前衛の意地
西門から出ると、辺りは一面の砂漠だった。
朝の砂漠は、思いのほか色が豊かだった。砂丘の稜線が影で切り分けられて、光の当たる面は蜂蜜色に、陰の面は青みがかって見える。轍の跡が幾筋も西へ延びていて、先を行った冒険者たちの数だけ、この砂の上に道ができていた。
「本当に砂漠なんだな。見事にサボテンくらいしかない…。」
「はい、面積的にもヴァリエスタがあるリットリア領の1.5倍程度あります。」
「ここも誰かが治めてるのか?」
そもそもヴァリエスタが誰かの領地であること自体、今知った。
「いえ、ここは多民族集団の地域ということで、特定の国や民族が地域を治めているわけではないみたいですが、一応ロレットという名前がついています。」
「へー、私ここの街をホームタウンにしてたんだけど、そんなこと初めて知ったわ。」
他にも知らないやつがいたので問題なかった。
「まぁ知らなくても冒険自体は何の支障も無くできますからね。」
「にしてもAliceちゃん物知りだなぁ、俺なんて現実世界の地理すら覚えて無いぜ。」
「私も地理は苦手ですよ。学校のテストでもあまり点数はよくないですし…、ただこの世界が好きなので覚えてしまっただけです。」
「何か知識を蓄えるきっかけができているのはいいことだ。」
「えへへ、そうですかね。」
Aliceは照れくさそうに笑う。
「んでAliceは今日はどの辺に案内するつもりなの?」
「そうですね、無難に1のダンジョンに行こうと思っています。」
「まぁ妥当よね。私でもそうするわ。」
「1のダンジョン?」
「はい、ここら辺のダンジョンは外観に代わり映えが無く、場所をしっかり覚えておかないと自分がどこにきているか分からなくなってしまうんです。なので便宜上、街を中心にして弧を時計回りに描くように、1から5までのダンジョンに数字で名前をつけてるんです。」
「なるほど、じゃあダンジョンから真東に戻れば街へ戻れるって事だな?」
「その通りです、しかも親切なことに1のダンジョンは入り口が私達側、つまり街の方向を向いているので、ダンジョンを出たらその方向へ進めば街につくことができます。」
「焦ってると方向の確認がおろそかになる時があるのよねー…、私も砂漠で迷ったことあったっけ…。」
「ミーナはそういうところおっちょこちょいっぽいからな、がっはっは!」
「うるさいわねぇ…モンスターに追われてる時とか焦ってるのよ…。あの時はコンパスをダンジョン内に落としてきちゃったから更に困ったわ…。」
「うげ…コンパスって結構高くなかったか?」
カインがコンパスの値段を想像して顔を歪める。
「まぁ…ね…二十数金貨はするわね…。」
「完全に赤字じゃねぇか…。」
「今度はそうならないようにしないとな。番号が振ってあるってことは、難度もその順番ってことでいいのか?」
「いえ、そうではありません。この番号は場所の分かりやすさを主として考えられたものです。この砂漠で遭難なんてしようもんなら、帰ってくるのは絶望的ですからね。強さは1から順番に、3、5、4、2になっています。2のダンジョンですと、そろそろカプランドへ向かおうとする冒険者達が集まる場所です。」
「へー、じゃあ間違っても俺達が迷い込んだら大変なことになるな。」
「そうですね…、奇跡でも起きない限り生きて帰ってくることは難しいでしょう…。」
「ま、当分は1だから大丈夫よ。」
「俺も特訓してきたからな!腕が鳴るぜ!」
「お前特訓なんてしてたのか…、普段一緒に行動してるのにそんな時間良くあったな…。」
「いやぁ、無理矢理作った感が大きいっていうか…。」
「聞かないでおくよ…。」
「ふふふ、カインさんはこのゲームが好きなんですね。」
「おうよ!ゲームなんてそんなにやったことなかったんだがよ、こんなにアグレッシブに動けるもんだと思わなかったぜ!」
「いや、このゲームは特殊だぞ。」
「え、そうなのか?」
「まぁいいさ、ゲームを今までやったことが無いなら歴史なんて知らないだろうしな。」
「それにしても幌付きの馬車でよかったわね、これでスケスケの荷馬車だったら熱中症になってるわよ…。」
「ほんとそれな!Yujiも疲れたら代わるからいってくれよ。」
ヴァリエスタからずっと御者をしている悠仁に、カインが気遣いの言葉をかける。
「あぁ、助かる。じゃあ帰りはお願いしようか。」
「おうよ任せとけ!」
そういってカインはガッツポーズをする。
「…あ、Yujiさん。あそこですあそこ。」
「ん、どれどれ。」
悠仁が目を凝らすと、遠くに石の物体が見える。
「……あれは蜃気楼じゃないんだよな…?」
「はい、ダンジョンは入り口だけ地上に出ていて、階段で下に行くことで探索することができます。」
「なるほどな…、だからあんな瓦礫みたいなのしかみえないのか…。他のダンジョンもそんな感じなのか?」
「はい、なので区別が本当につきにくいんですよね…。」
「んじゃさくさくっとあそこまで行こうか。」
悠仁は馬に鞭で合図を出し、速度を上げる。
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――1のダンジョン前
「ふぃー、やっとついたか。後ろに乗ってるだけっていうのも疲れるな。」
「ジマルさんが好意で衝撃緩衝材を使ってくれたけど、使ってくれなかったらこれ本当に辛いのよ…?」
「…ありがとう、おやっさん…。」
カインが手を合わせジマルに祈る。
その時、ダンジョンの入り口から、ふらりと人影が一つ上がってきた。プレイヤーだ。それも、見るからに妙な。
拳に薄い革を巻いただけの軽装で、防具と呼べるものはほとんど身に着けていない。露出した肩には乾きかけの血がこびりついているのに、本人は鼻歌でも歌い出しそうな足取りだ。
「お、新顔?ここいいよー、骨のやつら、骨があってさ。」
「…あんた、その格好で中に潜ってたのか?」
「ん?あぁ、アタシ拳闘士のアゲハ。装備で勝つのはダサいっしょ?」
うふふ、と笑う顔は心底満足げで、とても格上のモンスターと殴り合ってきた人間のものとは思えない。Aliceとミーナが、悠仁の後ろで顔を見合わせている。
「中、スケルトンナイトが束で出るよ。痺れるくらい楽しいから。んじゃ。」
それだけ言うと、アゲハと名乗った拳闘士は街の方角へ歩き去っていった。回復もせずに、である。
(…世の中には色んなプレイヤーがいるもんだな…。)
呆れ半分。だが、砂の上を遠ざかっていくその軽い背中から、悠仁はしばらく目を離せなかった。
「ふふ、じゃあまず地上で少しだけ狩りをしませんか?まだ砂漠のモンスターを見ていないでしょうから。」
「そうだな、明るいところでそれぞれの確認なんかもしておきたいし。カインの特訓の成果とやらを見せてもらおうか。」
「おう!今回のは自信があるぜ!」
「お、いいわねー。タンク役が自信に溢れてるとこっちも攻撃に移りやすいものよ。」
「そうですね、もし怪我をしても回復は任せてくださいね。ここら辺から私も補助を入れていきますので。」
「おう、頼んだぜ。」
「ダンジョンがある影響か、この辺もモンスターが沸きますので、少し周辺の探索ついでに探してみましょう。」
「わかった、馬車はここに停めておこう。」
悠仁は近くのサボテンに馬車を係留し、馬車を離れる。
馬は日陰を選んで首を垂れ、砂の照り返しに目を細めている。水のバケツを置いてやると、旅の相棒はうまそうに鼻を鳴らした。帰りもこの足に世話になるのだ。労わっておいて損はない。
「みんな、あれあれ。」
悠仁が戻ってくると同時に、ミーナが3人に声をかける。ミーナが指差す方向へ視線を向けると、大きな蠍の親子のようなものが砂の上を歩いていた。
「でか…、あれどのくらいあるんだ…。」
「人の腰の高さくらいはありますね。尻尾にはもちろん毒腺があります。エリアボスレベルになると人のサイズくらいあって、体も貫くほどの威力があるとか…。」
「…あれは違うんだよな…?」
威勢の弱くなったカインがAliceに尋ねる。
「はい、あれは通常のレッドスコーピオンですね。」
カインはほっと胸をなでおろす。
「んじゃ力試しといきますか。みんなに見てもらいてぇもんもあるからな!」
そういうとカインはレッドスコーピオンに向かって走り出す。
「おいまてカイン!単独先行は危険だ!」
「まぁ見ててくれ!これは俺の意思表明でもあるんだ!!」
「…大丈夫でしょうか、カインさん。」
「まぁ…、あいつがそこまでいうならな…。ミーナ、一応ついて行ってやってくれ、お前の足なら今からでも追いつけるだろ。」
「分かったわ。」
ミーナが後ろからカインを追跡する。
単独先行は危険だと言った先から、こういう分担が即座に決まる。四人での旅もひと月が経って、決め事の外側の呼吸が揃い始めていた。悠仁は杖を握ったまま、練習台に選ばれた蠍の親子に少しだけ同情する。
(どれ、そこまでいうなら見せてもらおうじゃないか。)
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「だっしゃぁああああああ!」
カインはレッドスコーピオンの前で急ブレーキをかける。その勢いが死なない内に、小さいほうの敵の毒針に向かって剣を横薙ぎにする。
「あぶねぇもんは置いてきな!」
ザシュっという音と共に毒腺が切り落とされる。子供のレッドスコーピオンはばたばたとのた打ち回っている。
母親と思しき大型の個体が、それとカインの間に滑り込む。
「すまねぇな、こっちも命張ってんだ。」
カインがその台詞を言い終わると同時に、大型の個体は毒針を突き刺してくる。
「うぉ!!」
毒針を盾で防ぐ。あまりの衝撃に体が仰け反る。
「っと…、力強すぎだろ、俺が何キロあると思ってんだ…。だが…」
カインは体勢を整えて対峙する。
「空を飛んでるわけじゃねぇ、攻撃も予想ができる。なら…」
カインは盾を柔らかく構える。
「もう一回かかってきな、次で終わらせてやる。」
そういってカインは大きく息を吸い込み
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
咆哮を至近距離で浴びせる。わずかな硬直時間が解けると同時に、レッドスコーピオンは再度毒針を刺してくる。
「ここっ!」
自身の体スレスレの位置で毒針を斜め後方へ弾く。勢いの死ななかった自身の尻尾に引っ張られて、レッドスコーピオンの体勢が崩れる。その隙を逃さないように剣を両手持ちする。強い踏み込みと共に、大きな剣を素早く横薙ぎする。
「一閃!」
スキル名を叫び終わる頃には、カインの体はレッドスコーピオンの後方にあった。
まるでスローモーションのようにモンスターの体は真っ二つに分かれていった。
「…ま、こんなもんだろ。すまねぇな、お前も。」
そういって小さい個体の息の根を止める。
2体の死亡を確認したカインは、後方の悠仁に向かって拳を突き上げる。返事をするように杖を突き上げる悠仁をみて、カインは満足そうに素材回収を行うのだった。
一連の動きに、以前の力任せの面影はなかった。受けて、崩して、スキルで断つ。誰に言われたわけでもなく自分の課題を見つけて、休みを潰して埋めてくる。相棒のそういうところを、悠仁は少し誇らしく思う。口には出さないが。




