朝食
話し終わり少し落ち着いたのか、後ろからは寝息が聞こえてくる。夜はまだ長そうだ。
ポツポツと地面には雑草が生え始めてきた。きっと前方には森があるのだろう。砂の香りの中に、仄かに土と植物の香りが混じっている。風の温度も少し上がったように思える。馬の足も少し軽くなったか。
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そのまま馬車を走らせること約2時間、空が白んできた。周りはすっかり森に囲まれている。野生動物たちも起き始めたのだろう、森の中では様々な鳴き声や物音が聞こえる。
「ふぁぁあ…、おはようございます…。」
朝一番に目を覚ましたのはアリスだった。
「あぁ、おはよう。よく寝られたか?」
「はいぃ…、ジマルさんが作ってくれた馬車はすごいですねぇ…」
アリスが幌から上半身を乗り出し、ベランダに干してある布団のように伸びる。
「ほら、危ないぞ。」
「んふー。」
日光と心地よい振動にご満悦のようだ。
「まったく…」
悠仁はそっと頭を撫でてやる。
「あぁー…いいですぅ…あぁ…んぅ…」
「こらこら変な声を出すな…」
いつも頭は撫でる側であって、撫でられたことは滅多に無い。気持ちの良いものなのだろうか。
「…………」
「…ん?」
声が聞こえなくなった、寝てしまったのか。寝てしまった人間を荷台に戻すのは大変そうだと思いながら、アリスのほうを見る。
「……」
「……」
顔を真っ赤にしたアリスと目が合う。
「あ…あ…その…」
「どうした?」
「しゅ…しゅみませんでしたぁぁ…」
アリスが荷台へ引っ込む。その日のアリスは何故か常にニヤニヤしており、寝ている最中に頭でも打ったのではないかと仲間の中で話題になったのは、また別のお話。
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「よし、一旦ここで休憩だ。俺もちょっと休みたい。」
「ご飯の準備とか全部やっておくからいいわよ、Yujiは休んでて。」
ミーナが狩りに使う弓を準備しながら言葉をかけてくる。
「おう、頼んだ。」
一晩馬車を走らせていたので体はカチカチ、腰も痛い。眠気もある。馬も同じだろう。
「しっかり朝食獲ってきてやるから任せとけ。」
「おう、肉がいい。」
「大丈夫だ、俺もだからよ。」
カインが肩を小突いてくる。
「Yujiさん。このパーティーでは、いつも誰が食事の準備をしているのですか?」
「そうだなぁ…。料理人のスキルを持っているのが誰もいないから、普通に手が空いている人が、ってしてるけど…」
「なるほど…そうですか…。それでしたら、今日は私に作らせてもらってもいいですか?」
「構わないけど。」
「ありがとうございます。では、私も一緒に狩りに行って来ます。」
「おう、無理しないようにな。」
「わ、私もいってきますぅ…」
アリスが逃げるようにみんなについて行く。
「お、おう、気をつけてな。」
ガサガサという草を掻き分ける音が遠くなっていき、静寂に包まれる。正確には、人工的な音がしないという意味だ。悠仁が目を瞑ると、鳥の声がより近くに聞こえる。葉が擦れあう音。馬の呼吸音。そういったものが混ざり合って、悠仁を包み込んでいく。そう感じた時には、既に意識が沈んでいった。
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「…んぁ…」
寝ている悠仁の意識を呼び戻したのは、鼻に漂ってきた食事の匂いだ。
(みんな帰ってきたのか。)
悠仁が体を起こして幌から顔を出すと、皆がフルールの指示の下、料理の準備をしていた。
「結構本格的にやるんだな。」
具材の切り方から煮込み方。どれも現実世界では当たり前のことなのだが、この世界ではあまり重要視していなかったものを叩き込まれている。女性陣はなんだかんだ切り方の説明を受ければ出来ているようだが、カインはセンスが無いらしく、煮込む担当になっているようだ。フルールも心なしか生き生きしているように感じる。
「みんなで仲良くやっているなら、なによりだ…」
悠仁は食事の準備が出来るまで、再び寝ることにした。
まぶたの裏で、包丁の音と、指示を出すフルールの声と、失敗して笑われるカインの声が続いている。音だけ聞いていると、どこかの家の台所のようだった。眠りに落ちる寸前の耳に、それはずいぶん贅沢な子守唄だった。
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「悠仁さんできましたよー。」
アリスが悠仁の体を揺すって起こしに来る。
「んぉ…おう、わかった、今行く。」
悠仁の返事を確認したアリスは、焚き火のほうへ戻る。悠仁が体を起こし皆のほうへ行くと、立派な朝ごはんが用意されていた。
「おぉ、これはまた豪勢な。」
シチューのようなものが用意されていたが、中に入っている具材は均等に切られており、匂いもとても良い。カインの希望だったのか、他にも肉の焼いたものが用意されている。
「やっぱ肉くわねぇと元気がでねぇからな!」
「って言っても、朝からその肉の塊はどうなのよ…。」
「いいんだよ、このくらいで。」
「今日はフルールさんが主導で作ってくれたんです。フルールさんは料理人スキル持ちなんですか?」
「いえ、試験を受けたりってことは無いのですが、イザベラが料理に厳しくて…」
「なるほど、じゃあ味は期待してよさそうだな。」
悠仁が5人の輪の中に入り、座ったところで。
「じゃあ、いただきます。」
「「「「「いただきます。」」」」」
アリスの丁寧な号令を開始の合図として、食事を始める。
「おぉー、これは美味いな。」
「朝からいいもの食べてるって感じするわぁ…」
カインとミーナが恍惚とした表情をする。
「美味しいですね!」
アリスも満足げだ。悠仁もそれを口にする。
「なるほど、これは…」
「どうですか?」
フルールが尋ねてくる。
「これは美味しいな、びっくりしたよ。」
「それはよかったです。」
別に今まで作っていた料理がまずかったわけでは無いが、それとはまた別格のものだった。
シチューは具材の芯まで味が届いていて、噛むたびに出汁の層が変わる。焚き火の煙の匂いと朝の森の湿った空気が、そこへ勝手な調味料を足してくる。うまい飯というのは、たぶん半分は作る腕で、残りの半分は食う場所でできている。
「何か体に力が漲ってくるみたいだぜ!」
カインは力こぶを作るポーズをする。
「料理人スキルもちの料理は、ただ美味しいだけじゃなくて付加効果も付くらしいからな。もしかしたら筋力増強とかの効果が付いてるかもしれないぞ。」
「へぇー、そうなんですね。」
フルールが驚いたように声を上げる。
「まぁ作ったのは貴女なんですけどね。」
「あ、そうでした。」
フルールがくすくすと笑う。
「何かの機会に冒険者登録とかできたらいいけど…、そうすれば持っている技能のレベルとかが分かるし。カードももらえるしな。カプランドで様子を見てみようか。」
「はい。」
今後の方針を話し合いながら、6人の食事は和やかに過ぎていった。




