昔話
――○年前
「…う…」
(頭が痛い。何で痛いんだろう…。)
意識が戻るにつれて思考が始まる。
「ここ…」
少女は周りを見渡すが、そこには草原しかなく、それ以外には何も無い。人工的な音はなく、風のそよめく音、鳥の鳴く声が聞こえる。
「なんでこんなところに…、私何してたんだっけ…。」
必死に頭を回すが思い出せない。
「まぁいいや…、…って何この服…」
小学生が図工の授業で作るような、ただの布に穴を開けて、そこに頭を通すだけの格好をしていた。
「何でこんな服着てるんだろう…。脱ぐわけにもいかないし…」
ひとまず少女は歩き出す。自分の足でこられるところには限度があるはず、少し歩けば人が住んでいるところが見えてくるだろう、そう思って。
少女は歩き続けた。日が落ち、また昇り、また落ち、不思議と腹は空かなかった。3日ほど歩いただろうか、ようやく村が見えてきた。
「私、こんな離れた場所まで歩いていたの?」
自分の馬鹿に嫌気がさしてきた。
「でも…」
見覚えがない。もしここが自分の住んでいた場所なら、少しなりとも記憶があるはずだ。
「とりあえず中で動いている人もいるし、私のことを知っている人がいるかもしれない。」
前向きに考えて村に入る。村人は皆、質素ながらしっかりした服を着ていた。少女のような服を着ている人物は誰もいない。
(私、追い剥ぎに遭ったんじゃ…)
考えても仕方が無いと思った少女は、近くの女性に声をかける。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
声をかけられた女性は、少女の格好を見るなり怪訝そうな顔をした。さすがにあからさまなその態度では、誰だって歓迎されていないのは分かる。
(うわー、あからさま…)
自分の格好を見れば仕方の無いことなのかもしれない。そう思うことにした。
「はい、なんでしょう。」
「ここはどこなのでしょうか?」
少女はその女性を始めとして、住んでいる住人に話を聞いたが、聞いたことも無い名前を返されるだけで、地図も無いらしい。いくら話を聞いても理解が出来なかった。話は聞くことができたが、小さな村で住民は自分の生活が厳しいらしく、邪険に扱われたわけではなかったが、別段特別扱いをされたわけでもなかった。居心地の悪さも感じたため、次の日には村を出た。
村人に危ないといわれたが、自分が誰なのか、ここがどこなのか、今自分の置かれている状況がどうなっているのか、それが分からないほうが怖い。少女は次の日も、その次の日も歩く。
途中で見たこともない生き物に襲われた。鋭い爪で腕を切られ、死に物狂いで森に逃げ込み木に登った。必死に血を止めた。その日は木の上で休むことにした。
次の日も、その次の日も歩いた。
道には誰もおらず、次はいつ襲われるのかを気にしていた少女は、みるみるうちに衰弱していった。
「……」
もう言葉を話す元気も残されていない。別に腹が空いたわけでも、喉が渇いているわけでもない。ただ気力が削がれてしまっているのだ。少女はどれだけ歩いたかも、時間がたったのかも分からなくなった。恐ろしく短い時間だった気もするが、実際には時間の感覚が狂ってしまっていて、長い時間なのかもしれない。
ただ漫然と戻らないと、と思っても、その戻る場所が思い浮かばない。ただ焦燥感があったが、それも薄まってきてしまっている。
もしかしたら、その戻るというのは夢のことだったのではないか。そんなことも思い始めていた。ただ幽霊のように呆然と歩き続ける。
ある日、黒いローブを着たエルフに出会う。幸いそのエルフの言葉も理解することが出来た。彼女は「わたしゃイザベラだ」と名乗った。古い戦友の葬式の帰りだという。式のあと、道の分かれ目でもう1人の友と別れて、そこからは1人で歩いてきたのだと言った。事情を聞かれたので話したが、いまいち納得をしていないようだった。イザベラは杖の先で少女の頭をこつこつと軽く叩いて、何か魔法を使ったが、使い終わった後もしっくりいってないような顔をしていた。――まるで、そもそも魔法の類で消された記憶ではない、とでも言うように。
イザベラは着ていたローブを脱いで、「とりあえず着とき」と布きれ同然の服の上から少女の肩に掛けた。それから、同行するように話した。もうどこに行くあてもなかった少女は、イザベラに同行することにした。イザベラも誰かと旅をしていたわけじゃなく、2人を包む空気は不思議な、くすぐったいようなものだった。イザベラは間を持たすために色々な話をしていた。旅をしていること、魔法が使えること、若い頃はガルグという剣士と肩を並べて戦っていたこと、これからもう少し旅をすること。
イザベラは少女に名前を与えることにした。周りをきょろきょろとして、何を見つけたのか「そうだな、君の名前はフルール、どうだ?」聞かれた少女は、良くわからないが了承した。
とりあえず流すように聞いていたが、イザベラは「魔法を使ってみるか?君には適性がありそうだ。」と言って魔法を覚えることを勧めてきた。ただ飯食らいになるのもあれだったので、少女はイザベラから魔法を教えてもらうことにした。なんとも幸運なことに少女には魔法の素質があったようで、ある程度の魔法なら使うことが出来るようになった。
一緒に旅が出来ると判断したのか、イザベラは服や武器を少女に買い与えた。肩に借りたままだった黒いローブは、その時に返した。
エルフと少女は長い長い旅をした。モンスターも倒した。果てには山にいるドラゴンさえも。ただ、少女は夜になると泣いた。イザベラが寝静まり、自分の時間ができると思うのだ。
『自分は何なのか。』
素性も分からない。目的も分からない。自分のことなんて何も分からない。これからどうなるのか、自分は変えることができるのか。けどどこに、帰る場所なんてあるのか。少女は毎夜毎夜泣いた。いくら魔法が使えるようになっても、短剣が使えるようになっても、その気持ちが晴れることはなかった。
ある夜泣いていると、イザベラが起きてきた。しまった、声を出しすぎたか。少女は申し訳なくなりながら謝ったが、その涙が止まることはなかった。イザベラは言った。
『なんとかしてやる。』
その言葉を聞いた少女の涙は、静かに引いていった。そこからイザベラは奔走し、私の記憶を戻す方法、素性を調べた。しかし結果は芳しくなく、ある日イザベラは倒れた。聞けば、もう永い時を生きているそうだ。つまり寿命。
イザベラは少女に謝る。
『すまない。君の助けになれなかった。』
イザベラは少女のためにたくさんのことをしてくれた。それは近くにいた少女がよく知っている。イザベラは言う。
『私はもう無理だ。だから、未来に君を…』
イザベラによると、時を止める禁呪というものがあるようだ。それで私の時間を止めて、未来の誰かに頼むと、イザベラはそういった。私のためにこれだけ頑張ってくれた人がそういうならと、少女はその提案を受け入れることにした。
イザベラの体調が少し良くなったとき、森の中にある迷宮の一番下の階層まで降り、準備をした。イザベラは台座の上に私を寝かせた。ずっと何かを言いたげな顔をしていたが、聞けなかった。
イザベラは最期に言った。
『いってらっしゃい。負けるな。』
そこで少女の意識は途切れた。
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「…冒険の内容は省略しましたけど、少女はまた旅をしているんです。今度は沢山の仲間と。」
「…そうか。」
「私が折角長々と昔話をしたのに、言うことはそれだけですか?」
「あ、いや、すまない。何を言っていいかわからなくて…。」
「…そういうところ、少しイザベラに似てますね。」
「そうなのか?」
「えぇ、彼女のほうがもう少し年取った顔してましたけど。」
フルールは空を見上げる。
「時間がかかってもいいんです。だけど、彼女の最期の願いでもあったから。」
「…そうだな。」
「でもきっと大丈夫ですよ。今ではみんながいますから。」
「…そうだな。」
「あー、話したら疲れましたね。私も寝てきます。」
「あぁ、そうするといい。」
フルールは立ち上がり、荷台に戻っていく。
「…話を聞いてもらえて、少しすっきりしました。ありがとうございます。」
「俺も聞かせてもらえてよかったよ。」
フルールはにこりと笑い、幌の隙間に消えていく。
「…頑張らないとな。」
悠仁は静かに呟いて、前を見据えるのだった。




