新調
5人がバザールに着くと、何時にも増して熱気に溢れていた。
「酒場に行く前からわかってたけど、バザールが巨大化してない…?」
「中央広場以外もすごい活気だな。」
例の噂により冒険者の急増が起き、露店の数は激増。今までは中央のオアシス周辺に店が立ち並び、放射線状に広がる道に行くにつれて段々と店の数が減っていったが、今では小さな路地に至るまで露店で埋め尽くされている。
「こりゃ見て回るのだけでも一苦労だぞ…。ジャンル分けされてるわけじゃないから確認していかないといけないし…」
と、人ごみの向こうから、場違いなほど澄んだ音が流れてきた。
弦の音だ。それに、笛と小さな太鼓。呼び込みの怒号だらけのバザールで、その一角だけ、音の通り道みたいに人垣が割れている。
「演奏……ですか?」
フルールが爪先立ちになる。人垣の中心では、旅装の楽団が5、6人、車座になって演奏していた。真ん中に立つ優男が弦をつま弾きながら、歌うでもなく囃すでもなく、ただ気持ちよさそうに揺れている。
不思議な曲だった。露店の呼び込みと、値切りの声と、荷車の軋みの合間を縫うように旋律が通っていく。うるさい場所で聴くために作られた曲、という感じがする。
「上手いわね。」
「ですね。ずっと聴いていられます。」
アリスとミーナが素直に聴き入っている。ふと横を見ると、カインの爪先が律儀に拍子を取っていた。本人は気づいていないらしい。
曲が終わると、人垣からぱらぱらと銅貨が飛んだ。アリスも嬉しそうに銅貨を投げ入れる。優男は帽子を胸に当てて、芝居がかったお辞儀をした。
「お代は結構——と言いたいところですが、いただきます。楽器の弦は、拍手じゃ張り替えられないので。」
人垣に笑いが起きる。
「僕ら、クラン『常春の楽団』といいます。冒険者の皆さんが集まるところには、僕らみたいなのも集まるんですよ。物騒な噂の多い時期ですから——どうぞ、音楽なんかも忘れずに。」
(戦わないクラン、か。)
クランと言えば狩りと討伐だと思っていたから、少し意外だった。いや——楽しみ方は人それぞれ、だったか。
「さ、俺たちも行こうか。」
一行は音の輪を離れて、また露店の海へ戻る。しばらくの間、雑踏の底で弦の音が追いかけてきた。
「お前の防具は大きいからすぐ見つかるだろ。問題は普通の服や革鎧だな…。消耗品も遠目からじゃ全く判別がつかない…。」
「手分けしたいですが、フルールさんが1人だと不安ですねぇ…。」
「わ、私のことはお構いなく…」
フルールはあまりの人に圧倒されているようだ。
人波は途切れる気配がなく、すれ違う肩と肩の間を縫って歩くだけで体力を使う。それでもフルールの目は、怯えながらも忙しなく動いていた。長い眠りの前には見たことのなかったはずの賑わいを、一つずつ確かめるような目だった。
「いや、そういうわけにもいかないさ。今日の主役でもあるわけだからな。これからの旅に備えてある程度の装備は揃えなくちゃならない。そういえばフルールは職業的には何ができるんだ?」
「何ができるんでしょうか…。私自身も詳しく分かってないのですが、イザベラの横にいたので魔法もある程度はできますし、近接戦闘もできます。カインさん…でしたっけ。みたいな大きな剣は使ったこと無いですけど、短剣の類ならよく使っていました。職業は何になるんでしょうか…?」
(魔法と近接戦闘って真逆のものなんだけどな…。どっちでもできるってオールラウンダー過ぎるな。で、うちに来る女の子は揃いも揃って優秀なんだ…)
「んー、そうですね。そうなると…」
アリスがフルールに合う装備を思案する。
「魔法との相性がいい鉱石…、クチア方面で採れるミレニア鉱を使ったような鎧が必要になります。私達の装備を全て売り払っても足りない程度には高価です。というか、そもそもこんなところには出回って無いでしょうし…。やはり軽装が望ましいんじゃないかと思います。」
「ま、装備の選択はアリスに任せておけば問題ないだろう。」
「…あぁ。」
(なんか何日か前からカインの様子がおかしいな。)
「んじゃとりあえずフルールの装備から探そうか。と、その前に。これ、返しとく。」
そういって悠仁はリッチが落とした短剣をフルールに手渡す。
「これは…イザベラのですね。」
「あぁそうだ。ミーナも短剣を使うが、魔法の適性はそんなに高くない。魔力を込められる短剣ならフルールが使ったほうがいいだろう。」
「わかりました。では、これは私が。」
フルールは受け取った短剣を腰に据える。
「んじゃ順番に露店めぐりをしようか。全資金は使えないけど、ある程度のものは揃えられるだろ。」
5人は膨大な数の露店を1つ1つ巡っていくのだった。
その途中だった。露店の列が途切れた細い路地の奥で、黒ずくめの男が壁際の冒険者と向かい合っているのが見えた。男は声を荒げるでもなく、ただ静かに何かを話している。壁際の冒険者は顔面蒼白で、首を縦に振ることしかできていない。男の指先が、相手の持つ借用書らしき紙をとんとんと叩いた。それだけだ。殴るでも、武器を抜くでもない。
(取り立て、か。)
この世界では、死はそのまま現実の死だ。だから、刃物より静かな声のほうがよほど効く。男と目が合いそうになって、悠仁はさりげなく視線を外した。関わるべきではない。一行は何も見なかったような顔で、人ごみの中へ戻った。
祭りのような熱気の中で、あの路地だけが妙に寒かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ふぃー…疲れたぜ…」
「露店を回ること自体はそんなに問題じゃないけど…、人が多すぎて熱気にやられるわ…」
2時間程度露店めぐりをしたが、全員がぐったりである。
「人が多くて疲れるなんて、向こう以外で体験するとは思いませんでした…。」
「これ、買ってもらっちゃってもよかったのでしょうか…?」
フルールは振袖を見せるかのような格好をする。
「いいのよ、元はといえばイザベラさんの置き土産のお金を使ったんだし。遠慮する必要なんて無いわ。」
インナーの上にミーナが使うようなケンタウルスの革を使った鎧を装着し、肩から肘ほどの長さがある明るいターコイズブルーの外套を着ている。他の魔獣の革よりも柔軟性があり、魔法を使う個体もいるため魔法への適性が少し高くなっている。外套は魔法の行使に影響が無いよう絹の物を購入した。
「…ったく…、おい、胸当ての部分緩んでんぞ。」
少し体との隙間が空いていたフルールの装備を、カインがしっかりと装着し直させる。
締め具を確かめる手が、一度だけ、止まった。カインは何か言いかけて——結局、何も言わずに、最後の革帯を締めた。
「あ、ありがとうございます。」
「…おう。」
「なぁにクール気取ってんのよ!」
「ってーな、そんなんじゃねぇよ…。」
(なんなんだあの様子は…大丈夫か…?)
悠仁は度重なるカインのフルールへのおかしな対応を不思議に思っていた。
「次は何をしましょうかねぇ…。そうだ、悠仁さんは1のダンジョンでローブを拾っていましたよね。あのローブの修繕をお願いしましょう。いい素材みたいでしたけど、結構ボロボロでしたし。」
「あぁ、それもいいな。アリスはいいのか?」
「私はまだ問題ありませんね。めぼしい消耗品があったら手を出してみるくらいです。」
「そうか、じゃあカインやミーナの装備を見ながら、修繕してくれる店を探してみようか。」
「あ、私の装備は大丈夫よ。」
ミーナが急に制止をする。
「どういうことだ?」
「あー、さっき露店を見てたらね、みんなでこの街に来たときに会った装飾品製作師の人にたまたま会ってさ、もらった風の妖精の加護が入っている宝石をナイフに仕込んでもらってるんだよね。弓も同じ。だから私は大丈夫なのよ。」
「なるほどな、じゃあカインの装備を見つけながらいこうか。これが次点の目的だからな。」
「そうだなぁ、結構するぜ俺の鎧は。」
カインの装備している鎧はフルプレートアーマーだ。使われている金属の量が多く、機動性も確保するには削るところは削り、金属の厚みを調整したり、重量の調整をしたりしなくてはいけない。結構値が張るので、タンク職自体あまり人気の無い職業なのは暗黙の了解である。
「とはいってもほぼ必要経費だろ。お前の鎧壊れて攻撃受ける人間がいなくなったらパーティー崩壊するぞ。」
「そうですね。パーティーの中でも特殊な職であるタンクとヒーラーは、日頃から消耗品や装備の準備をしておかないといけませんね。」
「んじゃお言葉に甘えて、多少はパーティー資金から出してもらうか。」
「おう、それでいいからしっかりしたのを選ぼう。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ…まじか…。」
悠仁がうな垂れる。
見積もりを聞いた瞬間、店主の顔つきが商売人のそれから職人のそれに変わったのが忘れられない。物の価値が分かる人間の手にかかると、ぼろ布同然に見えていたローブが急に文化財のような顔をし始めた。
「仕方ないですよ。素材が素材でしたからね…。」
「まさかドラゴンの髭が使われてるなんてね…。」
「俺も初めて聞いたぜ、そんな素材あるんだな。」
「そういえばイザベラが若い頃に、ガルグという剣士の友人と倒したことがあるって聞いたことが…。」
(いや、あのリッチ何者だよ…、ってかよく生きて帰ってこれたな俺達…)
悠仁がリッチから獲得したローブは、フード付きで黒地に金の刺繍がしてあるものだった。黒地の部分はエルフの里でグリフォンの羽を織り込んだものだったが、裾にしてあった金の刺繍はドラゴンの髭をそのまま使ったものだったのだ。
「刺繍のところが傷ついていなくて本当に良かった…。」
「ドラゴンの髭…、しかも金色ってことはエルダードラゴンですね、その髭なんてまず出回りませんからね…。というか、簡単な攻撃くらいじゃ傷すらつきませんよ。」
「それでも金貨300枚分ってどうなってんのあんたのローブ…。」
「これ、俺が持ってちゃいけないものなんじゃないか…?」
「じゃあ売るか?」
「そんなことできるわけ無いだろ…。」
こんな貴重品、一度手放したらもう一生手に入ることは無いだろう。何よりフルールの家族とも言える人物が使っていたものだ。変異してしまって完全にモンスター化していたリッチの核とは別物、売り払うなんてとんでもない。
袖を通すたびに、これはあの人の形見なのだと思い出すことになる。重いといえば重い。だが形見というのは本来、そうやって着る者に持ち主を思い出させるためにあるのだろう。修繕はいつか、ちゃんとした形で。悠仁は胸の中でそう約束した。
「お金に余裕ができたら直そう…。それまでは少しボロボロだけど、これを装着するとするよ。けど、とりあえずの目標だったカインの鎧が買えてよかったよ。」
「結局中古だけどな。一度でいいからオーダーメイドの新品を買ってみたいぜ。」
露店巡りを続けていたら、前衛職用の鎧を取り扱っている行商人の露店があった。そこで鉄とアダマンタイト鉱の合金で作られたフルプレートアーマーを発見できたのだ。混ぜ物がしてあるという理由と、耐久度が7割程度ということで、金貨35枚で購入することができた。
「それでもアダマンタイトが使われていてその値段というのは破格ですよ。見つかってよかったですね。」
鉄とアダマンタイトの合金なので、ややくすみがかかった銀色になっている。
「んで、こんだけ買い物して共同資金の残りはいくらなんだ?」
「あぁ…、それな。」
悠仁は革袋を覗き込む。
「ざっと…銀貨80枚だ。」
悠仁の言葉に、皆顔が一瞬引きつった。
「ま、そうなるわよね。」
「仕方ないですね、買う物が買う物でしたから…。」
「すみません、私なんかのために…」
(これは少し気合入れないと、換金どころの話じゃないな…。)
「けどまぁ装備もそろえたし、人数も増えた。旅の目的もできたし、きっと楽しくなるだろ。それに安全性が上がったことで、狩場も少しくらいなら変更しても大丈夫そうだしな。」
「そうですね。私もそう思います。何より女の子が増えてくれるのは嬉しいです!」
アリスがフルールの腕を取る。
「わ、私も楽しいですよ。」
フルールもとりあえず同調する。
その時、アリスが「あ。」と声を上げて、通りの外れを指差した。
「あのお店、まだあるんですね。」
色とりどりのアクセサリー通りの一番外れ。ガラクタの山と、荷車と、ランプを磨く老婆。相変わらず、客が金を払っている気配はない。
「おや。いつかの坊やたちかい。」
ドーラは顔も上げずに言った。こちらの足音だけで分かったらしい。
「どうも。……その節は。」
「ふん。忠告だけタダで持っていった坊やかい。……それで?今日は売る気になったのかい。あんたの、『いちばん嬉しかったこと』を。」
「遠慮しておく。」
物騒な冗談に苦笑していると、フルールがふらりと山に近づいた。色の抜けた髪飾りを、そっと手に取る。
「……どうして、でしょう。なんだか、懐かしい気がして。……私、これを知ってるんでしょうか。」
真剣な目だった。ドーラは磨く手を止めて、フルールの顔をしばらく見た。濁った目と、濁っていない目と、両方で。
「……嬢ちゃん。それは違うよ。それはただの、よそんちの思い出だ。あんたのじゃない。」
「……そう、ですか。」
「欲しけりゃ売らないこともないがね。——って顔でもない。あんたが欲しいのは、髪飾りじゃないんだろ。」
フルールの肩が小さく揺れた。悠仁は一歩前に出る。この老婆は情報屋だ。組合と聖堂には依頼を出したが、こういう筋にも聞いておいて損はない。
「ばあさん。こいつは記憶を失くしてるんだ。あんたなら、何か知らないか。……対価の相場も、一応聞いておきたい。」
「やめときな、坊や。」
ぴしゃりと言われた。
「あたしの商売はね、覚えてるやつから思い出を買って、忘れたくないやつに売ることだ。だがね——」
老婆はフルールに向き直った。
「……あんたの『思い出したい』は、買えないし、売れないよ。……売っちゃいけない類のもんだ。」
「……。」
「せいぜい、その連れたちと探すんだね。記憶ってのは、頭で思い出すもんじゃない。……返ってくるもんだ。ちゃんと待ってりゃね。」
フルールは髪飾りをそっと山に戻して、それから、深々と頭を下げた。
「……はい。ありがとう、ございます。」
歩き出してから、悠仁は一度だけ振り返った。ドーラはもうランプに戻っていた。ただ——磨く手が、さっきよりも少しだけ、遅かった。
「んじゃ今の時間はダンジョンに人がいっぱいみたいだし、消耗品揃えたら酒場で休憩して、それから街の外で狩りをするか。」
悠仁が全員に提案をする。
「おう、新しい鎧の性能も試してみたいしな!」
「私も途中で短剣と弓を引き取ったらいつでも行けるわ。」
「私は新しい服装でしっかり動けるか…、ひとまず足手まといにならないように頑張ります…!」
「私はいつでも大丈夫ですよ悠仁さん。」
「よし、じゃあ行こうか。」
全員の意思統一が図れたところで、5人はまた人ごみの中へと消えてゆくのだった。
「アダマンタイト鉱」(素材アイテム)
現実世界には存在しない鉱物。黒い色をしており、非常に硬い鉱物である。加工には熟達した技術が必要であるのと、採掘できるのがトルー地方の鉱山なので、序盤の街では流通数が少ない。魔法との相性が良くないため、その性質を利用して魔法防御性能のある防具を作ることが可能である。
「ドラゴンの髭」(素材アイテム)
文字通りドラゴンの髭である。髭がある種と無い種がいる。そのドラゴンのレベルや特性に応じた性能が付与されている。1体のドラゴンから、最高でも2本しか採取することができないため、非常に貴重な素材である。




