筆供養
――スクリヴァーナ 代書人通り バルドの葬送の後
バルドの葬送から数日後、スクリヴァーナで、静かな儀式が、行われた。
筆供養である。
代書人の街の、古い習わし。仲間の代書人が死ぬと、通りの全員が使い古した筆を一本ずつ持ち寄り、故人の机の上に筆の山を作る。「あの世でも、書くものに困らないように」。そして山になった筆はまとめて焚き上げられ、その灰は——紙漉きの原料に混ぜられる。
「書き手は灰になっても、紙になって、字を支える——という理屈でしてね。」
悠仁達に儀式を説明してくれたのは、あの、老いた依頼人の手紙を書いていた、老代書人だった。
「バルド殿は、王宮書記官だった。書くことを、二十年、取り上げられた書き手だった。……だから今日は、通り中の筆が、集まりましたよ。ほら。」
バルドの机(分館の、あの「使われないペン」の机が運び込まれていた)の上には、筆の山ができていた。何百本。使い込まれ、穂先の割れた、現役を退いた筆たち。
筆の山は、よく見れば持ち主の数だけ癖があった。右に減った穂、軸に紐を巻いた持ち重り対策、歯型のついた尻。書き手の体の一部だったものたちが、机の上で一つの山になっている。山は静かで、それでいて、通りのどの人混みより賑やかに見えた。
その山の頂に、一本だけ、真新しい筆が、あった。
「……あれは?」
「王宮の、若い書記三人が、持ってきたんです。未使用の筆を。……本来は、供養の筆は使い古しに限る。新品は、掟破りだ。だが、あの三人の口上を聞いたら、通りの誰も、断れませんでした。」
老代書人は、目を細めた。
「——『この筆で、私たちはこれから、あの方の暗唱を、正式な歴史書に書き起こします。供養が済んだら、返してください。灰にする筆ではなく、これから書く筆を、あの方に、いちばん近くで見ていてほしいので』——だそうです。」
焚き上げの煙が、書記の街の空に、まっすぐ、昇った。
新品の筆は燃やされず、煙をくぐらせるだけの略式で「供養」され、三人の若い書記の手に返された。その筆で書かれた歴史書——『治世元年霜月覚書・全』が完成するのは、二年後のことである。
序文には、こうある。
『本書は、一人の書記官の記憶と、31人の名と、彼が愛した紙と筆に捧げる。記録は、いつか読む者のために在る——本書もまた、その日を、棚で待つ』
筆供養(風習)
スクリヴァーナの代書人たちの葬送習俗。故人の机に使い古しの筆を積み、焚き上げた灰を紙漉きに混ぜる。「書き手は死しても紙になって字を支える」との言い伝えによる。




