銀色の花
――アリーシャ郊外
悠仁達は、早速1のダンジョンへ向かっていた。
「なんか勢いで出発しちゃったけど、みんな大丈夫なのか?明日平日だろ。」
ゲームに入ってきた時には、既に21時を越えていた。このまま探索などをしたら、あっという間に朝になるだろう。
「俺は大丈夫だぜ。徹夜なんていつものことだし。」
営業職をやっているカインは、恐らく大丈夫そうだ。前にもこういったことがあった。
「私は平気よ。どうせ明日を乗り切れば週末だし。」
「私も大丈夫です。特に問題ありません。」
女性陣も大丈夫なようだ。
「みんな時間に問題はないようだし、落ち着いていこうか。」
時間の制約があったら少し急ぐか、引き返して後日にしようかと思っていたが、大丈夫そうならゆっくり行くに越したことはない。
「それにしても、手紙にあったけど、空を飛ぶ金属の鳥とかって…」
ミーナが手紙の内容を思い出し、問いかける。
「あぁ、恐らく飛行機のことだろうな。この世界には存在しないものだし、NPCが理解できないのも無理はない。他にもいくつか書いてあったが、どれも現実世界に存在するものだ。」
「あの子、まだ小さく見えましたが、大丈夫なのでしょうか。話の内容からするに、結構長い間眠りについているようでしたが…。」
「それは、起きてもらうまでわからないだろうな…。」
体に何か問題があるか、精神に問題があるかは、実際に起きてみないとわからない。
「ま、ここでいくら考えても想像にしかならんだろ。行ってから考えようぜ。」
「それもそうだな。」
全てをまとめてしまうようなカインの一言で話は締めくくられ、一行はエレベーターになっている石柱まで馬車を走らせるのだった。
夜の砂漠は月明かりで青白く、馬車の影が砂の上を長く滑っていく。誰かを起こしに行く道行きというのは初めてで、四人の口数は自然と少なくなっていった。
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ゴゴゴゴゴゴゴという音と共に、石造りのエレベーターを降りていく。
「帰るときには気にしてなかったけど、エレベーターがこの世界にあるってすげぇな。街でも見たこと無いぜ。」
「そういえばそうだな。なんでエレベーターを設置しなかったんだろう。」
そもそも高い建造物が少ないのだが、それでもエレベーターの一つも設置されていないのは不思議だった。
「世界観を壊さないためじゃないですか?この世界で銃の製作などは不可能みたいですし。」
「あー、そういえばそんな話を聞いたことがあったな。」
このHOPEの世界は、所謂『剣と魔法』の世界をイメージしたものになっていて、重火器などは製作不可能になっているらしい。プレイヤーがそれに類似したものを作っても、原理はあっていても機能しないらしい。
「じゃあ、何でこのエレベーターは機能してるんだ…?」
「何事にも例外ってあるんじゃない…?」
結局このエレベーターが機能している理由は分からずじまいのまま、最下層へ到着する。エレベーターを降りた一行の目の前には、前回の時と変わらず女の子の体があった。
「……」
カインが女の子の体に釘付けになっているが、そこは放っておくとして、棚の裏にあるといわれる液体を探す。
「…ミーナ、アリス、ちょっと棚を動かすのを手伝ってくれるか?」
悠仁は2人に手伝ってもらい棚を動かすと、後ろに壁を崩して作られたくぼみがあり、その中には手紙にあったように小瓶が入っていた。
「悠仁さん、ありました。これですかね。」
アリスが小瓶を手に取り、悠仁に見せてくる。
「恐らくそれだろうな。中身は銀色なのか、何が原料なのか想像もつかないな。」
アリスから小瓶を受け取り振り向くと、さっきよりもカインが女の子に近づいている。何か、様子がおかしい。
「…おいカイン。どうかしたか?何か気付いたことでもあったか?」
いつものスケベ心丸出しで裸体を眺めているわけではない雰囲気に、不安を覚える。
「…楓…。」
「は?楓?どうした急に。葉っぱなんてどこにも…」
周りを見渡しても、楓の葉なんて見つからない。
「…いや、なんでもない。きっと勘違いだ。」
「???」
急に態度が変わるカインを不審に思いながらも、悠仁は小瓶の蓋を開ける。
「…じゃあ、やるぞ。準備はいいか?」
女性陣はコクリと頷いたが、未だにカインがぼんやりしている。
「…と、その前に。」
悠仁は自分の着ていたローブを女の子にかける。自分が目を覚ました時に、4人の人間に裸体を見られているとか地獄だろう。
「…よしっ。」
悠仁は魔方陣に満遍なく液体がかかるように、台座の周りを回りながら垂らしていく。
「こんなもんかな。これで説明どおりにやったけど、魔法陣は消えるのか?」
悠仁の台詞に呼応するようにぱっと魔方陣が輝いたと同時に、ガラスが割れるような音と共に魔方陣が消え去る。
「おぉ、条件さえ満たせば、あっさり壊れるもんなんだな。」
台座の下に敷設されていた魔方陣が消え去っても、少女が目を覚ます様子はない。
「…目を覚まさないな…。これ、大丈夫なのか?」
「大丈夫なんじゃないですかね…。さっきは呼吸をしてませんでしたが、今は呼吸が始まっているようですし…」
アリスが指摘する。そんな場所まで見ていなかった。
「そうか、じゃあちょっと起こしてみるか。」
悠仁は少女に近づき、肩を揺する。
「君、大丈夫か?」
軽く揺すってみると、表情を曇らせる。
「お、起きそうだぞ。」
悠仁は少女から数歩下がり、様子を見る。
「うぅ…ん…」
少女はうめき声を上げて体を起こす。
「あ、れ…?ここは…?イザベラ…?」
少女はきょろきょろしながら、何かを探しているように見える。
「…あれ、あなた達、誰?」
少女はこちらに気付いたようだ。
「あぁ、俺はYuji。こっちはAliceで、ミーナ、カインだ。」
「そう…。ごめんなさい、近くに老エルフがいると思うんだけど、見ませんでしたか?」
「いや、見てないけd…あぁ…」
悠仁は誰のことを指しているのか理解した。
「黒いローブを着ている、イザベラというエルフのことですか?」
「えぇ、その通りです。ローブの色までご存知ということは、どこかで見かけたのですね。」
(見かけたというか…)
「実はそのことでお話があるのです。ついてきていただけませんか?」
アリスが途中で話に参加してくる。
「…そうですか。どちらに向かえばいいですか?」
「そこのエレベーターで、上まで行っていただきたいのです。一緒に。」
「エレベーター?」
エレベーターを聞いたことがないのか、首を傾げる。銀色の髪がさらりと流れる。
「あぁ、すみません。そこに、地上まで上がれる昇降機があるのです。それで一緒に行きましょう。」
「なるほど、分かりました。」
少女は素直にエレベーターに乗り込む。
「…じゃあ、行きましょうか。」
一行と少女は地上に上がっていくが、誰も口を開かなかった。地上について岩戸を開けると、肌寒い風と満天の星空が5人を迎えた。
知らない相手の訃報を、これから伝えなければならない。その役目の重さが、狭い昇降機の沈黙を余計に重くしていた。少女は身じろぎもせず、悠仁のローブの前を小さな手で合わせて立っている。
「…それで、イザベラさんのことなのですが。」
「…もういないのでしょう?彼は。」
アリスが説明をしようとすると、少女はアリスの説明を遮る。
「…はい。」
アリスは同意するしかなかった。
「そう、やっぱりそうなのね。」
少女は天を見上げる。
「これで私は一人ぼっちよ、まったく。私を救ってくれるんじゃなかったのかしら…。」
涙声で呟く。その頬から伝った涙が、砂漠の砂を濡らす。
「…それで、あなた達は?」
少女はこちらに背を向けたまま、悠仁達に尋ねる。
「はい、私達は冒険者をしています。あなたを発見したのも、冒険の途中でのことでした。」
そのまま悠仁は、これまでの経緯を伝える。ダンジョンの最下層で黒いローブのリッチと戦ったこと。奥の小部屋で少女を見つけたこと。手紙のこと。全てを聞いた少女は、ふぅっと息を吐いた。
「…なるほど、事情は分かりました。あの人は、未来に託したのね。」
少女の涙声はもう直っていた。話を聞き終わった少女は、こちらを振り返った。
「初めまして。私はフルール、と呼ばれています。本当の名前は、あなたたちが仰ったように覚えていません。事情は大体、手紙の通りです。」
彼女が、話に出てきたフルール本人のようだ。
「イザベラは私の記憶を取り戻そうと奔走してくれましたが、その技術は見つからずに、私を未来の冒険者に託したのでしょう。そして、いま私はここにいる。あなたたちが、その冒険者なのですね。」
「いや、イザベラさんの期待に沿えるような冒険者かどうかはわかりませんが…。」
「そんなことはありません。魔方陣の構築で魔力を消費して弱体化していたとはいえ、あのイザベラを倒したのでしょう?彼女の魔法は、簡単に破れるものではありません。それは、長く一緒にいた私が保証します。」
(まぁ、それなりの無茶と損害は被ったけど…)
「ご迷惑でなければ、私を旅に同行させていただけませんか?それがイザベラの遺志であり、記憶を取り戻したいという私の願いでもあります。」
そういって、フルールは頭を下げてくる。
「あぁ、問題の解決ができるかはわからないが、そのつもりだ。」
「大丈夫よ、私達がなんとかしてあげる。いつになるっていうのかは保証できないけどね!」
「……」
いつも元気なカインが黙り込んでいる。
「なんでアンタは黙ってんのよ!」
ミーナがガツンと鎧を殴る。
「お、おう…」
「一緒に行きましょう?」
最後に、アリスがフルールに手を差し延べる。
「はい、よろしくお願いします。」
それが、彼女の最初の笑顔だった。




