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手紙の内容②

『この手紙を貴方が読んでいるということは、私は恐らく死んでいるだろう。しかも、貴方の前に敵として立っているかもしれない。もしそうなら、初対面の貴方に無礼なことをしたことを深くお詫びする。』


手紙の内容は、驚くべきことにあのリッチからのようだった。


『私の名前はイザベラ。エルフ族の1人だ。長年世界中を旅して、魔法というものを修めてきた。』


アリスが戦闘中に言っていたエルフというのは、本当だったようだ。


『この世界にある多くの魔法都市を巡り、旅も終わりにしようと思っていたとき、1人の少女に出会った。彼女は自分が何者なのか、どこから来たのか、自分の名前すらも分からない状態だった。その様子から、幻惑、困惑の魔法の類をかけられていると思われた。哀れに思えた私は解呪を試みたが、魔法の形跡がなかったため不可能だった。』


(少女というのは、あの台座に寝かされていた女の子のことなのか…?)


悠仁の想像がまとまる前に、話は進んでいく。


『ボロボロの衣服を身に纏っている彼女は、依然として自身の名前が思い出せないようだったが、幸い言葉が通じるようなので、私の帰途に同行させることにした。』


「NPCが記憶喪失…?そんなことってあるの?」


ミーナの呟きに誰も反応できないまま、手紙は読み進められていく。


『そのまま、彼女とは4年を共にした。名前がないのは不便なので、彼女にはフルールという名前を与えて寝食を共にした。出会った頃の彼女は、空を飛ぶ金属の鳥だの、遠く離れた相手と話せる小さな板だの、奇妙な妄想を口にしては私を困らせたものだが、段々とそういったことも話さなくなり、笑顔も見せていた。そんな彼女だったが、ある日突然自殺を図ったのだ。』


「…」


一行は黙り込んで話を聞いている。


『途中で気付いた私が治療を行い、事なきを得て目を覚ました彼女は「これからどうしていけばいいか分からない。」と泣き叫んだ。彼女の流す涙の熱さが、今も手に取るように思い出される。なんとか彼女の記憶を戻してやりたいと思ったが、そもそも、記憶を失わせる魔法なんて私は知らなかった。』


テッドは表情を変えないまま、手紙を読み続ける。


『しかし、彼女のその様子を見て、私は「なんとかしてやる」と言ってしまった。我ながら失言であったが、言葉には力が篭る。一度口にした言葉をなかったことにするなど、魔法を使役する者として、してはならないことだ。それから私は、なんとかしようと各国の知り合いに文献の調査を依頼した。彼女と同じように記憶を失ってしまっている人物を探そうとしたが、残念ながらそのような人物の形跡は見つからず、前例もなかった。』


他人事のような話に、4人は手に汗を握りながら聞き入っている。


『私も既に永く生き、先も長くないと身体で感じられた。このままでは、身寄りが無い彼女をこの世界に1人にしてしまう。それに彼女が耐えられるだろうか。そう思うと、胸が張り裂けそうな気持ちになった。その後もなんとかできないかと思い色々試したが、結果は芳しくなかった。私の案も寿命もそろそろ尽きそうだという時に、ふと昔見た文献を思い出した。それは、【時を止める禁呪】が書かれている本』


「時を止める…そんなものが…」


アリスは聞いたことも無い魔法に驚いている。


『対象物の時間を止めることができるという禁呪だ。もちろん対象物は無生物に限らない。その対象は人間であっても構わない。しかし、代償は大きい。天に昇る自身の魂を触媒にすることが条件である。つまり私は、この世界にいなかった者となるのだ。だが、彼女の数少ない笑顔を思い出すと、それでもいいと思えてくる。我ながら、人の子にこんなことを思うなんて落ちぶれたものだ。』


「…」


あのお調子者のカインも、これには口を挟めないようだ。



『そう、笑ってくれて構わないさね。私はあの子を、娘か、孫でも見るかのように思っていたのだ。永い旅の果てに、ひとつだけ分かったことがある。魔導師イザベラのことなら、どこの街でも歓迎するだろうよ。だが、ただのイザベラを歓迎してくれる人は、どこにもいないってことさ。あの子だけだった。あの子は私の名も、魔法の値打ちも知らずに、ただ隣を歩く老いぼれの袖を掴んだ。名前をやったのはこっちだってのに、ただのイザベラでいさせてくれたのは、あの子のほうだった。ずいぶんと遅く来た、娘のようなものさね。その娘のためなら、この魂などくれてやる。そもそも老い先は短いんだ、大したことは無い。それに、この命と魂を、遅く来た娘に遺してやれるなんて、最高の最後だと思えないかい?私に何かできればよいのだが、もう時間が長く残されていない。他人に任せるのは癪だが、あの子の幸せを願うなら、そんな些事など気にしちゃいられない。だから、あの子を未来の、実力ある者に託すことに決めた。』


テッドが一呼吸置いて、手紙を読み進める。



『これを読んでいる冒険者よ。貴方にあの子を託す。どうか、あの子の記憶を元に。それができなくても、彼女を幸せにしてやってくれ。娘を持つのが遅すぎた、老いぼれエルフのお願いさね。残した財産は少ないが、いくつか用意した。私のローブ、杖、短剣、そしていくらかの金。特に杖とローブはエルフの森で作られた上質なものでね、私の魔力も埋め込んである。上手に使っておくれ。』


手紙も、そろそろ終末のようだ。



『この永い人生、家族というものを知らなかった私に、それを教えてくれたあの子に感謝を。そして、これから幸せでありますよう…。』


テッドが手紙を折る。


「「「「……」」」」


その内容を聞いた4人は、誰も口を開くことができなかった。


店の中は、炉の残り火の音だけになった。ついさっきまで自分たちが命がけで戦った相手には、名前があり、旅があり、守りたい相手がいた。倒した、という言葉が急に別の重さを持ち始めて、悠仁は膝の上の拳を握り直した。


「…まさか、こんなことがあるなんて…。私も随分と長くこのゲームをやっていますが、こんなことを聞いたのは初めてです。」


テッドが静かに呟く。


「なんてことだ…」


悠仁は想像もしていなかった出来事に、思うように思考を言語化できない。


「それと…」


テッドが続ける。


「魔方陣は、部屋の本棚の裏にある小瓶の液体をかければ消えるそうです。」


「どうするよ、Yuji…」


カインも、この状況は想定していなかったようだ。


「どうするって言われても…」


悠仁にも、この状態をどうすればいいかなんてわからない。


「私は…」


アリスが口を開く。


「私は、悠仁さんがしたいようにすればいいと思います。」


アリスはにっこりと笑って、こちらを見る。


「私はまだ短い時間しか悠仁さんたちと行動をしていませんが、それでも幸せでした。きっと大丈夫ですよ。」


何も根拠のない、何も保障の無い、ただ、アリスのそんな一言が悠仁にはなんとも頼もしく感じられた。


「Yuji…」


「あぁ、分かった。その少女とやらを、助けに行こうか。みんなも付いてきてくれるか?」


「おうよ、リーダーの決めたことなら!」


「私は不安だけど…、まぁAliceも大丈夫っていうなら…」


「私はいつでも悠仁さんを信じてますよ。」


「良い仲間に恵まれましたね、Yujiさん。」


「えぇ、全くです。私には勿体無いと思うくらいに。」


そう返事をすると、悠仁は店のドアに手をかける。


「じゃあ、行ってきます。」


「はい、いってらっしゃい。どうかお気をつけて。」


悠仁を先頭に、4人は店を出る。その足取りは確かなものだった。

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