今日はどうする?
【章】第2章 新しい一歩
フルールが同行し始めてから数日が経った。
テッドはフルールの件だけは伏せ、1のダンジョンでのことを冒険者統括組合に報告をした。事実確認のため悠仁たち一行は組合に呼ばれ、経験したことを話すことになり、召喚に応じて経緯の説明を行ったところ、この件は瞬く間に周辺国家に伝達された。
ひとつ、妙に記憶に残っていることがある。
聴取の間じゅう、部屋の隅にもう一人、座っていた。組合の制服ではない灰色の外套に、目元まで覆う無地の仮面。一度も口を挟まず、一度も顔を上げず、ただ羽根ペンだけが動き続けていた。
聴取が終わって席を立つ時、受付嬢に聞いてみた。あの隅の人は、と。
「記録の方です。」
「組合の人ですか?」
「……記録の方です。」
受付嬢は、それ以上は本当に何も知らないという顔で微笑んだ。部屋を出る時も、背後で羽根ペンの音は続いていた。俺たちの話は、もう終わっていたのにだ。
(……何を、まだ書くことがあるんだ?)
「…全く、まいったもんだよ。」
悠仁は愚痴を呟く。
聴取だの通達だの、冒険とはまるで関係のない言葉が続いた数日だった。有名になるというのは名を呼ばれる場所が増えるというだけのことで、呼ばれて嬉しい場所ばかりとは限らない。
「まぁ仕方ありませんね、見落としに近い事実が発見されたわけですから。」
「にしても、増えすぎじゃない?」
増えているのは冒険者の数である。悠仁達が1のダンジョンで未発見のエリアを探し当てたことによって、今までのダンジョンにも未発見のエリアがあるのではないかという噂が広がり、中・上級の冒険者が下位レベルの街まで降りてきているのだ。ヴァリエスタ同様、アリーシャもかなり広い街であるが、それでも混雑でどこも宿屋が満室になっている状況である。
通りを歩けば、明らかに場違いな上物の装備が目につくようになった。武具の質は嘘をつかない。あの手合いが本気で狩れば、この辺のモンスターなど根こそぎだろう。自分たちの落とした小石が、思いもよらない大きさの波紋になって帰ってきている。
「これじゃ俺達の活動にも支障が出るぜ…」
「すみません、なんか私のせいでもあるみたいで…」
フルールが申し訳なさそうな顔をする。
「あぁ、いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだが…」
フルールの言葉を聞いて、カインはバツが悪そうに頭を掻く。
「ま、急ぎの旅じゃないんだ。それにここ最近は忙しくて休む暇もなかったから、ちょうどいいさ。」
「えぇ、私もそんな急いで記憶を取り戻したいとは思わないです。あの人が命をかけてまで…、ってまたこの話をしたら暗い空気になっちゃいますね!」
フルールは空元気にも見える笑顔を見せた。
その笑い方を、誰も上手には受け取れなかった。話題を変えるのが優しさなのか、触れるのが優しさなのか。正解の分からないまま、卓の上では麦酒の泡だけが律儀に減っていく。
「別にいいのよ、そんなことじゃへこたれないのがこのパーティーなんだから。」
「でもこれからどうします?ダンジョンも今は混雑してるみたいですし。」
ダンジョンはけして狭くない。何十人という冒険者がつめかけても余裕で収納するだけの大きさがあるが、今回はことがことだ。1のダンジョンにも多くの冒険者がつめかけており、組合では狩場の拡散を呼びかけている。
「とりあえず組合や聖堂、協会に、記憶喪失について情報を持っている人を探すために依頼を出しておいた。見つかり次第どこかから連絡がくるだろう。」
「そうなんですね、やはり人海戦術が一番効果ありますよね。」
「んー、人が多いのかぁ。しかも上級者もいるんでしょ…?……あ!じゃあ!」
ミーナが何か思いついたようだ。
「ちょっと飛ばして3のダンジョンに行ってみない?」
「3のダンジョンねぇ…」
「なによ、随分と消極的じゃない。」
「行きたくないわけじゃないんだ。ただ3のダンジョンも人が多いんじゃないかと思ってな。人が多いとそれだけトラブルも発生しやすい。現に…」
悠仁が視線を逸らすと、4人も皆その方向へ視線をずらす。
「てめぇが先にぶつかってきたんだろうが!どうすんだ俺の酒!!!弁償してくれんのか!?あぁ!!?」
「そっちの図体がでかすぎるのが問題なんだよ!ここは人間用の酒場だ!ゴリラの酒場ならカプランドの森の中で経営してるんじゃねぇか?それともバナナのことばかり考えてここがどこだか分からなくなっちゃいましたかぁ?」
「なんだてめぇ調子乗りやがって!おら!街の外でろや!」
大の大人が喧嘩をしている。
「何もしてなくてもああいった奴らがいるって考えると、ダンジョンに行く気も失せちまってなぁ…」
「まぁ無用のトラブルが発生しそうではあるな。」
「それならどうするのよ、折角入ったのにやることがなくちゃどうしようもないわよ。」
「そうですねぇ…、ではこういうのはどうでしょう。」
アリスが皆に提案を始める。
「しばらく装備の新調をしてませんでしたよね。治療費で大半が消えたとはいえ、まだ少し余剰資金が残っています。ヴァリエスタを出てから修繕に修繕を重ねるだけで装備の新調はしてませんでしたし、この機会にしてみるっていうのはどうでしょう。」
「そういえば最近ばたばたしすぎて、装備を変えようっていうことまで意識が回ってなかったわね。」
「俺はダンジョンで杖を拾ったからいいとして…、カインの鎧もボロボロだしな…。」
「実をいうと耐久度ぎりぎりなんだこれ…。」
カインが鎧を指差して苦笑する。
「それにフルールさんが旅に同行するとなれば最低限の装備が必要になりますし、なによりこの時期がいい理由として、冒険者が急増したことです。」
「冒険者が急増すると装備の新調の時期なのか?」
悠仁が尋ねる。
「いえ、一概に冒険者の増加が装備の新調に繋がるというわけではなく、上級冒険者が急増するという珍しいことが起きたからいいのです。」
「Aliceの言っている意味が良くわからないんだけど…」
ミーナもアリスが何を言っているかいまいち理解できないようだ。
「すみません、説明不足でした…。上級者の方がこういった街へ来ると装備が出回るんですよ。上級者はもっと先の街を拠点としていますが、そうなるともちろん要求される装備も強いものになっていきます。いらなくなった装備はどうするかといえば、さすがに捨てることは無いので、大方は売りに出ます。しかし、もっと高レベルのものを使う必要性が出て買い換えたのに、その街でその装備を売っても売れませんよね。」
「あー、なるほどな。」
悠仁はアリスの言わんとしている事が理解できた。
「つまり売る時には行商人に売るか、こうやって下のレベルの街に降りて来る時に売りさばくってことか。上の街では売れないから。」
「さすが悠仁さん、ご名答です。」
アリスがにっこりと笑う。生徒が正解を出した時にみせる先生の笑顔みたいだ。
「ま、ほぼほぼ答えを言われていたようなものだからな。」
「ということで、今はそれなりの装備がそれなりの値段で買えるいい時期なのです。特に前衛職の装備は買い替えが激しい傾向にあるので、きっとカインさんの鎧もいいものが出回っていると思いますよ。」
「おぉ!なんかすげぇ楽しみになってきたぜ!」
カインが興奮する。
「みんなで回ってみるのもいいかもしれませんね。」
「それならちょうど良かった。」
そういって悠仁が革袋を取り出す。
「なんだそれ、パーティーの資金か?」
「そうだ。実はリッチの核が上質なものだったらしくてな、テッドさんに高値で買い取って…、と、すまんフルールの前で不謹慎だったな。」
「いえ、大丈夫ですよ。私を託した冒険者さんに使ってもらえるなら、あの人も喜ぶでしょう。」
フルールが静かに笑みを浮かべる。
「…そうか。それで、贅沢をしなければ装備を揃えられるだけの金はあるんだ。フルールの装備も含めてバザールで買うか。」
とりあえず話をまとめる。
「そうね、モンスターのレベルも上がってきてるし、このままだとリスクを伴うからいい時期でしょ。私は問題ないわ。」
「私は買っていただく身ですので…」
フルールが遠慮がちに応える。
「俺は今替えとかないと戦闘中に壊れるかもしれないな…」
「俺は修繕だけで大丈夫そうだ。」
「私は修繕と…、消耗品関係を主に揃えましょうか。」
各々の方針が決まったようだ。
気付けば、買い物の相談を五人でしている。数ヶ月前まで、装備の新調といえばカインと二人で財布を睨んで唸るだけの行事だった。相談する頭数が増えると、同じ金欠でも湿っぽくならないから不思議だ。
「さて、そうと決まれば行ってみようか。今日の狩りは無いし、みんなでゆっくり回ろう。」
「Yuji、今回は単独行動禁止な、また倒れられちゃこっちが困るぜ。」
「その節はどうもご迷惑をおかけしました…」
「さて、行きましょう。」
アリスが先頭になって酒場を出て、バザールめぐりを開始するのだった。




