集まりそうにありませんね…。」
それが楽しいっていうプレイヤーもいるだろうが、大体は金が欲しくてやってるプレイヤーが多い中、それでは人は集まらないだろう。
「街の人間だけで対処しようとはしているのですが、それも中々…」
「……実は、私たち、カール羊の討伐をしようと思って、来たの。……街の依頼とは、別に。羊皮紙の、関係で。」
「おぉ!それは心強い!街の皆も喜ぶと思います!」
バーグは嬉しそうにステラの手を取る。
「……今回は、Yujiたちも、手伝ってくれるから。……きっと、街の助けにも、なれると思う。」
「わかりました、何かお手伝いできることがありましたら仰ってください。滞在もどれだけしていただいても構いません。」
「……ご丁寧に、どうも。」
ステラが、ぽつりぽつりと、それでも確かにNPCと話を進めていく。団欒を満喫しながら食事を終えて、一行は貸してもらっている部屋へ戻る。
「NPCってあんなに、こう、なんていうか。」
「……人間らしい?」
ステラが悠仁の言いたいことを上手に汲み取る。
「そう、それです。今までしっかりNPCと話した事なんてなかったので…」
「……NPCって、ほんとうに、ここの住人なんだよ。私たちには現実世界があるけど……彼らにとっては、ここが、現実世界。……ALGOの作ったこのゲームのNPCは、人間と遜色なく活動するし、考えることも、私たちと同じ。……だから私、あんまり、区別してない。」
いつもは気だるげなステラの声に、わずかに熱が乗っている。
「……プレイヤーって、どうしても、プレイヤー同士で固まっちゃうけど。……交流すれば、名前も覚えてもらえるし、親切にしてれば、こうやって泊まる場所だって、貸してくれる。……それになにより……冒険してるって感じ、するでしょ。」
初めて会った時と同じ――世界の話をする時だけの、あの表情で語る。周りのみんなもそれを聞いて、自然と笑顔になる。
バーグの家の居間には、使い込まれた家具の艶と、家族の暮らしの匂いがあった。壁には子供の背丈を刻んだ柱の傷まである。作り物と呼ぶには、この家はあまりに丁寧に生きられていた。ステラの言葉が、この部屋の中では理屈ではなく実感として響く。
「……だから、きっと。Yujiたちも、ここでNPCと交流すれば、いいことが、あるよ。……情けは人のためならず、って言うし。」
「そうですね、私ももっと現地の人と交流してみようと思います。」
「……ん。そのほうが、いい。……で、明日の話、だけど。」
ステラはバーグに借りた周辺の地図を取り出して、討伐の説明をする。
地図の上に置かれた小さな手が、迷いなく地名を渡り歩いていく。説明は簡潔で、順序立っていて、質問の余地をきちんと残してある。露店の売り子の顔とも、冒険に憧れる顔とも違う、三つ目の顔だった。この依頼主は、仕事の段取りができる。
「……私たちが今いるカプランドが、ここ。南には、カプランドの大森林っていう、広い森が広がってる。……でも、カール羊がいるのは、北西の、カール高原。……ちなみに、カール羊の名前は、この高原から取られたんだよ。」
地図を指差しながら説明をする。
「……基本的に、彼らは群れで行動してる。今は、メスを群れの真ん中に据えて、オスがそれを囲んでる状態。」
「数はどのくらいかわかるのか?」
カインが質問をしてくる。盾役としては気になるところだろう。
「……正確には、わからないけど。1つの群れで、100~150ってところ。……かなり、多い。」
「大丈夫なのかそれ…」
カインが不安そうな顔をする。
「……だから、上手に狩りを進める必要が、ある。今回は繁殖期で、他の群れとの距離が開いてるはずだから……魔法で上手に、1ヶ所にまとめてしまうの。」
ステラは、地図に描いた羊の群れを囲むように線を引く。
「……逃げる個体は、深追いしない。向かってくるものと、立ち止まってるものだけ、討伐すればいい。……オスは角が大きいから、すぐ分かる。追い詰められるとメスも攻撃してくるけど、まずはオスが前に立ってくるから……それを先に。」
「どれくらい狩ればいいですかね。」
ミーナも質問をする。
「……私が欲しい羊皮紙は、100枚ほど。個体数でいうと、60~70くらい。……街の依頼も考えると、もう少し狩っても、いいと思う。」
「一度に100体弱も狩ったことないな…」
「……何日かに、分けても大丈夫。一度に100は、体力的にも、きついから。」
「そうですね、2日か3日に分けてやろうと思います。とりあえず明日もオフなので、上手くやればいけそうですね。」
「……ん。それで、お願い。……みんなの動き方は、まだ知らないから。明日の様子を見て、また作戦を、考えよ。」
「そうですね、じゃあ俺は一度上がろうと思うけど、みんなはどうする?」
悠仁は週明けの仕事の準備だけしたいので、一度自宅へ帰るつもりでいた。
「私はいいかなぁ、いつでも仕事いけるようにしてあるし。」
「俺も平気だぜ。」
「私は一応シャワーを浴びに帰ろうと思います。」
アリスは帰るようだ。
「私は…、平気ですので。」
フルールは元より帰ることは無い。
「……私も、いい。ここで、寝泊まりするから。」
ステラも帰らないということは、ログアウトをするのは悠仁とアリスの2人だけのようだ。
「じゃあアリスに案内してもらいながら帰るかな。頼んでいいか?」
「はい、大丈夫です!任せてください!」
「Yujiー、送り狼になるなよー。」
「んなことするか!」
「あはは、じゃあ皆さん、朝には帰ってきますね。」
「はーい、いってらっしゃい。」
皆に見送られて家を出る。外に出ると、森で冷やされた空気が漂っている。川のせせらぎも聞こえて、一層涼しさを感じる。
夜のカプランドは家々の窓に橙の灯が点り、どこかの台所から夕食の匂いの名残が流れてくる。他人の家の夕餉の匂いというのは、なぜだか少しだけ人を心細くさせ、同じだけ優しくもする。
「じゃあ、こっちです。」
アリスが先導して、聖堂まで連れて行ってくれるようだ。
「アリスはこの街にどのくらい滞在したんだ?」
「そうですねー、1ヶ月くらいでしょうか。毎日森に行って依頼を達成してましたね。そのおかげで、すぐにレベルが上がりました。」
「はぁー、すごいな。俺も毎日やり続けてればレベル上がるかな。」
「悠仁さんならすぐですよ。なんなら私もお手伝いしますので。」
「はは、その時には頼むよ。」
前を向くアリスの髪に、見慣れない髪飾りがついているのを見つける。
「その」
「はい、どうしましたか?」
「その髪飾り、よく似合ってる。その色がアリスの柔らかい雰囲気に合ってる。」
「あ、ありがとうございます…」
その語尾は聞き取るのが大変だったが、聖堂までの道のり、アリスは終始上機嫌だったのが印象的だった。
「カール羊」(モンスター)
カール高原に生息する羊。オスは大きな角があるのが特徴。普段は群れで行動しているが、繁殖期になると特定のメスを中心として小さな群れを作る。オスは繁殖期になると、外敵からメスを守るために体が大きくなる。メスの体も栄養を蓄えるため、羊毛、皮、全ての品質が上がる。




