落下
――1のダンジョン 最下層 大広間
悠仁たちが落下してから、どれほどの時間が経ったかは定かでないが、悠仁はゆっくりと意識を取り戻していた。
(……ここは…?くそっ…全身が痛い…。視界が歪んでるのと暗闇で周りの把握もできない…。全身の感覚もない。Aliceは…カインは…ミーナは…?みんなは無事なのか…?そもそも俺はどの位気を失っていた…?くそっ、どうにか…。)
悠仁は思考を巡らせる。
(そうだ…確かポーションが収納に…。手は動くか…?)
右手に力を込める。幸い右手は機能するようだ。悠仁は右手で収納のカバンを開け、ポーションを手探りで探し当て、親指でコルク栓を弾くように外し、口元へ運ぶ。
「っ、っ、っ」
喉を鳴らしながらポーションを飲み干すと、全身の感覚が戻ってくる。
「全身の感覚がなくなるって結構危なかったか…?……!!!!!!」
全身の感覚が戻ってくるということは、それ即ち痛覚も元に戻ってくるということである。
「いっっっっってぇえええええええええ!!!!」
悠仁はあまりの痛みに叫ぶ。
「くっそ…いってぇえええ!……くぅ…くそ……いや、まて…なんだこの声の響き方は…」
痛みに支配される思考を寸でのところで押さえつけ考える。まるで体育館で叫んでいるかのように、自身の声のエコーが聞こえる。
「まぁいい…、とりあえず松明を…。」
悠仁は収納から松明を取り出し、明かりをつける。
「これは…」
悠仁の前に広がるのは、天井だったものと思われる瓦礫の山である。
(くそっ!あいつらは…!)
悠仁は瓦礫に向かって走り出す。瓦礫の山に松明を突き刺し、声の限り叫ぶ。
「カイン!ミーナ!Alice!生きてるなら返事をしろ!!!」
悠仁は瓦礫の山を崩し始める。一つまた一つと瓦礫を投げ捨てていく。
持ち上げるたびに掌が擦れて、指先の感覚が無くなっていく。それでも手は止められなかった。瓦礫を一つ除けるごとに、その下に誰かの体があるかもしれないという恐怖と、無いでくれという祈りが同時に湧く。
(くそっ!なんでこうなった…!)
しばらくしても3人の姿は見えない。
「おい!居るのか!返事をしてくれ!!!!」
返事は返ってこない。
「そもそもこの山の下にいるかすらわからない…、周りで倒れてないのか…?」
悠仁は松明を引き抜いた後、一度瓦礫の山を降り、周りを走り出す。
足元は瓦礫だらけで、松明の灯りの輪の外は完全な闇だった。走りながら、悠仁は自分の呼吸の音がうるさいと思った。静かにしろ、聞き逃すな。誰かの呻き一つ、布の擦れる音一つが、いまは世界で一番大事な音だ。
「はっ、はっ、はっ……!?」
悠仁の持つ松明が照らしだす先に見えたのは白い神官服…そう、Aliceの姿だった。悠仁は急いでAliceの元へ駆け寄る。
「おいAlice!!!聞こえるか、しっかりしろ!!!!」
パシパシと頬を叩く。ゲームの世界でこれが有効かはわからないが、そんなことを考えている暇は無い。
叩いているとAliceの顔が痛みに歪む。
「!!!生きてる!おいAlice!目を覚ませ!!!」
「…う…」
Aliceの口からは苦悶の声が漏れ出す。
「くそっ…どうすれば…そうだ!」
悠仁は思いついたように収納からポーションを取り出し、Aliceの口にあてがい流し込む。
「………Yujiさん…?…っっっつ!!」
感覚が戻ったことによって、Aliceの体にも痛みが走ったようだ。
「…ここは…一体…」
「わからない…カインとミーナもまだ見つかっていない。それよりもまず回復をしろ。どれだけダメージを受けてるか分かったもんじゃない。」
「そうですね…。ではまずYujiさんを回復します。そこでじっとしていてください…。」
自分の心配よりもメンバーの心配をするのは、クレリックの性なのだろうか。
言い争っている時間も惜しくて、悠仁は大人しく座り込んだ。詠唱の声はいつもより細い。それでもその細い声が、暗闇の底ではどんな松明より頼もしく聞こえた。
「光よ…、 その大いなる慈しみをもって 彼の者の傷を癒せ…。」
ヒールの詠唱を完了させる。
「ヒール…」
苦しそうに呟くと、悠仁の身体が光に包まれ痛みが引いていく。
「…すみません、杖が無いので効果が随分低いですが、とりあえず応急処置ということで…」
「もういい、Aliceもすぐに治療を…!」
「はい…ただ他の二人も早く…」
「そうだが…この松明だと時間がかかる。治療をしたら、フォトンライトで周りを一気に照らしてくれないか?」
「…そうですね…、声の響き的にここは広い空間のようですし…。」
「そうだろ、ちょっと杖を探してくるから、この松明を持って待っててくれ!」
「…はい…わかりました。」
Aliceは苦しげな声で返事をして悠仁を見送る。
「杖…杖…どこだ…」
悠仁は瓦礫の周辺を探し回る。しかし暗くて、少し先はもう闇だ。
ガンッ!!
「っっと!これは…?」
足元にぶつかった、硬質だが軽いような音がするものを持ち上げる。
「これは…俺の杖じゃないか…。」
Aliceのものよりも先に、悠仁自身の杖が見つかった。
「…それじゃあ…。」
Aliceのフォトンライトは使用することができないが、悠仁もある程度の光源になる魔法を持っている。
「炎よ…ファイヤーボール!」
万が一を考え、上に向けてファイヤーボールを放つ。すると鈍く淡い光が、松明よりも少し広い範囲を照らす。すると数メートル先に、きらりと光るものが見えた。
「…!あれか!!」
悠仁は光を頼りにそれに近づく。
「…よし!Aliceの杖だ!」
光の正体は、Aliceの杖の先についている魔法石の反射だった。
(これをAliceに…)
悠仁は杖をもち、松明の光の方向へ戻る。
「Alice!杖があったぞ!」
悠仁はAliceの元へ駆け寄り、杖を手渡す。
「ありがとうございます…、では…」
そういってAliceは自身にヒールをかける。
「…ふぅ…少し楽になりましたが、完全にとはいかないようですね…、これは早目に聖堂で治療をしてもらう必要がありそうです…」
「そうだな…、俺も体の痛みがとれない…。それよりAlice、フォトンライトを頼む。」
「そうでした、では…」
Aliceは一呼吸置いて詠唱を始める。
「光よ…、我が道の闇を払い給え。」
聞き覚えのある詠唱を完成させ、杖を振る。
「フォトンライト」
強烈な閃光が放たれることはもう分かっていたので背を向け、その光で周りを見る。
(どこだ…頼む、二人も無事でいてくれ……!!!!!)
瓦礫の横に鈍色に光る物体が、遠くに艶のあるレザーアーマーが見えた。
「Alice!2時の方向にミーナ、瓦礫の横にカインを見つけた!カインは助ける!そっちはミーナを頼む!」
「はい!わかりました!!」
悠仁はカインに駆け寄り頭を抱える。
「おい!聞こえてるか!こんなとこで死ぬんじゃねぇ!!生きてるなら目を開けやがれ!くそっ!」
悠仁は頭を抱えながら、Aliceのときほど遠慮をせずにバシバシと頭を叩く。
「………せぇなぁ…」
「!!!!まってろ、今ポーションを飲ませてやる!」
悠仁はすぐにポーションを飲ませる。
「…おちおち寝てもいられねぇぜ…。」
「減らず口が叩けるなら、とりあえずは大丈夫だな…。Alice!!カインは怪我しているがとりあえず生きてる!そっちはどうだ!!!」
悠仁はフォトンの光だと思われる光源に向かって叫ぶ。
「こっちも大丈夫です!!生きてました!」
「じゃあそっちの治療が済み次第、カインに回復をしてやってくれ!!」
「わかりました!!!」
数分後、カインの下へ駆けつけたAliceによってカインの応急処置が済み、4人は何とか生き存えたのだった。
全員の声が揃った時、悠仁は膝から力が抜けそうになるのを堪えた。声を確認するだけのことが、これほど重い意味を持つ夜は初めてだった。暗闇の中で、四つの呼吸の音がする。それを数えられることが、今はただありがたい。
「くそっ…とりあえず全員生きてたのはよかったが、ここはどこなんだ…」
「わかりません…ここまで降りてきたことも無ければ、こんな空間があることも知りませんでした。」
「俺のせいで…すまねぇ…もっと警戒すべきだった。」
カインが3人に頭を下げて謝罪する。
「それは帰ってから反省すればいい。今はここがどこかということと、帰る手段を探すのが先決だ。」
「そうよね…、松明の明かりだけじゃ、この空間がどのくらい広いかわからないわ…。Alice、もう一回フォトンライトを使ってくれない?」
「わかりました。では…」
そういって杖を構える。
「光よ…、我が道の闇を払い給え。――フォトンライト」
Aliceの杖の先についている魔法石からの強烈な光で、あたり一面が照らされる。
「…あれは…」
悠仁は遠くに黒色の物体を発見する。
「あそこに何かあるみたいだ。ちょっと行ってみよう。くれぐれも足元に気をつけてくれ。」
罠の警戒をしながら、悠仁達は遠くに見えた黒い物体に近づく。
「なにあれ…布…?」
「確かにそう見えますね…なんでしょうか…。」
「俺はもう罠はごめんだぜ…」
「だけど、お前が先に行かないとまずいだろ。すぐ後ろに付いてるから先行をしてくれ。」
「だよなぁ…」
それを聞いたカインは、苦虫を噛んだような顔で応える。
「…これ物なのか…?」
近づいてみると、遠目から見た以上にボロボロの布のローブのようなものをスケルトンが着ていた。
「なんだこれ…NPCか…?」
「これは……。」
Aliceは訝しげにその骸骨を見つめる。その時…
「…!!皆さん離れてください!!!!」
4人はAliceの声に素早く反応をする。
「!!どうしたAlice!」
「あのスケルトン…核がまだ…」
その声を発端に、そのボロ布を着たスケルトンの核が強く輝きだす。同時に、フロアの壁に据え付けられていた蝋燭が順番に灯っていく。
「…おいおいおい…うそだろ…」
「悪い冗談よね…これ…」
「どう見ても普通のスケルトンじゃ…」
ゆったりとした動きでスケルトンが立ち上がる。蹲っているときには見えなかったが、王冠のようなものを被っている。
「あれは…恐らくリッチ…その中でも高位の…核の輝きから見て、クイーンクラスかもしれません…。」
「…嘘だろ、適性レベルは分かるか?」
悠仁の問いかけに、Aliceは唾を飲み込み重い口を開く。
「恐らく…、リッチでクイーンクラスだと60を超えるかと…」
「…まさか…」
「リッチ」(モンスター)
スケルトンの上位互換、体は白骨でできているが核が大きく、使う魔法やスキルも異なる。
ドロップ品も良くなるが、討伐難易度も上昇する。
「クラス」(システム)
モンスターに与えられる称号のようなもの。同じモンスターでも個体によって強さが異なるため、ある程度の目安をもってクラスが与えられることになっている。無名ならモンスターの名前そのまま、次に「ハイ」「エリート」と続き、「リーダー」「クイーン」「キング」と続いていく。




