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ワイルドウルフ

――アルテミラの森 外縁部


鳥のさえずりが聞こえてくる中、二人は進んでいく。

今回の目標はワイルドウルフ。低級の獣系モンスターだ。街の近くの森に生息しているモンスターで、レベルは高くない。倒すことで牙や爪を落とすことがあり、店で売れば稼ぎになる。

人の活動範囲まで降りてくることがあり、NPCが時折討伐依頼を出している。


レベルが低いからと侮ると大変なことになる。狼種のモンスターなので群れで行動することが多く、倒すのが1頭で済まないことが多い。その為、周りに気を使いながら戦闘を行う必要がある。


森の深部には群れのボスがいるらしいが、レベルが高く簡単には討伐ができない。よって悠仁たちが狩るのは、森の端に生息している下っ端のウルフ達だ。


「止まれ。」


前を進んでいるカインが悠仁を制す。


「聞こえるか?」


悠仁は耳を澄ます。悠仁とカインは感知系のスキルを持っていない為、周りの探索にはかなり集中する必要がある。聞き耳を立ててしばらく経つと、音が聞こえ始める。


ザッザッザッ……パキッ…


落ち葉と雑草を掻き分けて進む音だ。これがワイルドウルフであれば、2、3頭であろう。


「あぁ、恐らく2頭から3頭だろうな。」


カインも悠仁と同じ判断をしたようだった。長く一緒にいる相方と意見が一致したことで、少し口角が上がる。


「よし、先に進んで様子を見るが、離れすぎないでくれ。」


「わかった。気をつけろ。」


カインが腰を低くして前に進んでいく。悠仁も同じように進んでいく。


足の裏に落ち葉の湿った感触が伝わる。踏むたびに腐葉土の匂いが立ちのぼり、その奥にかすかに獣のものらしい匂いが混ざっていた。呼吸を浅くして、杖を握る手の位置を確かめる。掌にはもう汗が滲んでいた。何度やっても、戦闘前のこの数十秒だけは慣れることがない。


「見えるか?」


カインが茂みを手で掻き分けて、隙間から前方が見えるようにする。覗き見ると、3頭の群れを組んでいるワイルドウルフが見える。何かは分からないが、3頭で集まって何かを食べているようだった。風がこちらから吹いていないのが幸いだ。


「音の主はあれか。」


「恐らくな。まだこっちには気付いていないみたいだ。準備はいいか?」


数で負けている状況では、奇襲を仕掛けるのが最も得策だ。失敗した時には目も当てられないことになるが…。


カインと目が合う。咆哮で止めて、初撃で1頭、残りは悠仁が撃ち抜く。この2年で何十回と繰り返してきた段取りが、視線一つで互いの頭の中に組み上がっていく。悠仁は杖を握り直し、最初の詠唱を舌の上に載せた。


「あぁ、お前のタイミングで行ってくれ。」


悠仁の言葉に頷くと、カインは茂みから飛び出す。


「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」


地面と大気が震える。頭上で梢の鳥たちが一斉に飛び立った。戦士職のスキル「咆哮」だ。

戦闘中、相手の行動を一時的に止める効果があり、自身へターゲットを向けやすくする。相手がこちらの存在に気付いていない状態で使用すると、硬直時間が延びる効果もある。


「「「!?」」」


ワイルドウルフたちは、いきなりの乱入者に驚いている様子だ。こちらの狙い通り、延長された硬直時間が適用されているようだ。


「まずは1頭!もらったぁああああ!!!」


大剣を大きく振りかぶり、1頭に切りかかる。


バキンッ!


「キャイン…!」


骨が折れる嫌な音とともに、頭蓋に強烈な一撃が入る。奇襲と硬直ボーナスもあり、かなりのダメージに見える。

攻撃を受けたワイルドウルフは、頭部から血を噴き出し地面に倒れる。どうやら一撃で仕留められたようだ。


骨の折れる音の残響が、森では長く尾を引いた。血の匂いが風に乗って鼻に届く。作り物の世界でも血は本物の色をしていて、下草に散るその赤は毎回きちんと生々しい。


その間に硬直が解けた2頭は茂みの中に飛び込み、姿を隠す。さすがに、そのまま突っ立っているほど馬鹿ではない。


「ふぅ…。」


悠仁は背負っていた杖を構えて集中する。杖を手にすると、自然に自身が保有するマナが感じられる。質量のない水のような物質が、自身の体の中を流れているようなイメージだ。これが感じられるときに、発動したい魔法のイメージをしながら杖にそれを流し込み、詠唱を行えば魔法は発動する。


杖の節の一つを、親指の腹で一度なぞる。樫の木肌の小さな凹凸を確かめるのは、いつからか癖になっている験担ぎのようなものだ。指先が節を覚えている限り、多少手が震えていても仕事はできる。


(大丈夫、今日も問題ない。)


心の中で呟き、短い詠唱をする。


「炎よ…」


詠唱をトリガーとして、自分のマナを消費し、魔法は完成する。


「ファイヤーボール!」


魔法は、発動者が敵の位置を知覚していれば必ず当てることが出来る。故に、知覚系スキルを持っていない状態だと、真後ろの敵や視界外の敵に当てることは非常に困難になる。逆を言えば、全周囲を知覚できるスキルを持っていれば、後方だろうがどこだろうが当てられるのだ。


今回ワイルドウルフたちはカインから姿を隠そうとしたため、悠仁からは丸見えだった。


杖の先が、獲物の気配に吸い付くように向きを合わせる。マナが腕の中を通り抜けていく感覚と、着弾までのわずかな溜め。この一瞬だけは、いつも世界が静かになる。


ボンッ!


茂みの中で炎が弾ける。


ジュゥウウウウウウウ…


炎の弾ける音の次に、肉の焼ける匂いがする。体毛も一緒に焼けているので、蛋白質が燃える嫌な匂いも漂ってくる。残るは1頭。

群れで行動するワイルドウルフは、危機に陥ると仲間を呼ぶスキルを保有している。仲間を呼ばれる前に仕留めなくては、面倒なことになる。カインのスキルで他の群れがこちらに向かっている可能性もあるので、早く離脱したい。


(くそっ、どこだ…)


悠仁が周りを見渡しても、残りの1頭は見当たらない。森は静かなままだ。鳥の声も、もう聞こえない。こういった戦闘は、普段から森に棲んでいるワイルドウルフの方が一枚上手だ。


耳が痛いほどの静寂の中で、自分の心臓の音だけが大きくなっていく。視界の端で揺れる茂みの一つ一つが疑わしく、そのくせどれも決め手にならない。向こうはこちらの目が利かないことを知っている。狩る側と狩られる側は、いつでも入れ替わる。


ザザッ!


カインの背後の茂みが音を立てる。その音にカインは素早く反応する。そのでかい図体からは想像がつかないような速度で振り向き、目標を絞る。


「そこか!」


カインが自慢の大剣を茂みに振り下ろす。


バサバサバサッ!


「へ?鳥?」


ワイルドウルフを仕留めたと思っていたその剣は、鳥の飛翔を誘発しただけで手応えはなかった。見当違いの獲物を前に、あっけにとられるカイン。その側面の茂みが、大きく揺れる。


(まずい!)


「カイン右だ!」


言葉が口を突いた時にはもう遅い。ワイルドウルフはカインに向かって飛びかかる。


「うぉっ!」


モンスターはカインの右腕に噛み付く。鎧を着用しているため金属音が響く。しかし高価な鎧ではない為、隙間から牙が皮膚に届いているように見える。


「動くな!」


だがこれはチャンスである。動きの早いワイルドウルフの行動が止まっているのだ。逃さない手はない。しかし、急がなければ大惨事になる。


「炎よ…」


再び詠唱を口ずさむ。落ち着いて、冷静に、且つ迅速に。1小節しかない低級魔法でも、焦ると意外と出てこないものである。


「ファイヤーボール!」


目の前に出現した火球が、敵に向かって飛んでいく。


「ギャン!」


カインの右腕にぶら下がっていたワイルドウルフは、プスプスと音を立てて地に伏す。


「ふぃー、助かったぜ…、でも…ってぇ…」


「おい!大丈夫か!傷を見せろ!」


悠仁は急いでカインに駆け寄る。予想していた通り、鎧で防御されていない部分から攻撃が通っていたようで、出血をしていた。


傷口を見た瞬間に、口の中が乾いた。この世界の怪我は、画面の中の絵ではない。裂けた皮膚の下に赤いものが見えて、血は本物と同じ速さで滲み、本物と同じ鉄の匂いがする。仕様として頭で知っていることと、相棒の腕から流れる血を目の前で見ることの間には、思っていたより大きな距離があった。


「心配すんなって。外の世界でも野良犬にかまれることあるだろ。」


「今日びそんなことないわ!……、よし、傷は深くないな。馬車で渡したポーションを使えばなんとかなるだろう。」


大丈夫なことをアピールするために腕を動かしているあたり、大怪我には至っていないようだ。


「そういえばもらってたな。役に立っていいのか悪いのか…」


収納からポーションを取り出し、喉を鳴らして飲み干す。すると傷口が淡い光に包まれ、塞がれていく。


「まったく、どういう原理なんだか。」


すっかり元通りになった腕を、ぐるぐると振り回す。ポーションも万能ではない。治せる怪我とそうでないものがある。今回は前者で、本当に助かった。


悠仁は自分の指先がまだ小さく震えているのに気付いて、杖を握り直すふりでごまかした。詠唱は乱れなかったし、判断も遅れなかったはずだ。それでも一歩間違えばという想像は、戦闘の最中よりも終わってからのほうが鮮明になる。喉がひどく渇いていた。胃の奥には戦闘のたびに覚える小さな重さが残っていて、慣れたと思うたびにこれが戻ってくるから、たぶん本当には慣れていないのだろう。こういうものは、カインには見せないことにしている。


「よし、じゃあ早めに離脱しよう。他の群れが来るかもしれない。」


「はいよ。じゃあ戻りますかね。」


「あっ、と。その前に。」


カインの負傷で忘れていたが、ドロップアイテムの回収が済んでいない。これを忘れたら、何のために来たのか分からなくなってしまう。


言われてみれば、体はまだ戦闘の続きにいたようだった。耳の奥で脈がまだ速く打っていて、森の物音の一つ一つに神経が張り付いている。こうして雑事を口にしてやっと、時間が平常の速さに戻ってくる。生き残った後の世界は、いつも少しだけ手続きが多い。


「確かこの辺で…」


悠仁はモンスターが倒れた付近を探索する。すると、明らかに周りの石とは違う材質のものが落ちている。


「お、これだこれ。」


そこにはワイルドウルフの牙数本と、爪が落ちていた。


「あったぞ、カイン。後で山分けしよう。」


見たところ状態は悪くなさそうだ。アイテム鑑定士のスキルを持っていれば詳しく分かるのだが、悠仁は保有していない。カインはいわずもがなだ。

カインが倒したウルフは燃えていないので、死体を持ち帰れば金になるだろう。

が、しかし。


「あ…なんてこった…」


「どうしたYuji。」


致命的なミスを犯していた。


「帰りの馬車を頼んでいなかった…。」


「あー…」


そう、馬車はここへ送ってもらった時点で返してしまった。アイテムではないのだから、帰りも使用する際は依頼をするか、そのまま待ってもらわなくてはならない。


「仕方ない。死体ごと持って帰るのは諦めるか。」


「さすがに持って歩くわけには行かないしなぁ…」


2人は剥ぎ取り用のナイフを突き刺す。すると狼の死体が消え去り、アイテムが地面に落ちる。今回は牙や爪のようだった。傷がついていることから、低級のものであることが分かる。


消える寸前、灰色の毛並みが風に一度だけ揺れた。死体はあとかたもなく、踏み荒らされた下草とわずかな血の跡だけが、ここで戦闘があった証拠として残る。システムとして割り切られたその消え方は便利ではあるのだが、静かになった森でそれを見送ると、妙な空白が胸に残ることがあった。悠仁は落ちた牙を拾い、土を払って収納にしまう。


「これで回収は完了っと。まだ少し時間があるな。俺たちでも種類の分かる薬草を採って帰れば、少しは稼ぎの足しになるだろうし、やっていかないか?」


カインが建設的な意見を提案してきた。


「そうだな、それもいいか。けど、ここは危険だ。採集するにしても、もう少し草原に近い場所でやろう。」


「おっけ、じゃあ行くか。」


今度こそ、二人は草原へ向かった。

「ワイルドウルフの牙」(ドロップ品)

ワイルドウルフから採れる牙。イヌ科特有の大きな犬歯である。獲物の息の根を止めるため、肉を引き裂くためにとても鋭く尖っている。大型の個体になると、それだけ大きさも質も良い牙がドロップする。主に煎じて薬品に使用したり、装飾品にしたりすることが多い。プレイヤーというよりもNPCに人気のアイテムで、プレイヤーよりもNPCに売ったほうが高値がつくことが多い。


「アイテム鑑定士」(生産スキル)

アイテム鑑定士は、あらゆるアイテムの鑑定ができるようになるスキルである。スキルを習得すると、そのアイテムの詳細なデータにアクセスすることが出来、質や価値を評価することが出来る。鑑定士のスキルが上がっていくと上位ランクのアイテムの鑑定が出来るようになる。鑑定士スキルをあげるには実際に経験を積む義務はないが、試験で出されるアイテムを正確に鑑定する能力が求められるので、鋭い観察眼と集中力が必要になってくる。また、アイテム、主にモンスタードロップ品に関しての幅広い知識が求められる。パーティーに1名いるとその狩場で獲得できるアイテムの質が把握できるので、とても助かる。

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