脱出
――コツコツと足音が響く。先ほどの広間には蝋燭が無数に設置されていたが、この通路にはないようだ。
「ね、ねぇ。もう随分と進んだと思うんだけど…。」
「そうですね、進み始めてから約13分が経過しています。」
「13分か…、用心深く進んでいるとはいえ、13分も歩いて居たらそこそこな距離を進んでいると思うんだが…」
悠仁が後ろを振り返ると、遥か遠くに広間の蝋燭が見えた。
「今から戻るのもあれだしな…、とりあえず進めるところまで進んでみよう。」
悠仁の言葉に促され、一行は先へと進む。
(さすがに長いな…、罠があるわけじゃなさそうだが…。)
そのまましばらく進むと壁に突き当たる。
「ここで終わりか。だがどう見ても。」
「そうね、ドアねこれ。」
「きっとさっきみたいに、どこかに仕掛けがあるはずです。探してみましょう…と思ったらここにありました。」
Aliceが壁に据え付けてあるレバーを指差す。
「ま、そうだよな。」
わざわざこんなところに罠を仕掛けてあることもないだろう。ひとまずレバーを倒してみる。すると案の定、目の前の壁が動き奥の空間が見える。
「やれやれ、すぐに開くぐらいならレバーなんてつけないでほしいよ…な…?」
「どうしたYuji、財宝でもあったか!?」
カインが身を乗り出して部屋の様子を見る。Aliceは後ろでぴょんぴょん跳ねているようだ。
「これは一体…」
その台詞についに好奇心が勝ったのか、Aliceが悠仁とカインの間から顔を出して部屋の中を覗き込む。
その部屋にあったものは。
「ここでなにが…。」
部屋は石の壁でできている。さっきの大広間と大して変わらない。大きさは本当に宿屋の部屋と同じくらい。大きく違うのは、石でできた台座の上に女の子が寝かされているということだ。その台座の下には魔方陣が敷設されており、青く輝いている。
「これは…どういうこと…?」
「わかりません…。どういうことでしょう。」
部屋の中には本や紙が散らばっている。誰かに荒らされたというわけではなく、ここで誰かが生活していたような有様だ。
机代わりらしい平石の上には、インク壺の跡のような丸い染みが残っている。長い時間をかけて、誰かがここで書き物をしていたのだ。ダンジョンの最下層で、たった一人で。その暮らしを想像しかけて、悠仁はやめた。分からないことが多すぎる。
「ひとまず周りを見てみよう。発動している魔方陣に触れると何が起こるかわからないからな。」
悠仁を筆頭に、4人は部屋の探索をする。程なくしてミーナが何かを発見する。
「みんな、これ見て。革袋と手紙が…。」
そういうミーナの手には、小さなボロボロになった紙切れと革袋が握られている。
「何が書いてあるか分かるか?」
「…いえ、見たことの無い文字だわ。街に戻って読める人を探さないと…」
「わかった、その手紙はしまっておいてくれ。無事にここから出られたら、街で読める人をテッドさんにでも探してもらおう。」
「…で、だ…。」
4人の視線は部屋の中央の台座に向かう。
「とりあえず、目のやり場に困るな…。」
「俺達は外に出とくか…?」
何を隠そう、台座に寝かされている少女は一糸纏わぬ姿であるからだ。
「そうですね、男性は出ておいていただきましょうか。」
「そうね。じゃあさっさと行った行った!」
ミーナに押し出され部屋から出される。
「ま、仕方ないわな。」
「こればっかりはな…」
少女の裸がある部屋に男が居座るわけにはいかないだろう。しばらくすると中から声が掛かる。
「ちょっと来てくれる?もしかしたらここから出られるかも!」
ミーナの促しで2人は中に入る。入り口から見て、台座を中心に真反対に開いているドアがある。台座を避けて奥まで進むと、機械仕掛けのエレベーターらしきものがあった。
「これは…エレベーターか?」
「そうみたいです。さきほどそこのレバーを引いたら、水の音と共にこれが降りてきて…」
天板にレバーの付いている小部屋が目の前にある。
「なるほど、これを引けばもう一度これが作動する可能性があるってわけか。」
「ええ、恐らく。罠の可能性はないかと。」
「そうか。この女の子のことは気になるが、俺達も帰る必要があるからな。一旦街へ戻ろう。」
4人は機械仕掛けのエレベーターに乗り込み、つり革のようなレバーを引く。すると水の音が聞こえ、ゆっくりと上昇していく。
壁の向こうで水の流れ落ちる音がして、箱はわずかに揺れながら持ち上がっていく。水力で動く仕掛けらしい。こんな深部にこれだけの設備を、誰が、何のために。考えるほどに、あの眠る少女の存在が謎の中心に据わっていった。
「ふぃー、よかったぜ…これでまたここから、地上にモンスターと戦闘しながら帰る事になってたら死んでたかもしれないぜ…。」
「俺もこの目じゃな…」
「そうです、Yujiさんは早く町へ戻ってその傷を見てもらわないと…!」
「そうね、それで戻ったら本当に日常生活に支障が出るわ。聖堂で治してもらったほうがいいけど…、その、お金がすごくかかりそう…。」
「それでもまぁ行ってみねぇとな。最悪誰かに借りてでもなおさねぇとまずいだろ。腕が折れてるならともかく。」
「そうだなぁ…さすがに目が見え無くなるのは困るな…実際今だって困ってるし。」
「Yujiさんはもっと危機感を持ってください…。治した後も一回病院に行ったほうがいいんですよ?」
「仕事もあるしそれは難しそうだな…」
「ダメです!!」
大人しいAliceが大声で悠仁に詰め寄る。あまりの剣幕に悠仁はたじろぐ。
「いいですか!?魔法職はその大きな力を行使する代わりに、周りの状況判断が大事になります!つまり多くのことが見えて無いとダメなんです!それに御者をするにも視力が良くないとダメですし!それに!それに…」
「それに…?」
4人の間に数瞬のときが流れる。
「なんでもないです!ちゃんと病院にいかないとダメですからね!」
「わ、わかったわかった。」
勢いに押されて承諾する。
(まぁ確かに日常生活で問題が起きたら困るからな…仕方ない、明日休みをもらっていくか…。今日も急に休みをもらったばかりだし…。大丈夫か…?)
「決めたことを曲げないYujiが押されるなんて、Aliceちゃんもなかなかやるな…」
「あの子も中々に頑固だからね。」
しばらく話しているとエレベーターが止まり、目の前に石戸が現れる。カインが力をこめてずらすと、そこには砂漠が広がっていた。
「おいおい…まさか地上と繋がってたのかよ、このエレベーター…」
「まさか…こんな何の変哲も無い石柱がエレベーターだったなんて…」
エレベーターから出て後ろを向いた一行が見たのは、どこにでもある遺跡の残骸のような石柱の一つだった。外からは何も無いようにしか見えないよう、巧妙に細工がしてある。
夜の砂漠は昼間の熱が嘘のように冷えて、汗の乾いた体に外気が刺さる。それでも頭上には、呆れるほどの星が出ていた。地の底で命のやり取りをしていた数時間のあいだも、空はずっとこの調子だったのだ。
「これは確かに誰も気付かないな…ただのオブジェクトだと思うだろうな…」
ドアが自動で閉まり、横の凹んでいた石レンガが元に戻る。
「なるほど、これを押せばそこが開くのか…」
こんなただの石柱に興味を示す人間なんて居ないだろう。きっとそれよりも、この砂漠を早く越したかったりダンジョンへ潜るプレイヤーばかりだ。今まで気付かれなかったのも無理は無い。
「すっかり真夜中だな…、砂漠がこんなに寒くなるってことは、日が落ちてからそれなりの時間が経っているよな…」
「そうですね。月の位置から見て、ダンジョンの入り口はあっちです。」
Aliceの見立てどおり進んでいくと、サボテンに係留されている馬と馬車を見つけることができた。
「すげーなAliceちゃん。屋外で晴れてるならコンパス要らずだな!」
「方角を知る方法はゲーム内で覚えたんですけど、これは日常生活でも使いやすくていいですね。」
「ゲーム内で取得した知識を現実世界に持ち込む人間を初めてみたわ…」
「ゲームで楽しく知識が増えるなら、それに越したことは無いだろ。じゃあ馬に水をあげなおしたら出発するか。」
空になったバケツに水を入れなおし、馬が満足するまで水を飲ませた後、アリーシャに向けて出発する。怪我の度合いから見て、今回はカインが御者をしている。悠仁はAliceの強い説得の末、荷台で療養中だ。
「……Alice、これはさすがに恥ずかしいんだが…。」
ミーナのニヤニヤしている顔が鬱陶しい。
(くそっ…逃げ場は無いしこの状況…)
「ダメですよ、目を離すとすぐに無茶するんですから!」
そう、悠仁は今、Aliceに膝枕をされている状態なのだ。
「いやでもさすがにこれはな…」
「いいからYujiさんは黙って寝ててください。」
「…はい…。」
何を言っても無駄そうなのと、逃げ場は無いことはわかっているので諦める。
(それにしても、あれだけ動いたのに何で女っていうのはこうもいい匂いがするんだ…、俺なんか汗臭さがすごいっていうのに…。それに結構華奢に見えた足も、こう頭を乗せてみるといい弾力が…っていかんいかん、何を考えてるんだ俺は…!Aliceは純粋な心配でやってくれているっていうのに…)
悠仁は煩悩と戦いながら、アリーシャまでの誘惑に耐え切るのであった。
「魔方陣」(魔法)
ルーン文字を使用した円形の魔法動作装置。魔方陣に大量の魔力を流し込むと起動し、物によっては永続的に機能し続けるものもある。ただ、そういったものは魔力を大量に消費し、最終的には自分の命までも引き換えにする場合もある。魔方陣の構築には膨大な知識と魔力が必要不可欠である。




