馬車に揺られて
「ありがとうございましたー!」
ジョッキを空けて店を出る。リットリア領の環境設定では、今はまだ昼だ。行こうと思えばどこにでも行けそうな気がする。
「さて、今日はどこまで行きますかね、Yujiさんよ。」
行動指針を決めるのは大抵悠仁だ。カインは今日も悠仁に行動計画を丸投げする。
「毎回俺任せにするよな。少しは何か無いのか?」
「このパーティーの参謀はお前だからな、信用してるぜ。お前に任せれば何の問題も無いからな!」
その自信はどこから来るのだろうか。そもそもパーティーといっても、悠仁とカインしかいない。参謀が自分ならリーダーはお前じゃないか、と口には出さないが、そんな思いが頭を駆け巡る。
(この時間から行けて、俺たちでも安全なのは…)
腕を組みながら空を見上げ、考えること十数秒。行き先を決めた悠仁は、カインに向き直って口を開く。
「じゃあアルテミラの森まで行って、ワイルドウルフでも狩ろうか。」
「OK!徒歩で行くか?」
アルテミラの森は、ヴァリエスタから数キロ離れた森林だ。手前のアルテミラ草原を越えれば辿り着くことができる。
「いや、馬車を使おう。」
馬車代を節約するために歩いて行ってもいいが、時間がかかる。しかも途中でモンスターに遭遇したら、そこで消耗してしまうだろう。馬車乗り場へ行けばNPCが馬車を出していて、目的地を伝えれば連れて行ってくれる。
馬車には女神の加護が施されていて、移動中は滅多に襲われることはない。女神の加護といっても絶対のものではないので襲われることはある、と聞いているが、まだそんな目にあったことはない。
女神様というのが何者なのかは、実のところ誰もよく知らない。街の聖堂には彫像があり、御者は決まり文句のように加護を口にし、プレイヤーは運がいい日にだけその名を思い出す。信じているかと聞かれれば首をかしげるくせに、馬車が無事に着くたびに誰もが少しだけ感謝している。信仰というのは、案外そのくらいの温度のものなのかもしれない。
ひとまずの目標が立ったところで、悠仁とカインは馬車乗り場へ向かった。
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――ヴァリエスタ 馬車乗り場
「お客さん、どこまで?」
先頭にいる馬車に近づくと、麦藁帽を被った御者が尋ねてくる。まるで都心のタクシー乗り場だ。
「アルテミラの森まで、二人お願いします。」
「あいよ、じゃあ半銀貨だね。」
「はい、お願いします。」
50銅貨を手渡し、馬車に乗り込む。
幌付きの馬車は日差しを遮ってくれたり、雨の日は雨を防いでくれたりするので便利なのだが、少し割高だ。なので悠仁とカインは、専ら幌無しの馬車を利用する。
「はい確かに。じゃあ乗ってくれ、すぐ出るよ。」
二人が乗り込むのを確認した御者は、馬に鞭を入れて出発する。街の入り口から近い馬車乗り場を出発し、1分もすれば、もうそこには草原が広がっている。馬車に揺られ、のどかな風景を見つめながら、今日はどのくらい討伐をしようか考える。
荷台の板は乾いた音を立てて軋み、車輪が轍を拾うたびに尻の下から突き上げがくる。それでも嫌な乗り心地ではなかった。石畳と人いきれの匂いが薄れて、代わりに草の青い匂いが風に混ざり始める。御者の首筋は深く日に焼けていて、手綱の握り方には長年の癖が染みついているのが素人目にも分かる。NPCだと頭では分かっていても、こういう細部を見るたびにこの世界の作り込みには感心させられる。
しばらくして、悠仁は思い出したようにカインに声をかける。
「そうだ、これやるよ。」
収納ポケットからヒーリングポーションを取り出し、カインに手渡す。酒場に集合する前に露店で購入したものだ。
「お?いいのか、貰っちまっても。」
「あぁ、構わないさ。自分のポーションを買うついでだったんだ。それにお前がしっかり仕事をしてくれれば、俺には無用の長物だろ?」
「まぁそうだな。ポーション分の仕事はしてやるぜ。」
カインがポーションを受け取り、そのまま肩掛けカバンの中にしまい込む。
80銅貨。今の二人の稼ぎからすれば決して軽くない出費だが、惜しいとは思わなかった。前衛が立っていられなくなれば、後衛の悠仁など的が一つ増えるだけの存在になる。カインの体はカインのものであると同時に、このパーティーの生命線でもあるのだ。もっともそういう勘定を口に出すと途端に恩着せがましくなるので、ついでだった、という顔をしておくのがちょうどいい。
この世界の収納ボックスは、基本的に形が固定されていない。使用者が望む形を選択できるのだ。
収納量は大きさに比例せず、製作した製作師のスキルレベルと、製作に使用した素材の質に比例する。その為、上位プレイヤーほど多くのアイテムの持ち運びが可能になる。
悠仁たちの収納は冒険者登録をすればもらえるもので、レベルで言えば最低クラスだ。つまり収納量もそれなりだ。
支給品の証拠に、カインの肩掛けカバンにも悠仁のベルトの収納にも、同じ組合の焼き印が入っている。新入りの荷物は皆この印から始まって、稼ぎに応じて職人の手のものへ替わっていく。カバンを見れば懐が知れる、とはよく言ったものだ。
「劣化しないとはいえ、もう少しいいカバンがほしいよなぁ…」
「仕方ないだろ、いいカバンはかなり値が張る。持ち運べるアイテム量はそのまま戦闘継続力に比例するし、生命線にもなる。」
体力を回復するヒーリングポーションはそんなに収納スペースを圧迫しないが、それでも量を持ち運べばそれなりのサイズになる。ドロップ品を回収し持ち帰ることを考えると、そこまで多くは持ち運べない。何より、そんなにポーションを買うと金がかかる。
「わかってるけどよぉ…」
「せめて素材くらいは自分たちで確保できないことにはな。製作師に頼むのもタダじゃないんだ。」
高ランクの製作ができる製作師に依頼をするには、やはり高額な依頼料がかかる。それこそ月額利用料の数倍は…。
「そうだ!お前が製作スキルとれよ!そうすれば自作も出来て金も稼げて一石二鳥だぜ!」
「馬鹿言え、製作スキルがどれだけ上げにくいか、お前も知ってるだろ。」
「だよなぁ…」
思い付きで口にした言葉は、悠仁に叩かれてしぼんでいった。
気まずさをごまかすようにカインが荷台の縁に肘を掛け、流れていく景色に目をやる。街道の脇には畑が広がり、腰を伸ばしたNPCの農夫が馬車を見送っていた。畑の隅には案山子が立ち、その肩に小鳥が一羽とまっている。守るべき畑の真ん中で鳥の椅子になっている案山子というのは、どうやらどこの世界でも変わらないらしい。
製作系スキルの認定試験には、製作技術もさることながら、素材に対する知識や実際に製作した実績が必要になる。依頼がない場合、自分で素材を収集したり買ったりして製作し、経験を積む必要があるのだ。低レベルの製作師に依頼する人が居るわけも無く、低レベル製作師はかなり辛い。
そんな話をしていると、前方から声がかかる。
「お客さん、アルテミラ草原に着いたけど、どの辺りまで行くんだい?」
話していたら目的地に到着していたようだ。いつの間にか、周りは緑でいっぱいだ。
「ここまででいいです。今日は森へ用事があるので。」
「はいよ、じゃあお気をつけて。女神の加護があらんことを。」
馬車を降り、草原に足を踏み入れ、遠くに見える森へ足を進める。
膝の高さまである草が、歩くたびに乾いた音を立てて脛を撫でていく。振り返ると馬車はもう次の客を求めて街道を戻り始めていて、御者の麦藁帽が小さく揺れているのが見えた。ここから先は自分たちの足だけが頼りになる。遠くの森は草原の明るさとは対照的に、木々の重なりが影を溜め込んで暗い色をしていた。
「カイン、前は頼んだぞ。」
「おぉ!任せとけ!」
さて、今日はどの程度稼ぐことが出来るのか。期待と不安を胸に気合を入れ、二人は森へ向かった。
「ワイルドウルフ」(モンスター)
始まりの街ヴァリエスタ近郊にあるアルテミラの森に生息する低級のモンスター。灰色の体毛で包まれた風貌で、群れで行動することが多い。人間の腰ほどの体高がある。鋭い犬歯と爪を持っており、それで攻撃を行い獲物を仕留める。群れのボスが森の最深部にいるとされているため、よく目に付くのは餌を探している個体か、巡回をしている個体である。
各地に亜種が存在している。
「馬車」(乗り物)
馬で荷台を牽引する乗り物。人や荷物を運ぶことを主目的としている。幌が存在しているものもあれば、そうでないものもあったり、衝撃緩衝材を使用し快適に人を運ぶことが出来るものがあったりと様々である。個人で所有することもできるが、維持費がかかるので、安定した収入が出来るまでは難しい。基本的にはNPCが経営している馬車を使用し、移動をする。交易を行っているプレイヤーは、まず馬車を所有することが目標となることが多い。




