エルフに守られた街
朝食も摂り終わり、一行は馬車に乗り込む。カインは早速寝息を立てているようだ。
「全く、よく寝るやつだ。」
「やることやってるからいいんだけど、よくもまぁあれだけ寝られるわよね。」
ミーナがカインを見て呆れ顔をする。
「これから忙しくなりますからね。特に前衛職のカインさんは。」
アリスが荷物を積み込みながらフォローをする。
「……前に組んでたパーティーでも、前衛の人は、よく寝てた。……他の職より、脳が疲れるのかな。」
ステラが呟く。
「どうなんでしょうね。何の職が一番脳に負担がかかるかなんて、考えたことなかったです。」
意識だけをゲームの世界に送っている以上、体の疲労は無いが、脳は常に使われている。使えば使っただけ疲労していくのは当然のことなのだが、どの動作がどの程度脳に負担をかけているのかというのは、考えたことがなかった。
悠仁がそんなことを考えているうちに、荷物の積み込みが終わる。
「よし、じゃあ出発しようか。ステラ、後どのくらいか分かりますか?」
「……んと。夜通し走ってくれたから、結構、進んでるはず。……きっと。」
ステラは地図を取りだして、ある地点を指差す。
「……今、たぶん、この辺。……もう少しだね。2時間も、あれば着くと思う。」
「わかりました。」
悠仁は残りの距離を確認して手綱を握る。
「さ、後少し、最後まで安全運転で。」
自分だけに聞こえるように呟き、馬車を進める。
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――ウェイル領 カプランド郊外
「…ん?おー、あれか。」
遠くに建造物が見えてくる。どこからどこまでが街なのか、境界が分からないが、自然と街が上手に絡み合っている。森の中に街があるのか、街の中に森があるのか、なんともいえない感じが心を揺さぶる。
「みんな、着きそうだぞ。」
悠仁が声をかけると、カイン以外のメンバーが幌から顔を出す。
「久しぶりにきたわね。ヴァリエスタの時も思ったけど、全然変わらないのね。」
「あそこは自然がたくさんあって、気持ちがいいんですよね。」
「私が昔行った街が、そのまま大きくなった場所みたい。」
「……私も、一度だけ。……アリーシャの空気が好きで、ずっと向こうに居座ってたから……ここは、懐かしいっていうより、新鮮な感じ、する。」
各々、カプランドには思い出があるようだ。みんなの心なしかわくわくした声を聞きながら、悠仁はそのまま街のほうへ馬車を走らせる。
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――精霊に愛された地 カプランド
街の入り口にある関所を通過して、街の中に入る。
「へー、これは…」
街並みは花と緑に溢れている場所に、木造の家が立ち並んでいる。アリーシャの時とは違い、熱気に包まれているのではなく、住人たちが静かに暮らしている印象だった。
通りには水路が引かれ、木の橋のたもとで子供たちが何かの実を数えて遊んでいる。軒先には花の鉢が並び、風が抜けるたびに緑の匂いがした。砂の街の売り声に慣れた耳には、この街の静けさそのものが名物のように感じられる。
「シルタッハに似ているな。川もあるし。」
「シルタッハ?」
アリスが聞きなれない名前に首を傾げる。
「あぁ、学生の頃みんなでドイツ旅行に行ったんだ。その時にメジャーなところじゃなくて、少し奥まったところに行ってみようってことになってな。その時に行ったのがシルタッハなんだ。」
「へぇー、そうなんですね。ゲームの世界みたいな街が現実世界にあるなんて、私も行ってみたいなぁ。」
少し懐かしいような想いに浸かりながら宿を探す。アリーシャほどではないが、ここもかなりのプレイヤーがいるようで、なかなか宿が見つからない。
「まいったな…。こんなに見つからないもんだとは思わなかった…。」
「……あの。それなら。」
悠仁の呟きを聞いたステラが、おずおずと提案をする。
「……宿屋って程じゃない、けど。NPCの家で、泊まれる場所が、あるの。……街の中心から、少し離れるから、快適とは言えないけど……宿代も、そんなにしない。」
「そんなところがあるんですね。じゃあそこにしましょうか。」
ステラの案内の下、悠仁は馬車を走らせる。街の中心から離れるにつれて、自然の割合が増えてくる。
「……あ。ここ。」
ステラが指差したのは、木造で出来ているオレンジ色の屋根の家だった。
「……ちょっと、待ってて。話、してくる。」
そういうとステラは馬車から降りて、家へ入っていく。中から楽しそうな声が聞こえてきたと思ったら、ステラが急ぎ足で出てくる。
「……大丈夫、だって。馬車も、家の前に停めて、平気だそうです。」
「そうですか、じゃあ…。」
馬車を家の前に停めて、横にあった柱に馬を繋いでおく。カインを叩き起こし、全員で荷物を中に運び込む。思えばNPCの家に入るのなんて初めてだ。
「NPCの家に入るなんて初めてだな。」
カインも同じことを思っていたのか、ぼそりと呟いたのが聞こえる。そもそもNPCはNPCという自覚があるのか、NPCといわれることに抵抗があるのか分からないが、なんとなく失礼な気もする。HOPEの中の住人は全てAIが生み出した人格で、設定上はもう何代もこの世界に住んでいるということになっているらしいので、きっとこの家の住人にも歴史があるはずだ。
「ま、普通の人間のように接していたほうが楽だな。」
後で全員に意思統一をしておこうと思う。
考えてみれば、ジマルもテッドも、御者も宿の主人も、こちらが人間として扱えば人間として返してくれた。線を引いていたのは、いつもこちら側だったのかもしれない。
「こんにちはー、名前はなんていうの?」
「僕はネイトって言うんだ。」
「そうなんだ、私はAlice、よろしくね。」
アリスは既にこの家の子どもと仲良くなっているようだ。
「ようこそおいでくださいました冒険者の皆様。私はこの家の主人をしておりますバーグと申します。妻は今買い物に出ておりますのでおりませんが、後でご紹介させていただきます。」
バーグと名乗る男性は、こげ茶の癖毛と同じ色の髭を生やしており、とても感じのよさそうな人だった。
「今回はステラさんのご紹介で、こちらに滞在させていただきますYujiと申します。そしてこちらが…」
悠仁は仲間を順番に紹介していく。
「ステラさんのお知り合いというのであれば、信頼の置ける方々なのでしょう。では、客間へご案内します。幸い部屋は余っておりますので。」
そういってバーグは2階へ悠仁達を誘導する。
「では、こちらをお使いください。」
悠仁たちが通されたのは、ログハウスを小さく縮めたような、木の香りが漂う明るい部屋だった。
窓を開けると森の音がそのまま入ってきて、切り出したばかりのような木の匂いが鼻をくすぐる。宿屋の部屋とは違う、人の家の客間の匂いだった。誰かの暮らしの中に間借りするというのは、旅の中でも上等な部類の贅沢かもしれない。
「こんな立派な部屋を…、ありがとうございます。」
悠仁は金貨1枚を手渡す。
「こんなにいただけません!」
「いえ、うちには大食らいもいますし、この人数が家に押しかけたらうるさいでしょう。迷惑料だと思って受け取ってください。」
「そういうことでしたら…、今日は私も手伝って夕食は豪勢にしますので、そのお仲間さんにもお伝えください。」
「ありがとうございます。彼も喜ぶと思います。」
「では、私は普段仕事に出ていますが、何かありましたら妻に申し付けてください。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
それでは、と頭を下げてバーグが出て行く。
「ステラはその、NPCとも積極的に交流しているのか?」
荷物を整理しているステラに尋ねる。
「……ん。冒険者からも、聞くけど。……24時間こっちで生活してる人に色々聞いたほうが、情報が集まることも、多いから。……特に、周りの生態系とか、素材の様子、とか。」
「なるほど、確かに言われてみれば、こっちで24時間活動しているのと変わらないんだもんな。」
そういった情報収集の方法もあるのかと納得する。
「この街では色々学べそうだ。」
悠仁も荷物の整理を始めながら、この街での計画を立てていった。
「カプランド」(街)
リットリア領の西、ロレット領の南にあるウェイル領の街。周りが大森林に囲まれており、街にも自然が多くある。エルフはこのカプランドの大森林が生んだものだといわれており、今でもその中にはエルフの集落があるといわれている。豊かな自然があるため工業が盛んで、鍛冶、建築、その他の方面でよい功績を誇っている職人が集まっている。中級者が初めて訪れる街として有名で、街の規模はアリーシャよりも少し小さいくらいである。




